いつでも、横川輝明は残念である。
取り敢えず、ケモミミ少女に会えたので感謝の意を込めて仁礼二拍手一礼しておこう。
「うん。ケモミミも崇めたし帰るか」
ここでモフモフしないのは、さすが俺と言ったところだろう。なんとか理性を保ち、無理やり、揺れている尻尾から目を離す。いや、ヘタレじゃないよ本当だよ?
「今日はいいもん見れたなあ」
ケモミミ少女に、そして神に感謝する。。……ちなみにケモミミはそのままにしている。
いや、だって人が倒れてたら面倒だと思うじゃん。絶対何かに巻き込まれるじゃん。追っ手とかそんなんはめんどくさいんでお断りです。
相も変わらず、面倒ごとに関わろうとしない自分に苦笑する。あいつらと関わって、どこか変わったと思っていたのだが、根本的なところはなにも変わっていやしない。まあ人がポンポン変わるのもおかしいような気もするが。
「じゃあなケモミミ。俺が知ったことじゃないけど元気に生きろよ」
取り敢えず、モンスターに襲われないよう彼女を隠し、背を向けその場を離れーー
「あん? 地震?」
離れようとすると、辺りが小刻みに震え始める。それはどんどん大きくなり、次第に轟音が聞こえ始める。
地震というには、すごく違和感を感じる。これは、どちらかというと大群の何かが動いているようなーー!?
「おいおい、なんだってんだよ……」
はるか向こうから魔物の大群が向かってきていた。いや、俺たちではなく街の方にきているようにも見える。その数は今までの比ではなく、優に五十を超えている。なんでこんな場所に……!?
「んん……地震ですか……?」
激しく混乱していると、揺れに気付いたのかケモミミが起きた。放置するつもりだったが、この状況で放置するのはちょっと気が引けたから、ちょうどいい。
「おいケモミミ」
「どっひゃあ!?」
声をかけると、ケモミミは驚いたように叫ぶ。おい、俺そんなに影薄いの? ステルスなの? あと、女の子が「どっひゃあ!?」なんて言うんじゃありません。
俺にビビりまくっているケモミミに無言で魔物の大群を指差すことによって、今の危機的状況を伝える。
「……逃げたほうがいいんじゃないのか?」
「そそそそそうですね! って待ってくださーい!」
状況は伝えたので、俺は逃げさせてもらう。後ろでケモミミが何か言っているが、そんなのは関係ない。
俺にはあれをどうにかする力なんてないのだ。自分のことを守ることで精一杯だ。
そう考えていると、いつの間にかケモミミは俺に追いつき、並走していた。
「……なんでお前までこっちくんだよ」
「私に死ねと言ってるのですか! 外道ですか!?」
それもそうか。後ろには魔物の大群。あれらに追いつかれると、地獄を見ることになるだろう。
なら、今はなにができるか考えるのみ。
「おいケモミミ。こいつらの目的は分かるか? こんな辺境の地に攻めてくるとは考えられない……」
「ケモミミじゃありません。私はカエデです! ……おそらく、この先をずっと行ったところにある王都を狙っているのでしょう。そんなことを聞いたことがあります」
王都……? あの町じゃなくてか……?
まあそれはいい。王都を狙っているのなら上手く逸らせばあの町が襲われることもないはず。せっかく手に入れた住処を壊されるわけにはいかない。
「お前は戦えるのか?」
「一体なら『強奪』で戦えますけど……。さすがにあの大群は無理がありませんかねぇ!」
確かにあの大群は無理か。スキルの使い方次第でどうにかなるかもしれないが……。いや、不確定要素に希望を持つのはやめたほうがいいだろう。
とにかく今はあれから逃げることを考えろ……。
今なにができる? 広大な平原。自分のスキルは整地と建築。ケモミミのスキルは強奪。はっきり言って非戦闘用もいいところだ。なら、間接的に攻撃するべきか? いや、俺のスキルはあまり広範囲に攻撃できない。
「ケモミミ。スティールってのはなにができる?」
「だから私はカエ……まあいいです。一応形あるものなら『なんでも』盗めます。大きいものは無理ですけど」
なるほど、なら状況を打開できるかもしれない。いつもながら、残念な策だが、致し方ない。
「おいケモミミ、この先には町がある。巻き込むのは避けるべきだ。今から東の方向に向かう」
「分かりました!」
進路を左に逸らし、町へ向かうルートから外れる。
案の定、理性のかけらもない魔物たちは、食事を追いかけるためこちらを追ってくる。まずは町から離れ、壊滅するであろう未来を避けなければ。
時に曲がり、時には足止めに、落とし穴を建築したりし、自己紹介も済ませ、魔物から一心不乱に逃げる。俺たちが住む予定の町はもうとっくに過ぎ、見えなくなっていた。向こうには、王都らしき大きな街が見える。
そろそろかーー
「よし、プランAだ。しっかりしろよ」
「はい! 任せてください!」
威勢のいい返事をしたのを確認すると、俺は彼女の和服の袖の部分をつかみ……
「おらぁぁぁあああ!!」
ーーぶん投げた。
現実世界で貧弱だった俺では無理なのだが、ここは異世界。生き残るために自然と力がつく。実際ケモミミは魔物の大群を通り越してもなお、空中に留まっていた。
そしてケモミミは俺に向かって右手を伸ばす。
「『スティール』!!」
ケモミミがスキルを発動させたのを認識した時には、俺は空中に浮いていた。
つまり、ケモミミは俺自身を強奪したのである。ケモミミを投げ、魔物の侵攻から逃れると同時に、俺を強奪で呼び寄せる。
戦えないのなら、逃げることを選ぶ。
決して誰でも思いつくようなことではないし、正直言ってかっこ悪いのだが、こうすれば理性のない魔物からは逃げきることができる。
あと俺がかっこ悪いのは今更である。変に捻くれててよかったわ。
魔物は俺たちを見失って困惑していたが、すぐに王都へと侵攻を始めた。王都の兵士さんたち、エリートなら大丈夫でしょう。頑張ってください。
ただ、この戦線離脱法には欠点がある。
「俺たち落ちちまってるよな」
「そうですねぇ」
彼女がスティールを使ったのは空中。もちろん俺も空中に呼び出されるわけで……。
「わぁぁああああああ!」
湖に落ちるように調整し、あまり高度が高くならないようにも注意したのだが、やはり紐なしダイビングは怖い。無論、そんな状況では悲鳴を上げてしまうだろう。
あまり高くない高度から落ちても、着水した時はかなりの轟音がたった。幸運にも魔物は全て王都に向かっているので、なんとか気づかれることはなかったみたいだ。
「うわ、学生服ビショビショだわ」
「私もですよぉ」
やっとこさ湖から上がり、危機から逃れたことに安堵する。
「あの……」
「なんだ?」
「助けてくれてありがとうございます」
「……別にそんなんじゃねえよ。俺が助かりたいからお前のスキルを利用した。結果的にお前も助かっただけだ」
今言っていることは、紛れもなく本心。俺が助かりたかったから彼女を利用した。結果的に彼女は助かったのだ。俺がしたことはせいぜい作戦を考えたことのみ、俺が感謝することはあっても感謝されるべきではない。
「素直じゃないですねぇ」
ニマニマと笑いを浮かべながら、こちらを見るケモミミ少女。非常にうざい笑顔である。厳密に言うと殴りたくなる笑顔である。
「ばっか。俺はいつも素直だ。不満悪口酷評なんでもござれ。友達いるようなやつよりはずっと素直だという自信がある」
そんな自分が好きなまである。もう好きすぎて周りに引かれるレベル。
そんな俺に、ケモミミは「へぇー」と、声を漏らす。おい、俺を見ても何も出ないぞ。だから、俺をみて「なんか暗いですね。本当に生きてますか〜」とか言うな。傷つくから。
「決めました」
「あ? 何をだよ」
「私もついていきます、テルアキさん!」
いや、なんでだよ、と思ってしまった。
こんだけ短時間で、新たな仲間ができるのは異常だと思う。しかも女性。物語の、特にファンタジー系の主人公ってよく仲間を信頼できたよな。
つまり俺から出た答えはーー
「無理」
「即答!? 即答しましたよこの人!?」
もちろんながら拒否の言葉である。いや、普通怪しむから。
俺なら特にな……。
今回もまた、輝明は残念な方法で危機を突破しましたね。残念かというと、ちょっと違うような気もしますが……
次回もよろしくお願いします。