私は……
異世界に召喚された。
けれど勇者や聖女になるために、なんてそんな立派な正義感のあふれそうなものではなく、これは……そう。生贄。
ドラゴンの生贄になるために、召喚された。
偉そうな顔したおっさん達が、偉そうに言葉を連ねくどくどと言う様は、なんの面白みも楽しみも、なにもない。
そんな様子をただただ眺めて、唐突に変わった様子に呆然とする私を彼らは良いように扱った。
魅力的な言葉を並べ、選択肢など初めから提示されていない豪奢な待遇に、私はそれを甘受する。
暴れ、喚いても、ただ自分の待遇レベルを落とすだけだという事は、先人たちが教えてくれた歴史に書かれているではないか。
いいように扱うのなら、それを十分と利用すべきなのが賢いところだろう。
「聖女様、そのような格好はいかがなものかと」
「私はもうすぐ居なくなるものですから、どの様に過ごしても私の勝手というものだと思います」
ソファーにだらしなく横たわり、ひょいひょいとお菓子を口に運んで本のページをまくる私に、年配のメイドさんは顔をしかめ苦言を呈した。
けれど私には、魔法の言葉。
どうせあんたら私を生贄にするんでしょう。
やんわりと、遠回しにけれど事実を、ちょうど山場の場面に笑いを含む声で向ければ彼女は黙る。
「あぁ、次はそこのピンク色のお菓子が食べたいです」
手を伸ばして届くような近くにはないけれど、腕を伸ばして届くような距離にある菓子を望めば、彼女は文句も言わず近くに寄せてくれた。
あぁ、ほんと。魔法の言葉。
「聖女様、そのような言葉遣いはどうかと思えます」
「なぜ私がそんな事気にしなければいけないのでしょう? そんなものは結局むだになると思うのですが」
不意にこぼれたスラングに、若いメイドさんは顔を歪め注意した。
今いいところなの、なんて。どうでもいい心とは正反対の言葉を口にして本のページをまくればそれっきり。
無視をしてもしばらく立っていたメイドさんは、あからさまなため息を漏らしてから部屋を出ていった。
失望してくれて結構です。
私はあなた方にほめていただくためにここにいるのではありません。
勝手に、連れてこられたのです。
「私、一度はこんな豪華な服をきてみたかったんです」
「……お似合いでございます」
お姫様のそれも本物の、ドレスを身にまとい私は心からにっこり笑う。
けれど、それに返されるのは心にもないような、むりくりの笑顔を浮かべたようなどこか不満の残った笑顔と言葉。
そりゃ、遊んでばかりで何もせず、わがまま貫くこんな私に対して含むところなんていっぱいありますよね?
けれど、私にもそれはそれは、いっぱいいっぱい、含むところがあるのです。
「聖女様、お目覚めのお時間です」
「んー……」
ついつい夜更かしをして、重い瞼に射し込まれた日差しはきつく。
勝手に開けられたカーテンに対抗するべく布団にもぐった。
起床を促すうるさい声に、がんとしてベッドから出ることなく対応し、眠りに落ちればいつの間にかメイドは消えていた。
けっこう、けっこう。
私が呼ぶまでこなくていい。
「うわぁ」
金銀財宝ざっくざく。
メイドに言いつけ呼び出した宝石商は、さすが王宮に出入りできるランクの商人だ。
その不純物のなさが、まるでプラスチックのようにも見えるけれど確かな重みのある大きな輝ける宝石が、上質なビロードの上に沢山と並べられている。
「素敵ですねー」
きらきら具合に負けずにきらきらと目を輝かせれば、ここに使えるメイドの誰よりも素敵な顔で商人が笑う。
「お目が高い」
もみてで近寄る商人さんに気風よく、いただきますと頷けば。
近くにいるメイドも、遠くに立つ衛兵さんも顔をしかめたのが目に入る。
「聖女様、」
後日送られた請求書に目を吊り上げ咎めるメイドの声なんて耳には届かない。
ついでに、気分よく買った大きな、両手で持つような大きさの宝石も、今はもうどうでもいいからその辺にころがして、目には入らない。
それでも口に乗せるのは、もっともらしいお言葉にしておく。
「私が着飾ったほうが、ドラゴン様も喜んでくださるの」
なんでもない顔をして、その方が良いでしょう? 提案するように口にすれば彼女は黙る。
あぁ、魔法の言葉。
「聖女」
聖女様でも、聖女殿でもなくただそう呼ぶのは、けっこう人には慕われているらしいこの国の王。
ただの私利私欲。
可愛い、可愛い結婚間近の愛娘をドラゴンの生贄には差し出したくなくて、都合よくあった召喚術で私を呼んだ、この国の王。
「勝手な振る舞はやめよ」
初めて見た時と変わらない、偉そうな顔で偉そうに身勝手な言葉を紡ぐ王。
はてさて。勝手な振る舞いとはいかなるものか。
「さて、勝手とはいかなるものでしょうか?」
私が着飾るのはドラゴン様にお会いした時、失礼のない格好をするため。そのために豪奢なドレスを仕立ててもらい、立派な宝石を手にしているのです。
「そして、」
私が甘いものを望むのも、一見だらしのない生活を送るのも、その方がドラゴン様にお喜びいただけるような、お気に召されるような肉がつくと思うからこそ。
「だからこそ、こうして振る舞っているのですが」
はてはて。
粛々とけれど言い返せないように言葉を紡げば、王は黙って口を閉ざし、それ以降私の振る舞いに誰も文句はつけることはなくなった。
ほらね? 魔法の言葉。
美味しそうなお菓子に、綺麗なドレス。細工の素晴らしいアクセサリーに、堕落した生活。
あぁ、なんてステキだろう。
それはさんざんと、贅沢というモノを味あわせてもらい、その日はやってきた。
今まで私が何をするか分からないと、離されて暮らしていた王の元凶、私ですらため息をつきたくような本物のお姫様が、私に向かって手を伸ばし、私の両手をそっと握り、申し訳なさそうに顔をゆがめ。
「感謝、いたします」
心よりの、この城の誰よりも心のこもった声に、私は笑い。
大丈夫ですよ、あなたが謝ることなど何もない。
晴れやかな笑みを向けてそう言葉を告げた。
純真無垢なるお姫様は、そんな私の言葉に息を詰まらせますます顔をゆがめ目の端に涙を浮かべたけれど。
お姫様。本当に、ほんっとーに貴方が私に向けて謝ることなどないのです。
謝るべきは、私をこの国に無理やりに連れてきたあなたの王であり、それを容認した居並ぶ大臣たちでしょうし。
お姫様、あなたが謝ることなど何一つない。
心の底からそう思う私は、だってと続けて思い、いつの間にか現れたドラゴンの前に姫として出され。こう、叫んでやったのだから。
「私はお姫様ではありません、本物のお姫様はあちらです!!」
数多の使用人に紛れ、せめてもと自責の念か、自らもまた使用人服を身にまといカモフラージュをしていた本物のお姫様に向け指をさしながら、ドラゴンにいってやったのだから。
そして、その言葉に一直線にお姫様に向かいドラゴンが飛んでいくのを、当たり前の顔をして笑ってみていたのだから。
ねぇ、お姫様。
私に謝る事なんてなかったでしょう?
だって私は、あなたの代わりになんて、なるつもりはこれっぽっちもなかったのだから。
私は嬉々として、笑ってやった。
長いこと付き合って、そろそろなんてお互いを意識して。
微笑みあって、周りの皆からちゃかされながらも祝われて。
その日に向けて体系を整えるためのダイエットをして、食べたい大好きなお菓子もろもろ我慢して。
彼のためにと料理勉強に本腰入れて。大人として恥ずかしくないように言葉遣いだって正して。
式に向け一生に一度なんだからと相方に喝を入れ、二人してなんだかんだ真剣に選んだドレスはそれは素敵に見えて。
だらしない生活だって、お肌を整えるためにもちゃんとしたものに直して。
例えプラスチックだって相手からもらった指輪なら。どんな年若く、小さくても女なら。
喜んでしまう指輪の宝石はそれほど大きくないけれど、お値段的には頑張ったねって言ってしまいたくなるような高価な物。
そっとはめてもらったそれに、そっと大切に触れてみて。はみかみながら笑って、キスをする。
本番の予行練習ねって、軽いキスをする。
幸せ絶頂。結婚式までもうすぐだ!
浮かれ喜んでいたら、一転。
もうすぐ結婚する、(奇遇ね、私ももうすぐなんです)
愛するわが娘が、(私の父もそういってくれました)
ドラゴンに選ばれた(そうなんですか? おめでとうございます?)
生贄として、だ(……そうですか。私になんの関係もないと思いますけど)
私は、娘に死んでほしくはない(そうですね、親ならそう思うかもしれませんね)
だから、そなたを呼んだのだ(ふーん。そうですか。お力に成りたいのはやまやま?(でもないような?)けれど私には何もできないので)
娘の代わりに、そなたを差し出す(あーはいはい、そうですか。ではそろそろ失礼させていただきたいんですが)
そなたには期日まで、この城に滞在してもらおう(あー、ちょっと私結婚式に向けて忙しいので)
好き勝手なことを色々言って王は背を向け立ち去った。
いいもわるいも、私の意見などいらないと背を向けた。
王が去り、その姿が見えなくなると頭を下げていた偉そうなおっさんが、城はいかに誇れる場所か、食べ物はどれほど美味しく、そこここにあふれる装飾品はどれほど素晴らしいか、
この場所はどれほどの粋を集めた所かをこんこんと説明してくれた。
その内に私は有無を言わさずにここに滞在することにされ。
私というひと、一人の意思の軽さ、命の軽さを感じさせられ。
豪奢な家具に囲まれた生活を送らされる。
泣きわめいても、きっと変わらぬ対応だとどこか壊れた頭が悟る。
しっかりと回せない頭の片隅で、こういう事になった場合の映像がイラストで、あるいは文字により起こされて。
それを踏まえて彼らの態度を思えば、送還術なんてものが都合よく存在しないと悟られて。
ならばこの際あらん限りの贅沢でもしてみせようじゃないか。
部屋を出るだけでさえ必ず誰かの視線がある逃れられないこの城で、出来るといえば贅沢だけ。
それならば、思うままに贅沢でもするしかない。
自分自身で戒めていた食べ物制限を解除して。
気を付けることさえ面倒な言葉遣いは、なんちゃって敬語でいいでしょう?
人生で、もうこれ以上のものは着れないだろうというお高いドレスを着てみて。
大の大人が情けないなんて言われるような怠けっぷりで。
ただの重いだけの石ころに興味のあるふりをする。だって、人生で一番綺麗な宝石は彼のくれたあの煌めく石。
何もかもが色あせて見えるこの世界で、本当は何もかもが汚らしい。
人生で、これほど無駄な時間は過ごしたことがない。
苛々するほど待ちわびていた日がやっときて。
元凶ともいえる本物さんが挨拶に来て。
そっと隣に控えていた本物さんの婚約者と、安心したように笑みを交わしている様子を見て。
やっと、やっとドラゴンが来てくれる。
はやる心で叫んで告げて、まっすぐと本物さんに指をさす。
本物のお姫様はあちらです!!
きゃらきゃらと笑って告げて、勢いよく飛んでいくドラゴンがお姫様を襲い阿鼻叫喚に陥る周りにこの国に来て初めて感じるおかしさに笑って、それでもなんでもきっと変わらないだろう世界の違いに、おかしくて泣いた。
ねぇ、遥斗。
私ね、あなたの事大好きだったの。ほんとに大切で、何よりも大事にしたかったの。
一緒に年をとって、子供だって作って、おばあちゃんおじいちゃんになった時も、一緒にいたかったの。
でもね、遥斗。
どうやら私、帰れないみたいなの。
何度願っても、何度祈っても、何度思っても、あなたの所に帰れないみたいなの。
だからね、あなたがいないこんな世界で生きていたって無駄だと思うの。
命は大切に! っていってる人たちもいるけれど、私よりもっともっと不幸だという人だっているだろうけれど、
それでも私にとってあなたがいないこんな世界にいるのは空が落ちてくるよりも、とてもとても耐えられない事なんだ。
それにほら。
さんざん使ってきた魔法の言葉、その責任取らなくちゃ。
本物とはいえドラゴンをお姫様に向かわせたのにも、責任取らなくちゃ。
どうせ私が生き残ってもお姫様が好きな人に恨みつらみをかわれて殺されるだろうしね?
だから、私ね。
そっちと空がつながってるかわかんないけど、私ね。
先に、行ってるね?
「ドラゴンさん!!」
ひどい顔だけれど、ドラゴンさんのために衣装仕立ててもらったの。
結局食べたは食べたけど、全部吐き出して太れはしなかったやせっぽっちの体だけど、貴方の食物である人は人です。
私の叫びに振り向いて、お姫様一人では少し物足りなさそうにしているドラゴンさんに私もどうぞといって差し出した。
笑って告げる私に不思議そうな表情をしながらも、それでは遠慮なくばかりに大きく口を開けたドラゴンさんを最後に視界に入れて目を閉じた。
遥斗、はると、はると!
もっと、一緒に、生きたかった。
私はひどい女です。自分の事しか考えられない、でも、それでいいと思ってる。
だって、誰だって自分の事が一番大事じゃない。