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湯気が立つお湯に満たされた浴槽。
そこに身を沈めると、じんわりと疲労が抜け出て行くような感覚を受ける。
「ああ~~、しあわせだわぁ」
「幸せですねぇ、リセラちゃん。スピカちゃんもそう思うでしょ?」
「そう、幸福」
今の時分は、食後の夜………野営スペースに作られた建物の一つ、その中に大きな浴槽をおき、女性陣が一緒に入浴している最中である。
雄也たちのパーティの三人娘の他に、この場には『紅』の女戦士アイギーニ、魔術師の少女フロイの姿もあった。
「しかしあのボウヤ、なかなか面白い事が出来るじゃないか。いつもなら、身体を洗うのは水浴びで、それも野郎どもの覗きの危険があるのに、ここにはそれも無いからな」
「はい、久しぶりにゆっくり出来ますね」
アイギーニの言葉に、フロイという少女も笑みを浮かべる。その言葉に、リセラが興味深そうな顔をして、アイギーニ達のほうによってきた。
「ん? なになに、パーティの中に覗きとかする奴がいるの?」
「ああ、うちのパーティの男二人は、助平だからな、どっちも。おそらく今回も、どうにか覗こうとしてるんじゃないか」
「……よく我慢できるわね、それ。あたしだったら、パーティからけりだしてるわ」
アイギーニの言葉に、リセラは不快そうに顔をしかめる。
そんな彼女の様子に、若いねえ、と笑いながら、お湯の中で濁酒を飲むと、アイギーニは天井を見上げた。窓もない天井と壁に多少の息苦しさは覚えるものの、覗き予防と考えれば安いものである。
周囲は密閉されているとはいえ、脱衣場に繋がる出入り口には何もなく、そこから更に外へと空気が流れているので、窒息する危険は無いのであった。
「蹴りだしたいと思わないときも無いでもないが、男なんてみんな、一皮向けば一緒だろう? だからまあ、少々のやんちゃは許しているのさ」
ちなみに、今回の『紅』男性陣の覗き作戦は、失敗に終わる。
浴場の入り口は、ロッシュが見張っており、それならばと建物の裏に回り、壁に穴を開けて覗こうとするも、壁自体に穴があかないという体たらくであった。
「……なにかゴリゴリって音がしますね」
「たちの悪いネズミでもいるんだろ、それより、一つ聞きたいんだが」
壁に視線を向けて怪訝そうな顔をするアイリスに、そう返答をすると、アイギーニはリセラに顔を向けた。
首までお湯に浸かっていたリセラに、アイギーニは真剣な顔で質問する。
「明日からもこうやって、まいにち風呂には入れるんだろうか」
「毎日? うーん……それはちょっと無理なんじゃない? いつも一緒にいるあたしたちでさえ、何日かに1回で、後は水浴びとかで我慢してるんだし」
「………駄目なのか?」
「駄目というか、水も火も、毎回用意するのが大変なのよ。水を温めてる焼いた石自体は、火にくべれば何度でも使えるんでしょうけど」
「つまり、水の確保と、火をおこす労働力が必要ってことだね」
アイギーニはそういうと、湯船から立ち上がる。この場の誰よりも大きい双丘が派手に揺れて、リセラやアイリスに感嘆の溜め息をつかせた。
「いったい、何を食べたら大きくなるのかしら」
「リセラちゃんはまだ良いじゃないですか。私なんて比較することすら出来ないくらいの差がありますし――――あれ、どちらにいかれるのですか?」
浴室から出て行こうとするアイギーニにアイリスが質問すると、豊満な体躯の女は、にやり、と肉食獣の笑みを浮かべて、こういったのである。
「なに、ちょっと労働力を手に入れにな」
それからすぐに、
「やっぱりいたか、何やってるんだお前たち!」
「まずい、見つかった!」
「あ、あわわわ、アイギーニ様っ、これは、そのう……」
というやり取りと共に、悲鳴と暴力の音が、壁越しにリセラたちの耳にも入ってきたのであった。
「――――というわけで、こいつらに罰として、今後、毎日風呂を用意させるつもりだ。だけど、護衛の仕事中だし、水源を毎日捜すのも難しいからな。今からボウヤの力とやらで、水をためるのを手伝っちゃくれないかい?」
「………なるほど、話しは分かった」
宿泊用に、雄也がいくつか作ったプレハブ風の建物。
女性の入浴が終わるまで、そちらで時間を潰していた雄也は、ボロボロになった男性二人を連れてきたアイギーニの説明に、静かな声でへたれこんだ男達を見る。
僧侶の青年ヒヨウ、戦士の少年ホロン。両者共に、アイギーニに絞られたのか、顔や頭、腕など、あちこちあざを作っていた。
「一つ聞いておきたいが、未遂、ってことで良いんだな」
「ああ。あたしが捕まえた時は、覗きも出来ずにまごついていたからね、こいつら」
「それはよかった。もし、リセラ達の裸を除いてたら――――両手両足を縛って川に流すくらいはしようと思ってたからな」
と、顔色を変えずに剣呑なことを雄也は言い、据わった目で男達を見た。
「別に他人が他人を覗くのは止めないけど、もしリセラやアイリス、スピカに危害を加えるようなら、こちらにも考えがあるからな」
腹のそこに響くような声の雄也に、本気の気配を見たのか、男二人は震え上がる。
その様子に、アイギーニは楽しそうな笑みを浮かべると、男達の頭をそれぞれ一つずつ殴ってから、雄也に向きなおった。
「ま、もしそんな事があったら、あたしがケジメをつけるよ。それで、さっき話した水の件は受けてくれるかい、雄也?」
「………わかった。受けよう」
「ありがとな。ほら、お前たち! いつまでへたってんだ、さっさと起きな!」
アイギーニに急かされて、二人の男はよろよろと起き上がった。
これから彼らは、冷たい夜の川で水汲みを行うことになるのだが、覗きの罰ということであれば、誰も同情をしなかったのである。




