zip.31
幽霊の少女が消え、生み出されたカラスも塵となって闇夜に溶け消えた。
漆黒の騎士も身体もまた、さらさらと崩れだし、動きを止める。
「ふう、なんとかなったようじゃな……?」
漆黒の騎士と対峙していたギノルスは、武器の切っ先を下ろすが、それでも油断なく、漆黒の騎士の様子を伺っていた。
「やれやれ……それにしても、被害がゼロとは行かなかったな」
「まったくだ、おれの仲間は、カラスにやられて重傷だ。それもこれも、あの小娘のせいだ!」
そういうと、冒険者の一人が、地面に落ちた少女の頭蓋に歩みより、大きく武器を振りかぶる。それが視界に入ったのか、漆黒の騎士が身体ごと、そちらの方に向き直った。
「こうしてや――――」
「よさんか、馬鹿もん!!」
ギノルスの制止の声とほぼ同時に、武器を振りかぶった男は、駆け寄った漆黒の騎士に叩き斬られる。斬られた男の仲間の悲鳴が聞こえる中、崩れ始めた身体のまま、漆黒の騎士は少女の頭蓋を片手で抱え、再び向きを変え、走り出した。
「う、うわ、こっちに来た!」
「に、逃げろ!」
荒事になれた冒険者といえど、ほぼ勝利が確定している状態で、命の危機に晒されては保身に走るのも当然といえた。
漆黒の騎士は、逃げ去る冒険者たちを無視し、崩れつつある身体で走り続ける。
その先には――――コーケンの町があった。
「あいつ、町に入ろうとして――――くそっ、止める奴はいないのかよ!」
ロッシュが慌てた声を上げるが、彼らも漆黒の騎士を追うだけの余力は残っていなかった。
それでも何とかしようと、雄也は走る漆黒の騎士の前方に手をかざし――――
「zip!」
漆黒の騎士の前方に、深い穴ができる。あと一歩踏み出せば、その落とし穴に落ちるという状況だが――――
漆黒の騎士は、咄嗟に跳躍し、その落とし穴を飛び越えてしまったのである。
「くそ、結局、町に入られちまったか……あとを追うぞ!」
「まあ、そう慌てるな、若いの」
ロッシュをとめたのは、ドワーフのギノルスであった。彼は、走り去る騎士の様子をつぶさに観察しており、一つの結論にいきわたっていたのである。
「もう、あの騎士も長くないわい。この手でケリを付けれなんだのは、ちと残念ではあるがな」
夜の町を、漆黒の騎士は疾走する。
一つ歩を進めるたび、がらがらと身体が音を立てて崩れていくような感覚を覚える。
彼の半身は実際、崩壊しており、もはや剣を持つ利き手は崩れ、消え去っていた。
だが、そのようなことは彼には関係なかった。
自らの残った力の残滓を使い切るまでに、彼にはまだすることがあった。
両の腕が千切れようと、両の足が砕けようと、同胞である少女の躯を、あるべき場所に戻さなければならないのだ。
幸いなことに、目的地の近くには、邪魔をする者達の気配はないようであった。
だとすれば、あとはこの身体が持つかどうかだけである。
いつの間にか、走るのに使っていた両足の先は砕け、歩むよりも遅い速度で、漆黒の騎士は地面を這うように進む。
ほんのわずか進むたびに、残った身体が崩れ落ちる。
全身全霊をかけて、なおも漆黒の騎士は進む。
たとえ他の部分が全て崩れようと、決してそこは崩れないようにと、必死に残した腕の中には、少女の頭蓋骨が、大事に抱えられていたのであった。
……コーケンの町の教会の墓地に、小さな頭蓋骨と、その傍らに転がっていた漆黒の鎧の破片が見つかったのは、夜も明けた頃であった。




