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幽霊の少女は剣などの届かない上空に浮かび、戦況を見守っているようだ。
漆黒の騎士と7体の骸骨戦士に対峙したのは、ドワーフのギノルス、コマンドナイトのロッシュほか、近接戦闘に長けた者達である。
「まずは取り巻きから片付けるぞ!」
ロッシュの言葉に呼応し、男達は骸骨の戦士たちから片付けていく。漆黒の騎士に対しては、ギノルスがあたり、両手斧と騎士剣がぶつかり合い、火花を散らした。
骸骨の戦士たちは、手に武器を持っているが、つかいこなせておらず、冒険者たちの武器の前に、一体ずつ倒されていった。
「よし、これで骸骨たちは終わった! あとはその黒い奴だけだぜ! 助太刀するぞ!」
骸骨を倒した冒険者たちのうち、一人の戦士が、漆黒の騎士に背後から切りかかる。
すると、ギノルスと対峙していた漆黒の騎士は、ドワーフに背を向けて、背後の男を一刀の下に切り捨てたのである。悲鳴と共に、鮮血が舞うが、大きな隙もでき、ドワーフはそれを見逃さず、両手斧を振るう!
「ぬぉおおお!」
一撃、騎士の背中を両手斧が断ち割り、致命傷を与えた――――かに見えた。
「つぎのひとやま きょうこえて
さきのひとやま あすこえよぅ
りょうの あしは ちにぬれて
それでも こころは やまこえよう」
歌うような幽霊の少女の言葉に、夜の闇が濁く凝る。少女の周囲に暗黒の濁りが漂うと、それが漆黒の騎士の身体に降りそそぎ、その傷を塞いだ。
「っ!? これは………こいつは不死身か?」
何事も無かったかのように、剣を構える漆黒の騎士に、ドワーフは苦々しく呟きながら、両手斧を構えなおす。
それだけではない。無謀にも漆黒の騎士に斬りかかり、惨殺された男の身体が立ち上がり、屍人となって、冒険者たちを襲い始めたのだった。
「くっ、キール! やめないか、俺が分からないのか!?」
「無駄だ、もうそいつは死んでいる! くそ、しかし厄介な事になったな」
屍人の仲間であろう、冒険者に気の毒そうな視線を向けてから、ロッシュは、ドワーフと刃を交える漆黒の騎士を見て、上空に浮かぶ幽霊の少女へと視線を向ける。
漆黒の騎士の剣は、殺した相手を屍人として操る事ができるようだ。
生半可の腕では、援護に回るどころか、先ほどの冒険者のように殺されて屍人の仲間入りにさせられてしまうだろう。
今のところは、ギノルスが何とか漆黒の騎士と打ち合っているが、それもいつまで持つか分からない。なにしろ、相手は傷つくたびに、幽霊の少女が黒い濁りを降らせ、騎士の傷を回復させているからだった。
「こうなったら、あの子供を打ち落とすしかないな。だが、剣は届かないし、そもそも、幽霊に剣が通じるかも分からない……だとすれば、スピカ!」
「光よ!」
ロッシュの言葉に一つ頷くと、スピカは上空に漂う幽霊の少女に、光の魔法を放つ!
上空に光が爆発し、幽霊の少女がそれに飲み込まれた――――かに見えた。
しかし、光に灼かれる直前、少女の全身を黒い濁りが覆い、光を遮断して身を守ったのである。
「まぶしいの きらい」
光が収まった後には、幽霊の少女が変わらず漂っていた。だが、自らの危機を察したのだろう。その身体から再び黒い濁りを生み出すと――――その濁りが、巨大な一羽のカラスとなり、スピカめがけて突進してきたのである。
「くっ、やべえっ!」
黒カラスの嘴がスピカを捉えようとする刹那、ロッシュが彼女の手を引き、自らの身体の後ろに隠す。だが、黒カラスはなおもスピカを狙い、嘴の先を、彼女に向けていた。
ロッシュはスピカを庇いながら、剣を振る。剣の先からは、得体の知れないものを切る感触が伝わってきた。
「こいつは、剣できれるみたいだが……効いているのか?」
質量のある影と対峙し、ロッシュはそう呟く。やっかいな相手が出てきたと彼は思ったが、それは1体だけではなかった。
「さっきみたいなの させないから」
その言葉と共に、黒い濁りは十数羽のカラスとなり、冒険者たちへと次から次へと襲い掛かったのである。
スピカのように、魔術を使って幽霊の少女を攻撃しようとしていた魔術師の男が、わき腹を抉られて悲鳴を上げる。先ほどまでは冒険者達が有利なように見えた状況は、幽霊の少女の一手で、あっという間に危地にと変貌したのである。
「ロッシュ、無事か!?」
「ああ、雄也か。見ての通りだよ。いいかげん旗色が悪いが、ここは逃げるか? ハッキリ言って、俺たちじゃ荷が重いし、ここで命を懸けて踏ん張る義理もないが」
黒カラスの援護に雄也とリセラ、アイリスが駆けつけると、ロッシュは黒いカラスから視線を逸らさず、雄也にそう聞いてきた。
じっさい、他の冒険者たちの中には、旗色が悪いと見て、逃走を始めた者達もいる。
「それも一つの手だが、もう少しだけやってみないか」
「………何か、手があるのか?」
ロッシュの問いに、雄也は頷くと、小声で何かを指示した。
「ん………また、あのまぶしいのを やるつもり?」
幽霊の少女の見つめる先、先ほど、少女に光の魔法を使ったスピカが、また呪文の詠唱に入っているのが見える。光の爆発は、幽霊の少女にとっては致命的な威力があり、まともにくらえばひとたまりも無い。
無論、周囲の濁りをつかい、身体を守る事ができるが、攻撃される事が不快な少女は、周囲のカラスを操り、スピカに攻撃を集中させた。
「くっ、こいつら、スピカばかりを狙ってきやがる!」
「落ち着け、ロッシュ! 相手もスピカの魔法が恐ろしいってことだ! ここはなんとしても防ぐぞ!」
「はい、そういうことですね!」
黒いカラスが3羽に増えスピカの身体をめがけ、波状攻撃を仕掛けてくる。その攻撃を、ロッシュが身体を張って守り、雄也とアイリスも、サポートに入る。
さすがに厳しいか、と考えていると更なる羽音。更に4羽が、他の冒険者たちを無視して、こちらに向かい飛んでくるのが見え、ロッシュの心胆が寒くなる。
「スピカ、まだかっ!」
「光よ!」
ロッシュの叫びに応じたのは、魔法の言葉。再び先ほどと同じ光の爆発が起こり、幽霊の少女は濁りを身体に纏わり付かせ、防ごうとした。
ヒュッ ドスッ!
「――――え?」
その瞬間、光の中から一条の矢が飛び出し、幽霊の少女の体に突き立つ。
本来は、矢を放っても、幽霊の少女の身体をすり抜けるだけである。
だが、この瞬間、『質量のある濁り』で身体を覆っている瞬間、矢は濁りで止まり、少女の身体を貫くように静止した。
無論、それは何の意味もなさない。少女の身体の外面が質量に覆われているとはいえ、本体は幽霊であり、矢などは何の意味もなかった。
それが、ただの矢であったとすれば、だが。
「雄也、ドンピシャ! 当たったわよ!」
「ああ――――thaw!」
リセラの言葉に、雄也は上空の、幽霊の少女に刺さった矢に向けて手をかざし、それを『解凍』した。
瞬間、幽霊の少女の内側から、光が爆発する。リセラの放った矢は、この場所で戦うより前に、雄也がスピカの光の魔法を圧縮して作っておいた矢であった。
「――――!」
言葉にならない悲鳴が聞こえる。幽霊体に密着するように開放された魔法の光は、少女の魂も焼き尽くすかのように激しく輝き、数秒後に消滅した。
光が収まると、上空から何かが落ちてきた。それは、幽霊の少女が抱いていた自らの頭蓋骨であり、同時に、彼女が操っていた黒いカラスたちは黒い濁りとなって、闇夜に溶け消えたのだった。




