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zip.28  さいきんの 出来事

森の中に、小さな歌声が流れる。その歌を歌っている少女は、身体が透き通っており、そこに実体のない存在であった。

彼女は十年ほど前に、生まれたばかりだった。いや、死霊の彼女を生まれたというべきなのだろうか。死んだ後に発生したということであれば、生まれたというべきだろうけど。

ただ、そうして発生したときには、彼女は生きていた時の記憶は、ほとんど全て、きれいさっぱり失っていたのである。


「ひとやまこえて なにおもう……」


彼女に残ったのは、望郷の念と、この歌だけ。帰りたい場所があるのは分かっている。それがどっちの方角にあるのかも、何となく分かる。

そんな彼女が、どうして動きもせずに歌っているのかといえば、端的にいえば、力が足りないからであった。

生まれてから10年。自らの死体のあった場所から数十メートルの範囲が、今のところの彼女の世界の全てである。一応、生き物の命をすえば、行動範囲を広げる事が出来ると、直感でなんとなく彼女は分かっていた。

だが、街道から外れた森の中。そんな場所に現れるのは、小さな動物ばかりである。否、大きい動物もいるにはいたが、彼女の隣にたたずむ、漆黒の騎士の姿を見るなり、尻尾を巻いて逃げるのが常であった。


「おうちにかえりたい………」


歌の合間に、彼女はそんなことを口にする。

口にするだけで、願いが叶うはずもない。だが、彼女に出来ることは、声に出して言葉を放つことだけであった。


「だれか、たすけてください……おうちにかえる、てつだいをしてください」


一件、無為なことを繰り返しているようにも見える。だが、10年という年月は、幽霊の少女の力の量を大きく変える事はなかったが―――その『質』は変化を続けていたのである。

生まれたばかりの頃、彼女は小さく歌う事が出来るだけで、故郷に帰ろうと考えたり、そのために助けを求めたりなどをする事が出来なかった。そういう意味では、彼女も成長しているといえる。

彼女の放つ歌も、街道にまで届くようになっており、特定の波長を聞き取れる者の耳には歌声が聞こえるようになっていた。そう、彼女の願いどおり、助けが現れる日も、そう遠くなかったのであった。


「こっちから聞こえてくるな……」

「ほんとかよ、俺たちには何も聞こえないぜ?」

とある昼下がり、彼女の住む森に来訪者があった。数名の男女が、森の木々をぬけて、こちらに近づいてきたのである。

それは、『熊殺しの一団』という冒険者グループの者達であり、歌声にひかれ、馬車に数名をのこし、様子を見に来たのである。

「ん、何だ、女の子と、それに……?」

幽霊の少女と、漆黒の騎士を見て、リーダー格の男が、眉をひそめる。

あからさまに、人でない気配を身にまとっている漆黒の騎士を警戒したようである。

そんな彼らのほうを見て、少女は笑みを浮かべた。


「ああ、ようやく、たすけがきました」

「助け? 君はいったい……」

「たすけてください………あ な た た ち の 命 を 使 っ て」


その笑みは、どこまでも透き通るよりも優しく、おぞましさに満ちていた。


少女の言葉と共に、漆黒の騎士が剣を構え、さらに、森の周辺に伏していた、骸骨たちが起き上がった。冒険者たちは悲鳴を上げる。だが、それで事態が改善されることは、ついぞ無かったのであった。



「おそいなぁ、なにやっているんだ、あいつら」

声が聞こえるといって、馬車を止めて様子を見に行った仲間を待っていた男は、いつまでたっても仲間がかえってこないので、不満そうな声を発した。

強行軍で早めに道を進み、コーケンの町まで一気に行く予定だったのが、ここで足を止めているのが不満だったのである。

「まったく、女の声だから助けにいこう、なんて言いだすから勘弁して欲しいんだよな、毎回毎回」

現在の護衛任務で、リーダーの役をしている男は、女に目が無く、だらしない事が知られていた。いままでは、その悪癖は出ていなかったのだが、あと少しで目的地の半分の地点にある中継点にたどり着くということで、気が抜けたのだろう。

(さっさと、コーケンの町まで行って、商売女の店に行く方が楽しいと思うけどな)

山の中から聞こえる女の声を探す。など、時間の無駄だと男は思っていた。

さっさと帰ってこいよ、と考えていた男だが、その願いはすぐに叶うことになった。


「………」

「ん、おお、かえってきたのか、どうだった? 美女でもいたのか?」

「………」「………」

帰ってきた男達は、全員無言で俯いている。なにやら、得体の知れない雰囲気に、男がたじろいだ時であった。


馬が大きくいななく。そちらに顔を向けると、地面から飛び出した真っ黒な手が、馬の4本の足を掴み、一歩も動けなくしていたのである。

「な、なんだ、こいつは!?」

おとこが声をあげたときである。自らの足が、何かにつかまれて、男は視線を下に向ける。そこには、馬と同様に、黒い影でできた手が、男の両足を掴み、地面に縫い付けていたのであった。


「!?」


言葉を失う男。その場に、二つの人影が新たに姿を現したのは、そのときであった。

一人は漆黒の黒い騎士。そしてもう一人は、自分の頭と同じくらいの髑髏を、胸に抱えた幽霊の少女であった。


「ああ、またこんなに 協 力 してくれる人がいるの」

「な、なんだ、あんたらは」

「私達は、故郷に帰ろうとしているモノ。命を吸って、力を蓄え、東へ向かわなければいけないの。だから――――」


少女の言葉に呼応するかのように、俯いていた男達が顔を上げる。

そこには目がなく、窪んだ眼窩があり、青白い顔には血の気というものがなくなっていた。

その様子を見て、男は直感する。もうしばらくしたら、自分もきっとこうなるだろうと。


「あなたたちの命も ちょ う だ い ね」


そういって、少女は笑う。

その笑みは、故郷に帰れる嬉しさなのか、獲物を蹂躙する快感からなのか、少女には分からなかったのであった。


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