zip.27 10年位まえの はなし
時がたち、多くの魔王軍12柱将が討ち取られ、人間たちの生活圏は大きく広がった。
かつては、バルノン山脈の南側に、人の住む場所はなかったが、今では多くの町が山脈を越えた向こうに作られ、栄えている。
要となる12柱将がいなければ、ほとんどのモンスターは組織立った行動をおこす事も無く、昔に比べ、人々の生活は安定してきたといえる。
魔王の力が弱まったせいか、神の加護を受け、人々の身体能力も上がり、魔物におびえることも少なくなっていった。
……だが、一つの問題が解決すれば、別の問題が浮上するものである。
魔物の脅威が少なくなった後も、人は別の脅威に直面することになった。
そう 山賊などの、人災に対してである。
「っ、へへ……おら、寝てるんじゃねえよ」
「う……」
光源の少ない闇の中、男の声と共に、地面にうつ伏せに倒された少女の姿が、たいまつの光に映し出される。
あたりの複数の気配は、全て男性のもの―――…周囲には、生臭いすえた臭いが漂っている。少女は、獲物であった。
街道を旅する家族連れを襲った山賊は、荷物を奪い、少女の両親の命を奪い、そして、少女を弄んで自らの欲望を満たした。ここ最近では、ごく当たり前な、見慣れた光景である。
同じ人間だというのに、山賊たちは少女を玩具のように扱い、あざけるような顔を見せた。
「ふう、もう、一通りは回したな。さて、それじゃあアジトに帰るとするか」
「ボス、この娘は連れて行かないんで?」
言葉と共に、男達の気配が遠ざかっていく。
だが、娘の表情に安堵の色は無い。その顔色は、徐々に血の気が失われていった。
「いくわけないだろ? やっている最中に締りが良くなるって聞いて、『腹を掻っ捌いた』が、血の臭いで気分が悪くなるだけじゃねえか。もう、長くは持たないだろうし、そこいらの動物が餌にでもするだろうさ」
「ちがいねえや。今後も、売り物として使えなさそうな娘は、同じようにしたらどうです?」
「まあ、処分するにも、金が掛かるからな。考えてみるとするか」
気の遠くなるような痛みは、腹部なのか、それよりも下なのか上なのか……少女はそれすらも分からなくなり、命の火も消えつつあった。
腹部より下は、人としての原形をとどめてすらおらず、何かがはみ出しているのは自分でも分かっていた。
「ひとや……こえ………」
それでも少女は、最後まで人らしく生きようと思ったのか、いや、そのような発想は無く、ただ、脳裏に浮かんだ歌を、死ぬまで呟き続けていたのだった。
荒い息と、肉を齧る音―――…モンスターに食されている時、少女の命が既に尽きていたのは、わずかな救いとなっていただろうか。
それから、数ヵ月後……
「さぁて、今日もお勤めをするとしようか」
時刻は、日の沈み始める夕方ごろ。ヒシ村とコーケンの町を結ぶ街道―――…そこから、かなり離れた場所にある洞窟から、7人の山賊が姿を現した。首領である男を筆頭に、全員が不敵な笑みを浮かべている。
ここ半年、家族連れや個人の旅人など、小さな獲物を捕らえては、その荷物を巻き上げたり、女を味わったりと、彼等の生活は充実していた。
いずれは、大規模な討伐部隊が来るかも知れないが、そのときまでに、別の場所に拠点を設ける為の資金を稼ぐ腹積もりであった。
「ボス、そろそろ、大きな獲物も狙ってみたらどうですか? なんか最近、どこぞの駆け出し商会の馬車が、街道を良く通るじゃないですか」
「ああ、シマ何とかってところだろ? そうだな、荒稼ぎをするためか、護衛も少なそうだし、考えてみるか……ん?」
そんなことを言いながら、夕日が照らす山の中を歩く山賊たちの足が止まる。
妙な気配を感じた一行が、不思議といっせいに、同じ方向を見る。
そこには、一人の少女と、黒い鎧で全身を固めた騎士の姿があった。
「ん? なんだぁ、おまえら……おまえ、どっかでみたことあるな?」
山賊の一人が、無警戒に、二人の傍に歩みより、少女の顔を覗き込もうとし―――その首を、漆黒の騎士の刃が両断していた。
「て、てめえ! やろうってのか!」
「おい、よせ!」
いきり立った山賊たちが、首領が止めるのも聞かず、漆黒の騎士に斬り掛かり――――斬り伏せられ、物言わぬ躯となったのは、あっという間のことであった。
7人の山賊のうち、6人は既に死に、残るは首領一人のみ。
「あ……ああう………た、助けてくれ!」
そういって後ずさる首領の目に、漆黒の騎士の背後、ゆらりと起き上がる仲間の姿が見えた。不意を討てる、と一瞬、希望を持った首領だが、その直後、それは絶望に変わる。
その仲間の目は濁っていて、生気は感じられず、それは屍人とよばれるものに成り下がっているのが分かったからだ。
「な、なんなんだよ、お前ら、なんなんだよ!!」
それに対する、答えはない。ただ、首領の目の先、漆黒の騎士の後方にいる少女の口が動き、何かを歌っているのが見えた。それが、生きているうちに彼が見た、最後の風景であった。
ヒシ村付近に、山賊が出て、被害を受けているという事態は、それからのち、すっぱりと聞かれなくなった。勇気ある村の若者の一人が、山賊のねぐらを探そうと山中に入ったが、山賊が使っていたと予想される山中の洞窟は土砂で埋まり、何の手がかりもなかったのであった。




