zip.26 100年くらい前の はなし
――――まだ、魔王の配下に12柱将と呼ばれる者達がいたころ。
王都ベイクの南にあるバルノン山脈を越え、千を越える魔物たちが王都に迫る事態があった。魔物を率いるのは、12柱将の一人、ゴートルス。
周囲の集落を飲み込み、人々を殺し燃やし侵しつくしながら北上する軍勢に、人々は恐怖し、逃げ惑った。事態を重く見た王国は、義勇兵を招集し、常備軍とあわせて、計2万の軍勢で、北上してくる魔王軍を迎え撃った。
戦いは、熾烈を極めた。数の上では20倍という開きはあったものの、角羊将軍ゴートルスに率いられた魔物たちの練度は高く、また、人間たちの装備は貧弱で、今の冒険者のように強靭な能力を持つものは、少なかった。
当時、人間たちの中には勇者がいなかった。魔物たちを一蹴できるものはおらず、1匹の魔物を倒すたびに、必ず犠牲が出た。
それでも、戦場に借り出された兵士たちは、騎士達は、歯を食いしばり……時には自らの命すらささげ、魔物たちを倒していった。
最初の激突から一月もの時間をかけ、総数の半分の魔物を倒した王国軍は、バルノン山脈の向こうへと、魔物たちを押し返すことに成功したのだった。
犠牲も大きく、全軍の3割が死亡という被害もあったが、人類は魔物たちとの戦いに、ひとまず勝利したのである。
戦に勝利した後、招集された兵士たちは、それぞれの帰路につく。だが、魔物たちとの戦いで傷つき、故郷に帰ることなく、息を引き取るものも多くいた。
コーケンの町の騎士、ジークリンドもその一人であった。彼は20代前半、結婚したばかりの妻がおり、魔王軍の襲来が無ければ、幸せな家庭を築いていたであろう。
だが、大量の魔物の襲来は、王国の騎士として、彼を戦場に向かわせたのである。
「いいか、魔物たちに正々堂々など考えるな。俺たちが負ければ、家族の身に危険が及ぶんだ、手段を選ばずに倒し続けろ!」
ジークリンドは、その時代の人間としては、突出した能力を持っていた。剣技に優れ、部隊を統括し、ともすれば崩壊しそうな前線を支え続けた。
魔王軍の撤退の最後の決め手となった、ゴールドルの副官との一騎打ちは、後世に語り継がれる凄まじさだったらしい。
だが、華々しい武勲は、危険と隣り合わせである。
敵の副将を討ち取った代わりに、ジークリンドは両の太ももを大きく裂かれ、結局、その傷がもとで、帰郷の途中で命を落としたのである。
「妻に伝えてくれ。俺のことは忘れ、幸せになってくれ。夜空の星となって、お前を見守っていよう」
自らの最期を看取った部下に、ジークリンドが語ったとされる最後の言葉である。
亡骸は、彼の命が尽きたその場所に埋められ、救国の騎士ジークリンドは、しばらくの間は人々の中で英雄扱いをされていた。
だが、時が過ぎ、幾人もの勇者が現れ、魔王軍の12柱将もそのたびに討たれて数を消していった。人々は、功績を残した勇者たちの名を称え―――…『12柱将の副官を討った』程度の騎士の名は、人々の中から消えうせ、その墓のある場所を知るものもいなくなった。
いまはもう、その騎士のことだろうか
家族を思う者の 歌った歌が 吟遊詩人たちによって語り継がれるだけである
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ひとやま越えて なにおもう
それは 厳しき ちちのかお
ひとやまこえて なにおもう
それは やさしき ははのかお
ひとやまこえて なにおもう
それは いとしき つまのかお
つぎのひとやま きょうこえて
さきのひとやま あすこえよぅ
りょうの あしは ちにぬれて
それでも こころは やまこえよう
そらの ほしに こころこめ
だいじな あなたに とどけよう
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