zip.23
リョトウ村の郊外の荒地に、壁と堀を製作して安全を確保した雄也たちは、村に住む馬丁と呼ばれる、馬を世話できる技能を持った人物に馬を預けると、確保した土地にプレハブ小屋程度の大きさの建物をスキルで作り、一泊した。
「プレハブ小屋程度の大きさならともかく、しっかりした建物を作るのは、俺のスキルに向いていないからな。まあ、冒険の傍らで、少しずつ作っていくべきじゃないか」
雄也の圧縮のスキルは、対象となるものの形を変化することで、建物のような形などに変化できるが、あくまでもそれは、現物以上の大きさにはならないのである。
大きな屋敷を立てるとなれば、それ相応量の『材料』が必要であり、あっという間に一夜城、というわけにも行かないのであった。
「ま、それもいいんじゃないか。ゆっくりと作るのも、それはそれで楽しそうだしな」
「そうね。何といっても、これだけの土地を梳きにできるんだもん、すごく立派なお屋敷とか建てれそうじゃない?」
「建物は、そこまで大きくなくても良いと思うんですけどね。それより、空いた土地に畑を作って、自給自足をすれば、生活も楽になりそうです」
雄也の言葉に、パーティメンバーから落胆の言葉はなく、むしろポジティブな意見も次々と出ていた。
そんな風に和気藹々としながら一夜を過ごしたのだが、トラブルの目はすぐ近くまで迫ってきていた。
翌日。
雄也たちが小屋から起きて朝食をとっていると、壁に囲まれた荒地に十数名の村人が姿を現した。その中には村長と、昨日、この場所に案内したサリサという娘もいる。
「おー……なるほど、これは素晴らしい」
「あの、なにか用ですか?」
荒地を囲んでいる壁を見て、感嘆の声をあげる村長に近づき、雄也が聞くと、村長は表面上は申し無さそうな顔をして、頭をかく。だが、口から出たのは遠慮とは無縁の言葉であった。
「いや、なんだ。あんたらにこの土地を安く売ったのは、使い物にならない土地だから安く売ったんだよ。だから、『使いものになる』のなら、相応の金か、適正な値段分の土地以外は、こいつらに譲渡してもらおうと思ってな」
「って、何だその言い分は!?」
もっと金を払うか、土地をよこせ。と、そんな言い草に、怒ったのはロッシュである。
だが、彼が怒りの声を上げると、村長の後ろの村人たちが、いっせいに反論を始めたのである。
「何を言ってるんだ! お前らだけで、この土地を全部使うのはずるいぞ!」
「公平、公平を期するべきだ!」
「独り占めするな!」
「こ、こいつら……!」
集団で来ているからと、強気の村人たちに、ロッシュは青筋を立てて剣の柄に手をかけた。その様子を見て、慌てたように村人たちが後ずさる。
そんなロッシュの手に、小さな手が添えられた。ロッシュの傍にいたスピカが、両手でロッシュの手を掴み、首を振っていたのである。
スピカに諌められたロッシュは、怒りを押さえ込むように一つ大きな溜め息をつくと、傍らにいた雄也に目を向けた。
「……で、どうするんだ、雄也?」
「どうするって、話し合いのことか?良いんじゃないか、やっても――――ただし」
歓声を上げかけた村人たちの前で、雄也は手を地面にかざす。
「ZIP」
雄也の言葉と共に、荒地の土をもとに、長大な柱が点を付くように出現する。
どよめく村人の前で、今度はその柱に向けて、雄也は手をかざした。
「Thaw……と、こういう風に、周辺の壁も俺の力で作ったもので、その気になれば消したり出来るわけです。というわけで」
そこまで言って、雄也は村人たちを見渡して、皮肉げな笑顔を浮かべて見せた。
「あまりなめた交渉をしてくるなら、回りの壁を全部なくして、『無かったこと』にもできるので、それが困るなら、口には注意した方がいいですよ」
ロッシュほどではないものの、雄也も村人たちの態度に、少々腹を立てているようであった。
その後、話し合いが行われた結果……敷地の約半分は、村人たちのものとするが、あくまでも農地であり、家を建ててはならないこと、使用料などはとらないが、騒音や異臭などは出さないこと。などが決められた。
「しかし、よかったのか? あの様子なら、もっと多くの土地を主張できたと思うんだが」
村人たちが帰った後、あらためて荒れ地の中央に、仕切りの壁を作っている雄也に、ロッシュはそう声を掛けた。それに対して、雄也は苦笑を浮かべる。
「まあ、あんなものじゃないのか? 村長としても、皆を納得させるだけの成果は欲しそうだったし、今後も付き合うことを考えれば、多少の譲歩は必要だろう」
「たしかに、そうか。あのまま喧嘩別れしたら、住みにくくなりそうだからな」
「それに何より、半分だけでもこれだけ広いと、俺たちの手に余るからな。放置して荒れ地のままよりは、畑として有効活用してもらった方が良いに決まってる」
あらためて、雄也は、交渉で獲得した土地に目を向ける。
手に入れた土地に、どんな建物を建て、どんな生活をするか……そんな具体的なヴィジョンは、雄也の脳裏にはいまだ、浮かんでは来なかったのであった。




