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雄也たちがパーティとして活動を始めて、数ヶ月が過ぎた。
近場のクエストをこなしたり、ダンジョンの探索を何度もこなしたりと、精力的に活動したおかげで、それぞれのレベルが1~2上昇した。
さしたる大きなトラブルもなく、日々順調といったかんじではあるが……
「拠点になる街を変えましょう!」
ある日の夕食時、近隣の雑魚モンスター討伐クエストも終わり、ねぎらう為の夕飯の席で、リセラはテーブルを叩きながらそういった。
幸い、それで倒れる杯や、テーブルから落ちる料理はなかったものの、唐突な宣言に、パーティのリーダーである雄也は首をかしげた。
「いきなり唐突だな。どうしたんだ、藪から棒に」
「いきなりって言えばいきなりだけど、以前からあたし、言ってたじゃない。お金がたまらないなぁ、って」
「ああ、ここ一週間くらい、そんな事いってたな。それで?」
「うん。その原因なんだけど、やっぱり、生活費と報酬がかみ合ってないと思うの」
雄也とリセラ、ロッシュとスピカは、それぞれが宿で寝泊りしており、アイリスだけが街の教会に住み込んでいる。
宿の料金はけっして安いものとはいえず、日々のクエスト報酬を宿代にあてると、実際の収益は微々たる物であった。
「まあ、それでも、マイナスってわけじゃないけどね。だけど、この生活に慣れたら、いざという時に詰むと思うのよ」
人というのは、贅沢は我慢できるとしても、自己標準の生活レベルを落とすことは困難である。
怪我をして収支が減ったのに、同じレベルの生活をしたいからと借金をして、身を持ち崩す他の冒険者を、リセラは何人も見てきた。
自分がそうならないという保証はどこにも無いのだから、先だって行動しようと考えるのは当然といえたのである。
「なるほど、リセラの意見は分かった。俺としては、この街を出て他の街に行くことに抵抗は無いけど、みんなはどうだ?」
「私は、リセラちゃんが行くところについていきますよ」
即答したのはアイリスである。シスターの少女は、同じ孤児院出身のリセラに傾倒している節があり、言わずともリセラに同行することは予想できた。
「そうだな、俺とスピカも問題ないぞ。どこであれ、住めば都というが、良い条件の場所を探すというなら、賛成だ」
続いて口を開いたロッシュの言葉に、スピカも首肯する。
「だが、この街を出てどっちにいくんだ? オルクスの街から伸びる街道は北、北東、南の三方向だ。南は小さな二つの村がある先には、バルノン山脈があって、そこを越えなきゃ次の街にいけないが」
「南か………そういえば、あいつらは元気にしてるかな」
と、ロッシュの言葉に雄也が呟くと、傍らで聞いていたリセラとアイリスがピクリと体を震わせた。
「そういえば、雄也って南の山脈を越えてきたんだっけ。あいつらって誰?」
「ああ。山の向こうにいる友人たちだよ。色々と世話になってな」
「……それって、女の人もいますね?」
何かを察したのか、アイリスが半眼になって雄也を見る。雄也としては、何故か責められている気持ちになって、額に汗をかいた。
「ああ。いるけど。魔法使いダストル爺さんの孫娘で、気立ての良い美人――――」
「南に行くのは却下!」
「賛成です」
「おい」
「まあ、そうなるわな。雄也、お前が悪い」
そういうのは口にしないのが、気遣いってもんだろう。などというロッシュ。スピカはというと、そんなやり取りに興味を示さず、チーズを乗せたトーストにかじりついていた。
「話を戻すぞ。オルクスから南に行くのは駄目。で、後は北と北東の道があるが、北には王都ベイクがあり、そこから色々な街にいける。ただ、王都はここより更に物価が高いだろうし、定住は出来ないな」
「まあ、それは当然よね。華やかな都会って、憧れなくもないけど」
ロッシュの言葉に、リセラがそう口にする。
「……そんなに憧れることは無いと思うけどな。色々と面倒なしがらみもあるし。まあ、それはともかく、北東の道も、厳密に言えば王都に繋がっている。ただ、その途中に山をいくつも挟みながら、町や村がいくつか存在しているんだ。主にそういうとこは、王都に品物を輸出している」
北への街道は、王都への直進コースで、そちらには宿泊用の村々がいくつかある。
北東は険しい山道のなかに、町や村があり、そこから王都へいける。
「物価が一番安いのは、通商ルートにある北の村々だが、仕事はそこまではないだろうな。定住して財産を稼ぐには向いていないだろう。異空ダンジョンも近くにないらしいしな」
「しかし、よく調べているな。どこからそういう情報を仕入れて来るんだ?」
すらすらと周辺の状況を口にするロッシュに対して、雄也が感心した顔をする。
それに対して、ロッシュは困惑した顔を見せた。
「いや、普通に街中で商人とかと世間話すれば、このくらいの情報は手に入るぞ。まあ、その手の交渉術は、ガキの事に習ったんだけどな」
それはともかく、とロッシュは一区切りすると、
「そういうわけで、お勧めなのは北東の道だな。物価はこのオルクスの街よりは安いらしいし、いくつか異空ダンジョンもあるって話だ。とりあえず行ってみて、気に入らなきゃ王都に行くなりオルクスの街に戻るなりすればいいだろ」
「なるほど、それでいこうか」
雄也が皆を見渡して確認すると、一同はみな、首を縦に振ったのであった。




