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時間は少しさかのぼり、ヒシ村を出発し、コーケンの町へ向かう道のりの2日目。
木々の生えた山の道を進んでいたとき、スピカの耳に歌声がかすかに聞こえてきたのである。最初は耳にかすかに聞こえる程度だったが、徐々にその声は大きくなっていった。
『ひとやま越えて なにおもう それは 厳しき ちちのかお……』
それは、周囲の森のどこからか聞こえてきたようだが、不思議と、どちらのほうから聞こえてきたのかは、分からなかった。
スピカは周囲を気にするが、他のみなは、そんな歌が聞こえているような様子は無く、馬車に揺られているうちに、声はまた小さくなり、聞こえなくなったのである。
「そんな事があったのか。どうして言わなかったんだ?」
スピカの説明を聞いた後で、ロッシュが聞くと、小柄な魔術師の少女は、無言であった。
代わりに口を開いたのは、ドワーフのギノルスである。
「簡単な事よ。それを口に出しても、信じてもらえずに、頭がおかしいと思われるだろうからな、わしのように」
「いや、俺はそんなことをせずに、スピカの言うことなら真面目に受け止めるぞ」
「うん、しってる。だから言わなかった……護衛中ということもあるけど、あの声、なんだか嫌な感じがしたから」
関わりあいになったら、なにかよくない事が起こるんじゃないか。そう判断したスピカは、他のみなが気づかないこともあって、その歌声のことはスルーしたという。
「嫌なかんじとは、なんだね」
「………」
中年の騎士、ギュートが身を乗り出して聞くと、その迫力に萎縮したのか、スピカは手を伸ばして、ロッシュの腕を掴んだ。そんな少女の頭を優しくなでながら、ロッシュは話の先を促す。
「まあ、落ち着けよ、スピカ。俺が付いてるからさ、安心して質問に答えてくれ」
「………あの声は、楽しく歌う声じゃない。歌っている歌も、優しい歌詞じゃない。あれは、旅の途中で倒れたものが歌う歌」
そういうと、スピカは一つ深呼吸してから、静かに言葉を口にした。
「あれに関われば、歌と同じ運命をたどるような、そんな気がした」
「………なにやら、きな臭い話だな。酔いがさめちまったぜ」
『鉄酒』のメンバー、記者テイマがそんなことを言いながら顔をしかめる。
「じゃが、行方不明の者達を探す足がかりになるかも知れんぞ。一人ならともかく、わしもそこの嬢ちゃんも、その歌を聞いていたんじゃ。ひょっとしたら他にも、その歌を聴いてる者がいるかも知れんぞ」
こうしちゃおれん、と、ドワーフが席を立つ。
「今からでも、商会にこのことを伝えるべきじゃろう。行方不明の者達を探すのに、歌が聞こえる場所をまず探せ、とな!」
「ああ、おやっさん、まって!………行っちゃったよ。わざわざ、走っていかなくても、宿の人に言葉で伝えるなり、メモを渡すなりすればいいのに」
「まあ、あれがあの方の良いところだろう。思い立ったら即実行、とな」
鍛冶師の青年アイアスに、壮年の騎士ギュートはうんうん、としたり顔で頷いた。
そんな彼らの様子を見ながら、ロッシュは酒をあおる。ふと、隣にいたスピカが難しそうな顔で、悩んでいる事に気がついた。
「ん? どうしたんだ、スピカ」
「うん………歌のこと、話してよかったんだろうか、って」
「よかったんじゃないか? 行方不明者の探索には、手がかりがある方が、助かるだろ」
目星も無く探すには、周囲の山は深い。そういった意味では、スピカと、あのギノルスというドワーフのおっさんの聞いた歌、というのは、良い手がかりになるだろう、とロッシュは思っていた。
「ま、この件はこれでいいだろう。それより、もっと他の、酒が美味くなるような話をしないとな!」
「お、それはそうだな! そういえば、この前に王都にいったときなんだが」
話を変えよう、というロッシュの言葉に、すぐに飛びついてきたのはテイマである。
都で流行っている遊びや、華やかな様子を話題にしながら、残った面子で酒盛りを始めるロッシュたち。
それを見て、今度は別の意味でスピカは顔をしかめた。
これは、今夜は遅くなるし、部屋で一人で寝ることになるだろう、と。




