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ソソク村を出て数日後、雄也たち一行はヒシ村に到着し、そこでも荷物の補充を行った。
そこから更に先にある、山間の町コーケンが、護衛の旅の中間地点である。
先行していた馬車と、護衛の面々もコーケンの町でいったん止まり、最後尾が来てから、今回の搬送した商品の確認と、今後の計画を話し合う予定であった。
「別段、私たちも大きく期日に遅れているわけではありませんが、先行して待たせている方たちに、嫌味のひとつも言われるかもしれませんね」
コーケンに向かう道すがら――――馬車の御者、デンチーはそういうと、やれやれ、というように肩をすくめた。
「そういうものなのか」
「冒険者の方も競争意識があるように、われわれ商人も、他人を蹴落とさないと美味しいご飯にありつけませんからね。今回は、くじ運が無かったと割り切って、頭を下げる事になりそうです」
ロッシュにそういうと、三段腹の中年男は人懐こそうな笑みを浮かべた。
見た目こそはパッとしない男だが、堅実な仕事ぶりと温和な性格は、シマショー商会の中でも、一定の評価を得ていた。
(今後、大きな買い物をするときに、このオッサンを頼るのもいいかも知れないな)
ロッシュが内心でそう思うように、彼を直接の取引先としたいという者は、ゆっくりと、着実にではあるが増えていったのである。
さて……ヒシ村を出てから、コーケンに向かうまで、特に大きな問題はなかった。
せいぜいは、食料に群がって来た野猿を追い払ったり、街道沿いに姿を現したイノシシを、リセラがクロスボウで射倒して、美味しく食べたくらいである。
時おり、馬車の荷台にいたスピカが、何かを気にするように周囲に視線を泳がせてはいたが、そのくらいである。
オルクスの街を出てから一週間後、雄也たち一行が守る馬車は、山間の町、コーケンに到着した。コーケンは、山と山の合間のくぼ地に築かれた町であり、王都とオルクスの街との中間くらいの位置にある。
近くの山には異空ダンジョンも存在しており、それ目当てで滞在する冒険者もいて、それなりに活気のある街であった。
町に着いて、後続の『紅』一行が護衛する馬車と合流した一行は、まずはシマショー商会の倉庫に行き、荷物を収めることにした。
今まで、先行する馬車の姿も形も見えず、かなり差をつけられていただろうから、文句の一つも言われるだろう、と雄也も覚悟していたのだが………
「……到着していない?」
「はい、馬車が2台、行方不明になっているようなのです」
倉庫で馬車の荷物を確認していた男が、困った顔で、デンチーにそう説明する。
つい先日、ドワーフを長とする『鉄酒』の面々が守っていた馬車2台が、荷物を運び込みに商会の倉庫に姿を現した。
だが、それより先に到着しているはずの、『熊殺しの一団』が守っている馬車の姿は、今日までどこにも確認できなかったのである。
「ひょっとしたら、他の馬車に混じってくるのかとも期待してましたけど、そうでもないみたいですね。これは、大事になるかもしれません」
「……納品する品物の種類と期日、照らし合わせておくべきですかな。いざとなれば、先方に頭を下げて待ってもらう必要もあるでしょう」
「はい。まずは現在この街にいる商会員に連絡をとります。今後の善後策は、支部長ほか、上役の会議で決まるかと――――」
「つまり、どういうことなんだ?」
「一番前を行っていたはずの馬車が、荷物や護衛もろとも、どこかに消えたってことらしいな。いったい、何が起こったやら。山賊か、モンスターとかに襲われたとかかな」
雄也の言葉に、ロッシュはそう答える。
いわれたとおりに荷物を運び終えた後だが、デンチーが倉庫係の男とヒソヒソと話し合っているため、手持ち無沙汰で立っているところである。
「ねえねえ、それってさ、行方不明になった馬車とかの捜索も、クエストとして出されるのかな。お金になりそう?」
「どうだろうな。そもそも、クエストが出たとしても、俺たちは護衛のクエスト中だし受けられんだろ、リセラの嬢ちゃん」
と、そんな風にロッシュが答えると、倉庫係と話していたデンチーが、雄也たちのほうに歩み寄ってきた。
人あたりの良さそうな笑顔で、デンチーは雄也たちに頭を下げる。
「皆さん、どうもおつかれさまでした。今日は宿を手配しておきましたので、そちらでお休みください。あと、今回のことですが、出来れば御内密にということで。まだ事の真偽はハッキリしていませんし、我が商会のイメージにも関わりますので」
「……ああ、そういうことですか。わかりました」
どうやら、宿代は口止め料、ということらしい。トラブルで輸送していた商品が損なったという噂がおおっぴらに流れれば、商会の権威が傷つくということだろう。
「仲間にも、今回の件は口外しないように伝えます」
「よろしくお願いします。それと、王都へは2日後に出立の予定です。納期が迫っている商品もありますから、その予定は、変更は無いと思ってください」
「わかりました。それじゃあ、俺たちは宿に向かいます」
雄也はそういって、デンチーの差し出した紙を受け取る。そこには、町の簡易的な地図と、宿屋の名前が書かれていた。
『西を向く犬亭』――――それが、雄也たちの宿泊する宿の名前であった。




