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マギアマグス~東雲邸~  作者: ネルミ
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七章 魔と名のつく者たちの集い

 ゆっくり、ゆっくりと、意識が浮上する。それはまるで重たい眠りから覚めるような感覚だった。

 意識が戻ると、流火は目を開けた。彼の紅玉の双眸に最初に映ったのは窓だった。

 窓の外は真っ暗だった。月も星も木々の陰影さえも見えない、黒インクで窓のすみずみまで塗りつぶしてあるかのような真の闇が広がっている。

 つぎに気がついたのは、周囲に誰もいないということだった。先ほどまでいた幼なじみ三人の姿がどこにも見あたらないのだ。

 三人だけではない。屋敷に入ってからずっと頭上に浮かんでいた炎の蝶が消えている。

 しかし周囲は明るい。どうやらここは廊下のようだが、無数のロウソクに炎がともされ、あたりは暖かな琥珀色の光に包まれていた。

 そんな中、流火は一人、ぽつん、とたたずんでいた。

「これは……夢……なのか?」

 彼にしてはめずらしい、不安に満ちたつぶやきが唇からもれた、その直後。


 かつん……かつん……かつん……。


 背後から靴音が聞こえた。

 誰かが廊下を歩いている。

 ゆっくりと、はっきりと、しっかりと、自分に近づいてきている。

「誰だ!?」

 流火がふり向くと、そこに立っていたのは――。

 飾り気のない黒いブラウスの上に質素な白いエプロンドレスをまとった、十代後半くらいの少女だった。

 おそらくこの屋敷で働いていたメイドだろう。

 しかしいまの彼女は生ける屍でしかなかった。

 少女の首は真一文字に切り裂かれ、ぱっくりと、赤黒い口を開けていた。真っ白いエプロンが真っ赤に染まっている。

 瞳孔のひらききった目がまっすぐ流火を見すえている。彼女の細腕が握りしめているもの。それは大振りの斧だった。

「こわっ」

 流火は素直な感想を口にしたあと、天井に向けて利き手をあげた。

「赤星流火の名において命ずる。炎の精霊よ、蛇の姿にて我が前にあらわれよ」

 ………………………………。

「炎の精霊よ、蛇の姿にて我が前にあらわれよ」

 ………………………………。

「あ、あれ?」流火はまぬけな声をあげた。

 なにも起きない。

 なにも感じない。

 いつもそばにいるはずの炎の精霊たちの気配がいっさい感じられない。

 いつもなら力ある言葉を口にした途端、身体の内側が燃えるように熱くなるのに、しかしいまはただただ寒い。

 身体の芯から凍りつくほどに寒かった。

 その原因はもちろん、魔術が使えないことと、眼前でいましも自分に向けて斧を振りおろそうとしているリビングデッドのせいなのだが――。

「――って、逃げろ!」

 はっとわれに返った流火は、リビングデッドに背を向けると、脱兎のごとくいきおいで駆け出した。

 途端、いっきにメイドとの距離がひらく。

 靴音が遠ざかると、流火はうしろを向いた。

 数十メートルうしろに、斧を手にした、血まみれの女の姿が見える。

 ――よし、このままふりきろう。

 流火は走る速度をあげた。

 階段をめざし、

 走る。

 走る。

 走る。

「あ、あれ?」流火はまぬけな声をあげた。

 おかしい。

 いくら走っても、いっこうに階段にたどり着かない。

 目と鼻の先に階段があるのに、それなのに、いくら走ってもたどり着くことができない。

 まるでエスカレーターを逆走しているかのように、階段までの距離がちぢまらないのだ。

「そ、そんな……」

 赤らんでいた流火の顔が青に変わってゆく。

 こんがらがる思考をまとめようと足を止めた、そのとき。


 かつん……かつん……かつん……。


 背後から靴音が聞こえた。

 誰かが廊下を歩いている。

 ゆっくりと、はっきりと、しっかりと、自分に向かって近づいてきている。

 どうやら背後にいる忠実なメイドは、不法侵入者に考える暇さえ与える気はないようだ。

「くそっ」吐き捨て、流火はふたたび駆け出した。

 いま、自分のそばには、友も、精霊も、いない。

 味方はひとりもいない。

 武器になるものもない。

 自分はただ、無力なまま、逃げつづけるしかない。

 駆けながら流火は窓を見た。

 窓の向こうは黒インクで塗りつぶしてあるかのように真っ暗だ。

 月も星も木々の陰影さえも見えない。

 たしかめなくてもわかる。

 窓から逃げるのは不可能だ。

 流火はふたたび前方を向いた。

 無数のロウソクが、右に、左に、琥珀色の炎をゆらしている。

 前方に階段が見えているのに、それなのにどんなに走っても近づくことさえできない。

 ただ廊下が、合わせ鏡の中に迷いこんでしまったかのように、無限につづくばかりだ。


 はぁ……はぁ……はぁ……。


 息が苦しい。

 手足が鉛のように重い。

 額からしたたり落ちた汗が目に入り、視界がかすむ。

 心臓が早鐘のように脈うち、いまにも口からとび出しそうだ。

 流火は体力には自信のあるほうだが、しかし、さすがにマラソンを永遠につづけられるほどの持久力は持ち合わせてはいない。

 足がもつれ、いまにも転びそうな流火を、琥珀色の闇があざ笑う。

 走る速度がじょじょに落ちてゆく。

 靴音がどんどん大きくなってくる。

 背後の気配がまぢかにせまり、流火が死を覚悟した、そのとき。


『こらーっ、いつまで寝こけていやがるんだっ、とっとと起きやがれっ、くそガキども!』


「うわっ」

 悲鳴とともに流火は飛び起きた。

 つづいて、

「ごめんなさい教官っ」

「起きますっ、起きますからっ」

「だからビリビリはやめてくださいっ」

 ありあ、風之、のばらの順に飛び起きる。

 そして、四人は同時に顔を見合わせた。

「あ、あれ? お前ら、なんでここにいるんだ?」と、流火。

「それはこっちのセリフよ。あんたたち、いままでどこに雲隠れしてたのよ?」と、ありあ。

「それよりゾンビは? さっきまで斧振りまわしながら追いかけてきていたのに、どこに消えたんだ?」と、風之。

「それより教官は? いまにも雷落としそうないきおいの教官の怒声が聞こえたんだけど、どこにいらっしゃるの?」と、のばら。

 とまあこんなふうに、くちぐちにクエスチョンマークつきのセリフを交わし合っていたが、しかし四人もばかではないのでやがて一つの答えにたどり着いた。

「なんだ、夢か」流火はほっと息をついた。「よかった、夢で」

「夢なわけないでしょ、なに言ってんのよ」ありあは呆れ顔で言った。「あたしたち、あの悪魔に幻覚を見させられていたのよ」

「たかが幻覚、されど幻覚」風之もほっと息をつき、「幻覚とはいえもしあのままゾンビに殺されていたら、精神が崩壊し、二度と目覚めることはなかっただろうね」

「みんな、安心するのはまだ早いわよ」のばらは立ちあがった。「周りを見てちょうだい」

 のばらにうながされ、三人は顔をあげた。そして、同時に驚愕の声をあげた。

 いま四人がいるのは、岩に囲まれた洞窟だった。それもかなりの広さをほこる洞窟だ。学園の校庭よりも広いかもしれない。天井はドーム状になっており、どこから光が入ってくるのか、ぼんやりと、洞窟全体が黄金色の光に照らされていた。その光が濡れた岩肌を照らし出している。ぬめるような光沢をもった岩肌に囲まれていると、異形の生物の腹の中にいるかのような錯覚を抱いてしまう。

 そんな不気味な想像をめぐらしてしまい、ぶるり、と流火は身を震わせた。

 一難去ってまた一難だな、と思いながら洞窟を見あげていると、

「ねえ、みんな、なにか聞こえない?」

 ありあに言われ、流火は反射的に耳をすました。


 ぐるぅ……ぐるるぅぅ……。


 聞こえる。うなり声が。大型肉食動物が闇に身をひそませながら威嚇しているかのようなそんな地を這うようなうなり声が、聞こえる。うなり声が聞こえてくるのは――。

「あの崖の下からだ!」

 叫ぶと同時に流火は崖に向かって駆け出した。

 流火は崖をのぞきこんだ。いた。『それ』が。ただし『それ』は、肉食獣などというかわいらしいものではなかったが。

 崖の下。すりばち状のその部分に、巨大な黒いモノがうずくまっていた。黒光りする鱗におおわれた背中は上下に動いており、『それ』が生き物であるということを物語っていた。

 真っ黒なかたまりを照らすように輝く二つの琥珀の光。それは眼だった。獅子を思わせるような眼球が四人を見あげていたが、しかし二つの輝きはじょじょに上昇してゆき――。

 やがて、崖の上にたたずむ四つの固体を見おろした。

 流火は機械的な動作でとなりを向くと、ぽかーんとした顔でドラゴンを見あげている風之の肩に、ぽん、と手を乗せた。

「よかったな、風之。親の仇にめぐり会えて」

「……………………」

「さ、いまこそ亡き両親の無念を晴らすのだ」

「僕の親はぴんぴんしているよ。勝手に僕とアレとの因縁を創作しないでよ」

 流火にベーと舌を出したあと 風之はありあのほうを向いた。

「ありあ、君は神話の戦女神の生まれ変わりなんだろ」

「……………………」

「さ、いまこそ覚醒のときだよ。あんなトカゲ、戦女神の清き光で消滅させるんだ」

「誰が戦女神の生まれ変わりよ。あたしの前世は音楽の女神ミューズよ」

 風之にベーと舌を出したあと、ありあは流火のほうを向いた。

「それより流火。あんた、黄龍教官からドラゴンを倒すことができる伝説の剣を譲り受けたんですってね」

「……………………」

「さ、早く剣を出して、ドラゴンの首を切り落としてきてよ」

「俺が教官から押しつけられたのは、トカゲ一匹串刺しにすることもできない模造刀だよ」

 ありあにベーと舌を出したあと、流火はのばらのほうを向いた。

「それよりのばら。お前、」

「見て、あの黒い霧」

 流火のボケをさらりと無視すると、のばらは細くて長い指をドラゴンへと向けた。

 ドラゴンの周囲には黒インクのような霧がうずまいている。

 あの黒い霧には見覚えがある。

 見覚えどころか、自分たちを飲みこんだ、あのまがまがしい黒い霧は――。

「東雲明星が操っていた霧だ!」

「東雲明星って誰?」ありあは小首をかしげた。「流火の彼女?」

「ばか。ちげーよ。東雲明良の一人娘だよ。魔物どもの親玉だよ。いまはあのドラゴンに化けてるけどよ。あ、違った。ドラゴンが人間に化けてたんだった」

「そのとおりよ、人間」

 突然、女の声が響いた。女、というよりまだ幼い少女の声だ。声は、ドラゴンの口から発せられた。ドラゴンは口を動かすことなく声だけを出して語りかけてくる。

「残念なことをしたわね、お前たち。わたしと契約を交わしておけば、魔界の英知と魔力を手に入れることができたのに。ほんと、ばかな子たち」

「お前に魂を売り渡すほうがばかに決まってるだろうが」

「そーよそーよ。鈴鳴姉妹の二の舞になるのはごめんよ」

「それに僕たちには悪魔よりも怖い存在がいるんだよね」

「だまりゃっ」

 怒声とともにドラゴンの口からとび出したのは黒い霧のかたまりだった。

 吐き出された黒いかたまりが四人に襲いかかる。

 漆黒の粒子が四人にぶつかる寸前、

「エメラルドウォール」

 四人の前にエメラルドグリーンに輝く半透明の壁があらわれた。

 黒い霧と緑の壁が接触した瞬間、硬質な音が洞窟内に響き渡る。

 黒い粒子が飛び散り、きらきらと――エメラルドグリーンの破片がきらめく。

 破片が消える前にのばらはつぎの技を放った。

「エメラルドチェーン」

 のばらの周囲にエメラルドグリーンに輝く鎖が生まれた。

 鎖はのばらから離れると、竜巻のような螺旋を描き、宙を飛ぶ。

 鎖は、大蛇のごとくうごめきながらドラゴンの巨体に巻きつき、一瞬、ドラゴンはその動きを止めた。

 しかしそれは本当に一瞬のことだった。

「小ざかしい真似をっ」

 ガラスが割れるような音を立ててチェーンがこなごなに砕け散る。

 ドラゴンが腕と翼を大きく広げたのだ。

 砕けた鎖は四方に飛び散り、きらきらと――緑色の欠片が宙を舞ったが、しかしすぐに漆黒の霧に飲まれていった。

 つぎに動いたのはありあだった。

 ありあの薔薇色の唇から歌声がこぼれだす。

 その歌声は、船乗りたちを惑わし、深い海の底にいざなうセイレーンの歌声を思わせた。

 しかし彼女の歌声を聴いて眠りに落ちるのは船乗りではなく、醜悪なるドラゴンだった。

 二つの琥珀の光が姿を消す。

 ドラゴンが眼を閉じたのだ。

 つぎに動いたのは流火と風之だった。

「赤星流火の名において命ずる。炎の精霊よ、蛇の姿にて我が前にあらわれよ」

「貫け、エウロス」

 二つの声が重なり、言霊が爆ぜる。

 流火の周囲に炎の蛇が生まれ、

 風之の周囲に風の鏃が生まれ、

 ドラゴンめがけて、同時に、飛ぶ。

 ひとすじの炎の蛇と、無数の風の鏃がドラゴンの巨体に吸いこまれてゆき――。

 消え去った。

 つぎの瞬間。

 二つの琥珀の光が姿をあらわした。

 ドラゴンが眼を覚ましたのだ。

 どうやら二人の技は目覚まし時計のかわりにしかならなかったようである。

「焼け石に水、てやつだね」

 風之は端整な顔を引きつらせた。

「焼け石に水にもなってねえだろ。鱗に傷ひとつつけられなかったんだからさ」

 流火がげんなりした顔で返す。

「貴様らわたしを本気で怒らせたな!」

 地の底を這うようなうなり声にまじり、少女の怒りの声が響く。

 その怒りに応じるように、ドラゴンの周囲にただよう黒い霧がうごめく。

 霧は漆黒の大蛇に姿を変えると、ゾウさえ飲みこめそうなほど大きく口を開けた。

「散れ!」流火が怒鳴り、ありあとのばらは左に、風之と流火は右に跳んだ。

 直後、流火たちがいた場所に漆黒の大蛇の鎌首が突っ込む。

 途端、大蛇が霧散する。

 邪悪と凶悪を具現化させた霧が四方八方に散る。

 流火たちに息をつく間さえ与えず、つぎの攻撃が放たれる。

 ドラゴンの口から黒い霧のかたまりが吐き出され、漆黒の粒子の奔流となり、四人めがけて飛んだ。

「エメラルドウォール」

 四人の前に緑柱石の壁が生まれる。

 黒い霧と緑の壁が接触した瞬間、硬質な音が洞窟内に響き渡る。

 黒い粒子が飛び散り、きらきらと――エメラルドグリーンの破片がきらめく。

 だめだ。こんな戦いをいつまでもつづけていたら、力つきて倒れるのは人間である俺たちのほうだ。流火はのばらが生み出した防御壁に身をひそませながら、なんとか活路をみいだそうとしていた。なにか、なにか弱点はないのか、と顔をあげた流火の視界に映ったもの。それは――。


 空から舞い降りてくる光球だった。


 光球は、ふわり、ふわり、と風船のように舞い降りてきて、ドラゴンの眼前で止まると、ぱちん、とシャボン玉のように弾けた。

「ぎゃあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁっっっ!」

 耳をつんざくようなすさまじい叫び声が洞窟内を震わせる。

「な、なに? なんで苦しんでいるの?」

 ありあは目をぱちくりさせながら、苦しげにのたうちまわるドラゴンを見あげた。

 そのとなりで同じように目をぱちくりさせながらドラゴンを見あげている風之に流火が指示を飛ばす。

「風之、俺をドラゴンの目の高さまで飛ばしてくれ」

「え? なに、いきなり」

「いいから早くしてくれ。つぎに奴が目を開けた瞬間が最後のチャンスなんだ」

 さっしたらしく、風之は小さくうなずくと、「運べ、ゼピュロス」

 流火の周囲にらせん状の風が生まれ、彼の身体をたかだかと空中へと舞いあがらせた。

 ドラゴンの目の高さで止まると、流火は胸の前で腕を交差させた。そして、目を閉じる。精神を統一させるためだ。この魔術は授業で習ったことはあるが、しかし実際におこなうのははじめてだった。

 感じる。自分の周りにただよう、精霊たちの波動を。聞こえる。精霊たちのささやきを。わかる。精霊たちが、自分に魔力を貸してくれようとしているのが。魔族どもと違い、精霊たちの魔力を借りるのに代価交換などいらない。ただ、彼らの存在を感じ、言葉に耳をかたむけ、心を通じ合わせればいいだけのこと。

 流火は目を開けた。鳩の血色した双眸に光が宿る。

「赤星流火の名において命じる。炎の精霊よ、不死鳥の姿にて我が前にあらわれよ」

 力ある言葉が流火の口から発せられた、刹那、彼の背後に紅蓮の炎が生まれた。

 炎はゆらゆらとゆらめきながら鳥の形へとその姿を変えてゆく。

 鳥の姿を模した炎が、ゆっくり、ゆっくりと、翼を広げてゆく。

 熱気が満ち満ちはじめ、洞窟内の湿った空気が暖められてゆく。

 いまや洞窟内は太陽が堕ちてきたみたいに、赤く、明るく、照らし出されていた。

 流火は小さく息を吐き出した。それに合わせ、背後の炎の鳥も翼を羽ばたかせる。

 炎の鳥を背負い、霧のように火の粉をまとわせながら、流火は小さくうなずいた。

 ――いまならやれる。

「行け!」

 流火の号令一下、火炎の霊鳥は翼を大きく羽ばたかせると、ドラゴンの眼球めがけて飛んだ。

 ドラゴンは口を大きく開けると、飛来してくる火の鳥に向けて、漆黒のかたまりを吐き出した。

 真紅の鳥と漆黒の球が空中でぶつかり、爆発。

 しかし、爆砕したのは漆黒の球体だけだった。

 炎の鳥はいきおいをなくすことなくドラゴンの眼球めがけて飛びつづける。

 ドラゴンは第二の攻撃を開始しようとしたが、しかし遅かった。

 真紅の霊鳥が、琥珀の双眸に吸いこまれてゆく。

「うぎゃあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあっっっ!」

 耳をつんざくようなすさまじい断末魔の悲鳴が洞窟内を震わせる。

 いや、洞窟内は本当に震えていた。

「な、なに?」ゆれる壁を見あげながらありあが声をあげた。

「地震か?」動く崖っぷちを見おろし、風之も声をあげる。

「違う。ドラゴンを倒したせいで屋敷が崩壊しかけているのよ」

 のばらの衝撃発言に、ありあと風之は同時に目を見ひらいた。

「なんでドラゴンを退治しただけで屋敷が崩壊するのよ」

「おそらくあのドラゴンが屋敷の中心核、つまり心臓的存在だったんでしょうね」

「心臓が壊れたから、身体も崩れるというわけか」

「そんな……あたしたち……このまま生き埋めになっちゃうの?」

「冗談じゃねえぞ。せっかくドラゴンを倒したのに、なんでこんなわけのわからんところで死ななきゃならねえんだよ」

 三人のもとに舞い降りた流火も抗議の声をあげる。

 四人がくちぐちにわめきながらもそれでも誰ひとりその場を動くことができないでいた、そのとき。


 すさまじい破壊音がとどろいた。


 轟音のした方向に四人がそろってこうべをめぐらすと、鉄球クレーンをぶつけられたかのように岩がこなごなに爆砕され、粉塵が舞う中、ぽっかりと、岩壁に大穴が開いていた。

 その大穴の向こうから、聞きなれた男の声が四人を呼んだ。

「おいっ、ガキどもっ、早く来い!」

『黄龍教官!?』

 どうやら岩を粉砕したのは鉄球クレーンではなく担当教官の攻撃魔法だったようだ。

「ていうかなんで教官がここに?」

「あほ桃木。いまはそんなことを聞いている場合じゃねえだろ。ほらっ、早くに来い!」

 一瞬、四人は躊躇したが、しかしすぐに黄金色の光を放つ大穴に向かって駆け出した。

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