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異世界 

 事の始まりは、一件の悲惨な交通事故だった。


 1ヶ月前、白山スカイラインで観光バスが突如発生した崖崩れに

巻き込れ、土砂ごと川に転落した。乗っていたのは、修学旅行中だった

東京の有名私立高校のひとクラス全員と担任教師であった。なんで東京の

お金持ち学校の修学旅行が、日本のこんな山の中なんだろうかとも思わない

でもないが、勉強目的の真さに修学旅行、観光や遊びの要素の求めていない

由緒あるお堅い学校だそうな。まあ、海外旅行なぞプライベートで散々

行っている生徒が大多数で、大した不満をもらす生徒は少数派であるらしい

ようだ。


 ただでさえ、修学旅行中のひとクラス丸ごとの事故というだけで話題に

なるのに、その上、超がつく有名私立高校であったため、事故後しばらく

マスコミは、この話題一色であったが、マスコミが騒いだ最たる理由は

そんなところではなく、生徒の遺体がひとつも発見できなかったところに

集約されるだろう。


 川にまで転落したのだから、遺体が流されたのではという意見も当初

あったが、バス自体は川に転落した時点で、すでに土砂に押し潰され

埋もれていた。数人の遺体が流された可能性ならないでもなかっただろう

が、クラス全員となると話は違ってくる。転落した時点から、駆けつけた

救助がバスを掘り出した時点までバスは川の中ではなく、崩れた土砂の中

に埋まっていたのだ。流される可能性はそもそもない。

おまけにバスの運転手にバスガイドの二名の遺体は発見された。

消えたのは、担任教師と生徒のあわせて26名だけだった。

生徒各自の手荷物はバスの中から発見されたのにである。


 実は生徒は乗っていなかったなどと騒ぐマスコミも一部あったが、後ろ

のクラスを乗せたバスの運転手からは、生徒は見えていたし、消えたクラス

の生徒たちとラインで会話していた他クラスの生徒もたくさんいた。

事故というより現代の神隠しとして騒がれたものだった。


 事故から1ヶ月経ち、事故現場は既に修復され、事故の痕跡はない。

最近では、人の噂が消えるのに75日も待つ必要もなく、事故後2週間もした

頃には、警察が単なる事故、自然災害として発表し、遺体は捜索中とした

ことでマスコミも次の話題へと、その流れを移していった。




 岡山の田舎町に住む、彼、工藤 剛にとっても昨日、突如依頼が舞い込ん

でくるまでただの他人事、テレビのなかの物語のひとつに過ぎなかった。


 岡山県瀬戸内市牛窓町の海を見下ろせる山の中腹に彼の家は、立って

いた。地震や津波の心配も洪水といった自然災害の心配もないし、近隣に

原発があるわけもないこの片田舎、のんびりとした生活を好む彼の性格には、

とても合っていた。時折くる台風による風ぐらいが災害と言えば言えなく

もないが、直径10メートルほどのドームハウスである彼の家は、垂直に

立った普通の家の壁と違って強風も受け流すので関係ない。

電気は、屋根に貼ったソーラーパネルによる自家発電で足りているし、

下水道は来ていないが、浄化槽があるので、トイレはちゃんと水洗である。

汲み取り式ではない。キッチンもお風呂もオール電化だし、普段の足の

自動車すら電気自動車である。もっとも自動車は非常時のバッテリーも

兼ねてはいるのだが。


 彼の通常の彼の移動手段は学生の頃から使っているオフロードバイク

CRM250であり、唯一外部にエネルギー依存している。なんせこの家は、

上水道すら使わずにわざわざ井戸を掘って井戸水を使っている。

彼は一体何に備えているのだろうか。


 彼の表の仕事は、近年流行の自宅警備員である。裏の仕事として時折

依頼される探し屋の収入が大きいので贅沢な生活もできなくはないが、

そんな暮らしには、あまり興味がないので関係ない。今も自宅で、この

暑い夏の昼食用に自ら打った蕎麦でざる蕎麦を茹で食していた。

それだけでは淋しいので目の前海で取れた海老のかき揚げとハゼの

天ぷらぐらいはある。


「暑い夏にはやっぱこれですねー!」


 テーブルの向かいには、建前上、同居人、実質居候の若い女性が満面の

笑みで蕎麦をハムスターのごとく頬張っていた。


「もっと上品に食え、この駄女神!」

「駄女神言うーーな!」

「なら破壊神とでも呼んで欲しいのか?」

「それはマジ止めてください。お願いします」

「だったら、食い終わったら前回のパンゲアのエセ勇者召喚陣の解析の

 続きやれよ。あの勇者召喚もムカつくが、大元のクソ虫に対抗できる

 ようになってもらわんと死んだアネットやソネットたちに顔向け

 できねえぞ?」

「死んでないから!一応時間停止でまだギリギリ壊れてないから

 私の世界!」


 いまだに消えないトラウマを抉られて、激しい反応を返す彼女を眺め

ながら工藤は想う。実際、あの異世界、目の前の彼女が創造の女神として

創った世界は、一度消滅間際の大破壊に瀕したが、彼女の言う通り

消滅直前で時間停止させることで消えてはいない。

彼女は、そのときのことをトラウマに抱えつつ、今尚、勉強を

続けている。


 異世界を創り、維持し、そして修復するための。


 もっとも、当の世界をうっかり踏み潰して破壊したのも彼女自身なので

あるのだが。


 この数年に渡る成果で、最強の劣等生『駄女神』として名を馳せた

彼女も、言葉としては変だがその辺の創造神よりは優秀にはなっている。

真の絶対創造神、工藤が『おじいちゃん』と気軽に呼ぶ存在が優等生でも

直すのが難しいと言いきった、壊れた彼女の世界を修復できるぐらい

にはだ。


 そう、世界はひとつではない。真の絶対創造神が運営するこの世界

『地球』以外にも『おじいちゃん』の生徒であるこの駄女神のような無数

の一般創造神が創り、運営している『異世界』が星の数ほど存在している。









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