パンゲア
「フィオナ、ほい東京土産のケーキ」
「おかえりー。ウホ、美味しそうなケーキです。いただきます」
「で、どうだった」
工藤は、紅茶を入れながらフィオナに尋ねる。
「やっぱり『パンゲア』ですね。でも確認したらまだ、召喚されて
いないってエリスが言ってましたよ」
「なら好都合だ。生徒たちを回収するには召喚自体を邪魔するわけ
にはいかないが、精神操作される前に接触したいからな。
まずは『パンゲア』に潜ってどこの国の仕業か調査せんとな」
「デシカに手伝って貰えば?」
「当然、手伝って貰うさ。その貸りに、今度は何の公共工事を交換
条件でさせられるんだろうなー」
「あと、エリスが『運営』について相談したいって言ってたから、
聞いてあげてください」
「そうか、少しは痛い目をみて、高慢ちきな鼻が折れたようだな。
いい勉強になるだろ」
異世界『パンゲア』。今回の事件に関わる前、今から半年前より
『勇者召喚』が多発するので工藤達が調査中だった世界である。
世界の創造神の名は『エリス』、フィオナの友人であった。
『パンゲア』は球体状世界にして、唯一の巨大大陸パンゲアを
有する世界として設定されていた。地球の古代にあった大陸
パンゲアを真似て造られ、地球同様の進化をトレースさせようと
して設定したらしい。同時に、この世界に人を創造したのはいいが、
大陸がでかい割には居住できる環境のある土地が少なかった。
オーストラリアやユーラシア大陸がそうだが、大陸がでかいと中央
に砂漠ができてしまう。海からの雨雲が届かないために、雨が降ら
ない。砂漠にしかならない。
パンゲアは、大陸の外周部つまり沿岸部にのみ人が生活でき、
国家が発生している。北端南端付近は極度の寒冷地故に未だ
未開地となっており、1時から5時、7時から11時方向の切れた
ドーナツ状のエリアに生活圏が集中しているのだ。国力は、海に
面した土地を所持しているかで決まり、内陸部の国家は総じて
小国か大国の属国である。交易するのも戦争するのも海沿いの
右の国家か左の国家かという2択であり、片方を攻めれば、
その間に後ろから、もうひとつの国に攻めらせる可能性がある。
しかし、後ろから攻めた国も更にまたその後ろからといったように
と連鎖が続くので、なかなか巨大国家にまでは発展することは
なかった。
しかし、ここ数年で状況が変わった。『勇者召喚』により強大な
力をもつ勇者を戦闘奴隷として利用することで、沿岸部の大国間の
軍事均衡どころか、力のない小国・属国を中心に召喚が行われた
ことで、まさに下剋上の戦国時代に突入した。召喚された勇者は
既に十数人、大国の軍隊と引き換えに既に大半の勇者は失われた。
助けてやりたかったのだが、精神支配からの解放条件が判明した
のは極最近であり、『パンゲア』に介入し始めたばかりの工藤には
どうすることもできなかったと言えよう。
パンゲアには、人族のみが存在する。しかし、魔物も存在する。
でも魔王の存在をパンゲアの創造神 女神『エリス』は設定して
いない。『勇者召喚』システムは地球からの人材確保の転生
システムとも深く関わっているため、存在してはいるが、魔王が
存在しないこの世界では、運営システムバグによる強力な魔物の
大量発生でも起きない限り、呼ぶことはできなかった。勇者の召喚
は『エリス』の判断により管理者の『神』の神託によって人に告げ
られ、初めて可能になるように設定してあったはずだった。これは、
強力な勇者の力を国家間の戦争に使わせないようにする安全弁で
あった。
それなのに何者かの手によって、人間が勝手に勇者を召喚しま
くるわ、勇者は戦闘奴隷に改造するわ、おまけに召喚自体は妨害
してもすり抜けられるわだ。もうパンゲア世界の創造神の『エリス』
としては踏んだり蹴ったりである。
そこに絶対創造神の『おじいちゃん』の紹介で工藤とフィオナが
介入してきたわけである。自尊心の高い『エリス』にとっては素直
に助けてと言えないものではあったが、打つ手なしの上、友人
フィオナの『異世界』の顛末を知っているだけに受け入れるしか
なかった。それでも尚、この異世界『パンゲア』は、発展性の乏しい
地形と『勇者召喚』による文明崩壊の危機の真っただ中にあるの
だった。