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処刑人な獣人の転職


 目を瞑れば脳裏に浮かぶのは赤一色のセカイ。脳内に再生されるのは、罪人の苦痛に満ちた表情と人とは思えない呻き声。ボクは名もない処刑人だ――

 




「本当に行くんだね?」

 処刑人仲間のピグの言葉にボクは首だけ振り無言で肯定する。

「そうか、寂しくなるな」

 ピグはそう言うと周りを一瞥する。釣られてボクも同じ行動を取った。

 昨日までは声の絶えることのない場所だったのに、今ではボクとピグを除いて誰も居ない。置いてある数々の処刑道具にこびり付く血は渇いて、もう使われていないことを改めて実感させられた。

 辺鄙な小さな街"コンデム"がこの街の名前。中央に巨大な処刑場を構えた構図となっている、処刑街と言っても過言じゃない。でも、それは昨日までの話。帝都の新しい法で処刑人はすべて帝都へと収容されることになった。この処刑場は仕事を無くした。街だけじゃない、断罪する人がいなくなったらボクたち処刑人も仕事を失う。ザ・無職。……ボクは仕事を探すべく帝都へと足を運ぶことを決めた。

 最後まで手を振って見送ってくれたピグに軽く会釈して、煤けた地図を頼りに旅立った。




 森を抜け、凶悪な魔物を倒し、いくつもの困難を乗り越え半月が過ぎた頃、ボクは帝都に辿りついた。

 ……しかし現実は厳しい。帝都に着くことより仕事を探すほうがずっと難しい。

「…………」

 眼前でボクへと舐めるような視線を送る店主は数秒ぶりに口を開いた。

「で、名前は?」

「……ギン」

 自分の名前も知らないボクは、愛用の処刑道具『ギロチン』から取ってギンと偽名を名乗った。白銀の輝きを帯びる髪ともマッチングして、わりと自分でも気にいっている。

「ギン、ここは見てわかるとおり鍛冶屋だ。女子供が冗談で来るような場所じゃねぇんだよ」

 途端に数人居た客を巻き込んだ笑いの嵐がドッと沸く。

「お譲ちゃん危ないよ」「飴上げるから家に帰りな」など、哀れみの含んだ視線が集束する。

 確かにボクはまだ十五歳で、体も同年齢の女性に比べて極めて貧相……。でも、力はある。戦闘能力は高い。どうしてこの人たちは外見だけで判断するのか……

 ボクは無意識のうちに背中に差す鞘から伸びる木製の柄に手を掛ける。

 殺せばボクの方が強いって、外見なんか関係ないんだって認めてくれるよね。

 鞘から鈍色の得物が姿を覗かせ――

「おい、朗報だ!」

 入口のドアが勢いよく開かれた。反射神経で得物をしまう。

「どうした、そんな慌てて」

「近々行われるらしいぞ……"旅立ちの儀"が!」

 旅立ちの儀?

 店に掛け込んできた男の口から出た聞いたことのない単語に、ボクは小首を傾げた。

「譲ちゃん、"旅立ちの儀"を知らないのかい?」

 近くで丸椅子に腰を下ろす坊主頭の青年が、ボクに尋ねてきた。

 こくん。首を縦に振る。

「旅立ちの儀ってのは、っとちょっと待っててね」

 鞄から丸まった紙を取りだして、括っていた紐をするりと解いた。中身を確認した後、それをボクへと差し出した。読んでいいのか迷っていると、

「どうぞ」

 後押しがあり、受け取って丸まろうとする紙の両端を摘まんで読む。

 文字数は少なく読み終えるのにさほど時間を要さなかった。ボクは一度頭の中で話の中身をまとめた。

 ……旅立ちの儀と呼ばれるのは、帝都を含めた多くの大都市で職業ごとにパーティを組んで、打倒魔王を目指すという内容のもの。お金も支給される。

 誰でも参加できるわけではなく、記された職業以外は参加することはできない。もちろん、その職業の中に処刑人はなかった……。

 ボクは紙を離し勝手に丸まったそれを青年に返すと、どうだわかったかい? と言わんばかりの優しい笑みを返された。ボクもほほ笑み返した。……どうして青年は顔を引きつらせて一歩下がったのだろう?

 とりあえずその酒場へ行こう……

 ボクは鍛冶屋を後にした。




 年季の入った酒場にボクが踏み入った直後、建物内に飛び交う笑いあう声、楽しげな声が一斉に止み静寂に包まれる。高貴な位の美男美女、屈強な男、白髪の老人、それらの視線が一斉にボクへと向く。

「おいおい、ここはガキの来るとこじゃねーぞ」

「悪いことはいわねぇ、怪我する前に帰った方がいいぞ」

 柄の悪い男が哄笑しながら声を荒げる。

 ……無視を貫き通し、怯むことなく敷かれたカーペットの上を歩いてカウンターの前へと行く。

「……登録」

 カウンターに向かい立つマスターは苦笑いを浮かべ言葉を探していると、ボクを大きな影が覆う。同時に背後へと気配を感じた。

「無視してんじゃねーよ、このガキ!」

 振り向くと最初に野次を飛ばしてきた屈強な男が指をポキポキと鳴らしていた。

「……なにか用?」

「ああ? その態度が気にいらねぇんだよ」

「おいおい、相手は子どもだぞ」「手加減してやれよ!」

 再び笑いを含んだ野次が飛ぶ。

「ここにきた以上は子供も大人も関係ねぇ。そうだよなあ」

「子供も大人も関係、ない。ホント……?」

「そうだそうだ。だから、手加減はできねぇっ!」

 そう言って右の拳を振り上げ、そのまま押し出すように突き出した。鋭い拳はボクへと襲いかかる。が、それがボクへと届くことはなかった。四角形の鞘から抜き取った得物が、拳よりも早く肘から下を切り上げたのだ。

「うぐあぁぁぁあっ!」

 悲鳴を上げ、屈強な男は放ったはずの拳を掴もうとして、その左手が空を切る。代わりに真紅の液体が左手を真っ赤に染める。

 宙を舞った手が重力を失い床へと落ち、ぐしゃりと音を上げ潰れた。

「こんのぐぁきぃぃぃぃぃ!」

 怒り任せに振るわれた真紅の拳が再度ボクを襲う。でも、それも届くことはない。

「くっそ、覚えてやがれよぉぉぉぉっ!」

 両腕を無くした男は、ボクに背を向け走り出す。

 殺さなきゃ。逃げる輩は、殺さなきゃ――

 得物の柄の先端から伸びるチェーンを握り、投げる。その刃は無回転で男に迫り、その巨躯に突き刺った。かと思うとすぐに手元に寄せるように引き抜いた。男はテーブルを巻き込みながら壮大に倒れる。

 ボクは男が倒れるのを見送ると、カウンターのマスターへと向き返る。

「……登録。職業は戦士」

「あ、え、処刑に――」

「戦士……」

「…………」

 書類に承認のスタンプが押された。

 戦士ギン、登録完了。

 笑うマスターの顔とペンを持つ手が震えていたのはなぜだろう。

 

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