変態な盗賊エルフの解錠
勇者のパーティといえば、戦士、魔法使い、僧侶が鉄板だろう。中には武闘家や弓使いといった職もよくと見かける。……じゃあ盗賊は? いないと断定はできないが、魔王戦に参戦することはほぼ皆無だろ。俺、セルクはエルフ族にして盗賊。そんな俺は打倒魔王を目的とする勇者御一行に加わるべく帝都を目指すのだった。なんでかって? だって英雄って女の子にモテるだろ――
グゥー。静寂に支配された空間に響くのは、獣の唸る声――否、俺の腹の音だ。かれこれ丸二日なにも口にしていない俺の腹は、飢えた獣のような意思でも持っているのだろうか。
肩から下げる唯一の荷物ともいえる布製の袋は、生温かい風が吹き抜ける度に虚しく宙でその身を遊ばせる。中は……見るまでもない。見ることで増すのは空腹感ではなく、せいぜい虚無感くらいだろう。
「あぁ、ヤバいな俺」
独りごちて周囲に視線を配る。
右に木々、左に木々、前と後ろには自然の作り上げた狭長な道。つまるところ、森の真っただ中だ。おまけに日は傾き始め、視線の先は真っ暗闇。俺の人生もお先真っ暗といったところか。
「ったく、こんなことなら変な願望を持つんじゃなかったな」
身体から力が抜けていくと同時に、徐々に意識が遠退いていくのがわかる。
一人の盗賊、ここに死す――
「死んでたまるかあぁぁぁっ!」
深いまどろみの中から意識が覚醒する。
「って、どこだここは……」
確か俺は森の中で空腹で倒れてそれから……
きょろきょろと周りを見渡す。
無造作に書物の並べられた本棚が幾つも置いてあるだけの、生活感の感じられない素朴な部屋。鼻を動かすと、ほのかな木の香りが鼻腔を擽る。
「あら、起きたのね?」
ドアが開くのと同時に、女性の細い声が俺の耳に届く。俺は無意識にそちらへと目を向けた。
腰まである栗色の髪、大きくまんまるい双眸。しかし、なにより俺の目を引いたのは顔のさらに下、そこにそびえ立つ二つの山。並大抵の大きさではない。
「えっと……」
一寸も逸らすことなく見つめ続けていると、眼前の少女は困惑した笑みを浮かべた。おっと、本能に駆られてしまっていたか。
「キミが助けてくれたのか?」
「はい。森の中で倒れていたので。でもどうしてあんな森の中で?」
俺は応えようと腹に力を入れた直後、本日何度目かわからない豪快な空腹音が代わりに応えた。
「お腹が空いてたんですね」
ちょっと待っててくださいね、と彼女は速足で部屋を出ていったかと思うと、手に器を乗せ戻ってきた。
「余りものですけどよければ召し上がってください」
ニッコリとほほ笑んで、俺の手へとスプーンと器を握らせてくれる。なんて温かくて柔らかい手なんだ。数ヶ月ぶりの女の子の肌の感触に、瞳から零れた数滴の雫が頬を伝う。あぁ、すっぱいな。
「えっ! どうかしました!?」
「いや、やっぱり女の子はいいなぁって改めて実感して」
「はぁ」
意味も分からず小首を傾げる少女を尻目に、湯気の上がる器を覗きこむ。色とりどりの野菜にベーコンの入ったシンプルなスープだ。それを一気に喉へと掻き込む。温かい、二日ぶりの飯が渇いた喉を潤し、胃の活動を再開させる。
ちらりと少女の横顔を覗き見る。相変わらず優しい笑みを浮かべたままだ。ああ、なんていい子なんだ、まるで天使のようだ。
俺は天使の姿を脳裏に焼きつけながら、再びまどろみの中へと意識を落とした。
「おい、起きろっ!」
本日二度目の目覚めは最悪だった。人によって基準は違うだろうが、腹を蹴られての起床、これを最悪でないといえるのはマゾくらいじゃないだろうか。さすがに温和な俺でも腹にきたので無視を貫き通すことを決めた。
その結果、
「タヌキ寝入りか、あんっ!」
続けざまに蹴りを貰うこととなった。今にも泣きそうなほど痛い。こうなったら最終奥義を使うしかない。俺は大きく深呼吸をし、
「すいません、起きてるから蹴らないでくれっ――ください!! ホント痛いの苦手なんで」
しょうがないじゃん、縄で手も足もガッチリと縛られてるんだから! 俺勇者じゃないし、盗賊だし!
「おい、明かり持ってこいや」
深みのある男の声だ。内容から察して仲間がいるっぽいな。
脱出の手口を探すべく思考を張り巡らせていると、辺りが明るくなる。
影は三つ。
一つ目は髭面の太った男だ。蹴りの主はこいつで間違いないだろう。
二つ目はやせ細った男だ。髭面の男に頭が当たらないのか、松明を握りながらペコペコしている。
三つ目は女だ。しかもどこかで見たことのある。そりゃそうだ。忘れるわけない、あの胸を! 雰囲気は違うが間違いなく俺にスープを呑ませた女だ。くっそ、この女グルだったのか。
「しっかしこいつはハズレだな。金目のものどころかなんも持っちゃいない」
「でも、体つきはいいんだし、奴隷商人にならいい値で売れるんじゃないかしら?」
「確かになぁ。善は急げだ、連絡入れてくるから見張ってろよ」
そう言ってリーダー格だと思われる髭面の男の足音が遠くなっていく。
「私も少し外の空気吸ってくるから頼んだわね」
続いて巨乳が出ていった。
チャンスだ。相手が一人になった今を逃すわけにはいかない。俺が解錠の魔法"アンロック"を唱えると、手足を縛っていた鎖が鈍い金属音を立て一瞬にして緩む。痩せた男も音に気付いたのかこちらを見るが、
「遅い」
勢いよく体を起き上がらせ、即座に地を蹴り疾風の如く男の後ろへと回り込む。ローブの内側に隠したナイフを抜き心臓のある位置を測定し、背後から躊躇なく差し込む。
「――っ!」
男の口から血反吐とともに声にならない悲鳴が飛び出す。そのままナイフを引き抜くと、支えを失った男の体躯は膝から崩れ落ちる。
そこからの脱出は簡単だった。
連れてこられていた洞窟は複数の小道に別れアリの巣状態だったが、暗視や追跡系統の魔法で十分足らずで光が見えた。
入口付近に髭面の男が立っていたが、浮かれているのか無防備状態といっても過言ではない。男との距離を一瞬でゼロにしてそのの首を刎ねた。噴出した鮮血が雨となり、地面に紅の水たまりを作る。
「はぁ、これじゃあ盗賊じゃなくて暗殺者じゃねぇかよ」
ナイフに付着した血を拭き取りローブの中にしまう。ため息混じりに呟く俺を慰めるように月明かりだけが照らす。
「あぁぁ、動いたら腹減ったー!」
お腹の音と俺の叫びが混成し、森全体にこだました。