満身創痍のヒーロー
どれほどの時間がたったんだ?
「……俺は走馬灯でも見ていたのか」
天草が少し驚いてこっちを見てくる。さっきと立ち居地が変わっていない。一秒も立っていないのか。
「起きたのか。瞳孔すら開いていたんだぞ!」
「そうか。俺は死んでたのかな……」
死んだからなのかは分からないけど、心が静かだ。
そしてやるべきことは見つかった。
「俺は……もうそろそろ変わろう」
「何を言っているんだ? 一人でブツブツと。気でも触れたか」
「いや、もう逃げてもいられないなと思ったんだよ」
「本当に気が触れたらしいな。止めを刺してやろう」
もう天草が話す言葉なんてどうでもいいと思えてくる。
重要なのは俺がまだ戦えるか――いや、俺にこいつを倒して英雄になれるかだ。
普通に見たら戦えるはずなんてない。病院に直行コースだ。今まで意識してなかったから痛みもそこまで感じていなかったけど、自分の体を見た瞬間に全身が痛みを訴えてくる。
足は折れてはいないか。
――両足ともヒビが入っている。動かすだけで激痛が走る。
腕は動かせるか。
――左腕はとうにくっついていない。傷口に空気が触れて痛い。気が狂いそうだ。
呼吸は出来るか。呼吸をするたびにアバラが肺に突き刺さって痛い。
右腕は小指が変な方向に曲がっている。拳の形に握りこむことも出来ない。地面を利用して何とかなった。だけど『絶対法律』を使わなければ拳の形も保てない。
拳の形を作るのと自分のリミッターをはずすだけで俺の中にためていたエネルギーは使い切ってしまったから痛み止めも出来ない。
だけど天草に対する敵意があれば何とか意識を保てる。
「さあ行くぞ。満身創痍でも戦わなきゃな。英雄目指してんだしさ」
しゃべるだけでも辛いはずなのに、そんな痛みは体中の痛みでかき消されてどうでもよくなっている。だからすらすらしゃべれてしまう。
「英雄? はっ! そんなものこの世の中にいるはずがないだろう! 神と同じ人間が作り出した偶像だ!」
「そんなことぐらい知ってるよ」
「ならばなぜそんな偶像に縛られてる。見てるだけで滑稽だぞ!」
「俺もそう思うよ。否定の材料なんて一つも無いくらいだ」
英雄なんていない。
そんな事はとっくに気がついてる。
この世の中は何も善人ばっかで出来ているわけではない。
英雄がいないのも当然だ。
この世の人間のほとんどは自分の味方についた悪人が善人で、正しいことを言った自分の嫌いな人が悪人だ。
こんな世の中じゃ英雄が助けるべき相手なんてほんの一握りだ。
助ける相手がいないんじゃ英雄がいたとしてもすぐに廃業だ。
だとしてもだ。
ヒーローが廃業?
だからって善人が虐げられている場がないわけではない。
むしろ善人は悪人の食い物だ。
だったら救わなきゃいけないだろう。
なら俺は善人なのか?
Noだ。だからと言って救っちゃいけないわけではないだろう。
こんなことは天草に言っても何も変わらないだろう。
だから自分の中でだけ言ってる。
「いくぞ。今度こそ倒してやるからよおおオォォォォオ!」
「何度でも這い蹲らしてやるわ!」
俺は叫ぶと同時に潤の能力で天草が作り上げたステージを踏み抜く勢いで踏み込む。
――足が軋む。それはつまり俺の脚にエネルギーが生まれたという事。
それを全て肉体のリミッターを外すのに使う。
天草は驚いたように目を開ける。
その顔面に向かって唯一残っている右拳を振りおろす。
俺の拳は天草を捕らえて風穴を開ける。殴ったことによって折れている拳が悲鳴を上げる。今度はちゃんと感覚もある。しかし俺の能力では風穴なんて開くはずがない。つまり、この風穴を開けた天草は幻覚を実体化させていた物のようだ。
「はっ! それは幻覚だ! さっきと同じではないか!」
俺が殴った幻覚は実体化を解かれずに貫通している俺の腕を固定している。
そして俺が右腕を引き抜こうともがいているときに俺は今度はわき腹を蹴られる。
左腕がないからガードも出来ない。
しかしもう何も痛いと感じない。
今度は俺を捉えている幻覚をリミッターを解除した馬鹿力で振り回して天草に当てる。
「ちっ! 小賢しいまねを!」
そう言って天草はまた幻覚を創る。今度の幻覚は大量の自分自身の幻覚。
それは全て俺のもとへ向かってくる。
それ以外にも空中に出現した大量のナイフが降り注ごうとする。
絶対絶命か。
結局だめか。
まあよくやったほうだろ。傷だらけで一撃与えたんだ。
前も後ろも幻覚だらけにナイフまで降ってくる。
俺の能力は一対一限定の能力だしな。
そもそも俺の対価はエネルギーだからな。
触れない相手にどうやって運動エネルギーを与えろって言うんだ。
それにしてもまさか明とであって二日でデットエンドか。
助けることも出来ずに死亡って何の役にもったってねーな。
潤に活入れられるまでもなく……。
潤? 何か引っかかる。
いや? まてよ?
そうだ! まだ手はあるぞ! 揺らぐんじゃねえ俺!
潤に対するアドバンテージはそのままこいつに対するアドバンテージなんだ!
俺は命令する。
「『幻覚を消せ。そして動くな。天草 嗣郎』」
確かに天草には一度も攻撃できていないが、『絶対法律』の能力は――発動する!
「な!? なんだ! 私は一度も攻撃は食らってなんか!」
「いや、何回か俺はダメージを与えている。もっとも、今思い出したけどな」
「何を馬鹿なことを」
「いや、馬鹿なことじゃない。まず、幻覚で作り出した鎧に阻まれた足払い。次にかわされて床に当たったかかと落とし。幻覚に風穴を開けた攻撃。こんなに攻撃は当たってたんだ」
何が何だか分からず、ろうばいする天草。
「何を戯言を! 全て当たって無いではないか!」
「いやお前以外のものに当たってるだろ? お前が創った幻覚に」
「それがどうした? 関係無いではないか」
「あんたホントに俺の事調べたのか? 昔の能力しか警戒してなかったんじゃないか?」
「警戒する意味が無いからな! それがどうした」
「俺の能力の源流は同じだ。『人を傷つけさせないための力』だ。守る対象がさらに増えた能力のが強いに決まってるだろ?」
「そんなことに意味は無い! 早く教えろ!」
「気が短いな。教えてやるよ。俺の『絶対法律』は能力に当てても効果をなすんだ。俺はお前の創りだした幻覚に何回も攻撃を当てた。だから今お前はそこで動けなくなってる」
「何? じゃあ一度も私はガードしていないも同然だったということか!」
「んじゃ終わりにするよ。今からお前をぶん殴る」
その言葉をあざける天草。
「殴られても能力は手放さぬぞ!」
俺は一歩近づく。足の怪我を思い出してきた。一歩進むだけでも激痛が走る。それでも進む。
「大丈夫だ。それは『絶対法律』で命令できる」
「ふ、ふざけるな! ここまで能力を手に入れるのにどれだけの犠牲を払ったか!」
また一歩近づく。欠けた片腕が無いのを思い出してバランスが取れていない。ふらついた拍子に転びかける。それでも進む。
「お前が何かを犠牲にしても足りねえよ。お前の中にいる人間の価値のが高い」
「何を! 全員私に負けた雑魚ではないか! 強者が搾取して何が悪い!」
また一歩近づく。折れた肋骨が肺を傷付けたのか吐血する。それでも進む。
「すべて悪い。人間ってのは周りが悪でも自分は正義であるようにしなきゃいけないんだよ。たとえ世界に悪人が溢れてる様な世界でもな」
「そんな論理知るか! 正義だ悪だなどと言うものは戯言だ! 自分が得すればいいんだ!」
また一歩近づく。右拳が視界に映る。骨がはみ出て砕けている。とてつもなく痛い。それでも進む。
「なら俺は俺の得のためにお前を裁く。こういう理屈だろ?」
「お前になんの得がある! そ、そうだ私の中の人間をこの場で引き裂くぞ!」
「ムリだよ。俺が封じてる。悪は確かに得だ。だけど悪は弱点だ。悪って言うのは――」
その言葉を合図に駆け出し、拳を振りかぶる。全ての痛みが俺を襲う。
「や、やめろ! 金なら払うから――」
そして全力を持って振り下ろす。
俺の攻撃は痛みも何もない。吹っ飛びもしなければ傷も無い。
あるのは俺の押し付けた正義だけ。
「――決して身を守ってはくれない。お前はもう悪事を働けない。正しい道を歩いて死ね。それがお前の罰だ」
そして今ため終わったエネルギーを使ってルールを行使する。
「『俺の正義に従わせろ。『絶対法律』そして今は意識を失え。天草 嗣郎』」
こうして天草 明に関する事件は終わった。




