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これが夕べの顛末の全てだと、同居人であるテンに朝食の目玉焼きを突きながら、切々と伝えた。
テンは金髪碧眼の美少女だ。光を細い束にしたような短い金の髪に透けるような白い肌、空と海を足したような蒼い瞳、加えて整った顔立ち。足りないものといえば、胸の大きさぐらいだ。いつも着ている空色の絹服はどこぞの王族に送られたものと聞く。
「すごいじゃない、アヤ。だって、間違えたとはいえ呼び出したのが竜王なんて」
そして、私、アヤはテンには欠片も及ばない普通の女の子だ。烏みたいに真っ黒な髪、真っ黒な双眸、少し黄みがかった肌色で、着ているのはバザーで買い叩いた安物の赤い服だ。たぶん、テンの引き立て役にしか見えないだろう。
「夢であって欲しかったわよっ。テンだって、私がトカゲを死ぬほど嫌いだって知ってるでしょ」
今にも泣き出しそうな私を苦笑するテンは、横目で私の部屋の戸を見た。
「で、アヤが殴り倒し竜王サマはまだ床に転がってるわけね」
「怖くて触れるわけないでしょーっ」
一晩中そのままということには同情を禁じえないが、とテンは小さく呟いた。
「え、なに?」
誤魔化すようなテンの笑顔に釣られて笑う。
「アヤは優しいなァって言ったんだよ。毛布、譲ってあげたんでしょ」
それは、しかたないじゃん。と、私は頬を膨らませた。
「だって、呼び出したのは私だし、風邪ひかれたら困るし」
「それが優しいって言ってるんだってば。今日は大事な再試験でしょうに」
朝食を終えたテンが席を立って、私に近づく。
「風邪引いてない?」
その手が頬に寄せられ、自分の額にもう片方の手を置いて、テンが熱を測ってくれる。
「んー、微熱かなぁ」
「そんなことないわよ。あ、そろそろ行かないと学科に遅れちゃうっ」
立ち上がろうとすると、両肩を押さえられる。
「こら、まだ食べ終わってないでしょ」
「で、でも~」
「でもじゃない。食べないと行かせないよ」
観念して、私は食事を再開した。その間にテンが私の部屋の戸を開ける。
「あ、ちょっと待」
「食べてなさい。私が何とかするから」
なんとかって何だ。とにかく、食べ終わらないと怖いので、急いで口に朝食を詰め込む。
その間にテンは私の部屋で何をしていたのか。
「ほら、しっかりしろ」
「……うっせーよ、馬鹿」
最後に食べていたものを口に流し込み、彼女が手を引いてきたそれをみて、私は目を見開いた。彼女は、二頭身の小さな釣り目の男の子を連れていた。黒い短い髪にテンと同じく透き通る白い肌はふっくらしていて、さわり心地が良さそうだ。服は濃い目の夕陽色をしている。
「おい、」
声変わり前の少し高めのテノールで、少年は近づいてくる。
「夕べは、」
手の届く位置まで来た少年が何かを言っていたけど、私は何も聞こえなくなっていた。だって、こんなに。
「カワイ―――――っ!」
思わず抱きしめると、それはジタバタともがく。
実は、私は可愛いものに目がない。人間だろうが、動物だろうが、植物だろうが、わけのわからない生き物だろうが。
「な、何をするっ」
「ちょっと、テン、この子どこから拾ってきたの?」
と、いきなり引き剥がされる。やったのはテンだ。
「落ち着きなさい、アヤ。これは、あのトカゲ。OK?」
心なしか引きつった笑顔で言い聞かされ、とりあえず頷く。青筋が浮いてる気がするのは、きっと見間違いだろう。
「は?何言ってんの? あのトカゲがこんなに可愛い生き物に変わる訳ないじゃんっ」
「竜王サマは恐れ多くも、アヤがあの姿を嫌ってるから変身してくださったの。だから、これはトカゲなのっ」
意味がわからない。この可愛い生き物がトカゲで、トカゲが竜王とか言われても、頭の中ではイコールにならない。
「わかった?」
「何をわけのわからないこといってるのよ、テン」
「「~~~っ」」
「ほら、こっちにおいで。テンのもらいものだけど、甘いクッキーがあるよ」
手招きすると、少し思案していた様子の少年がにやりと笑った。あれ?と一瞬思ったけど、深く考えないことにする。
「白の者よ、我の勝ちだな」
「まだ、決まってないっ」
近づいてきたテンがいきなりぎゅぅぅと私を抱きしめた。そりゃ、テンは美少女だし、可愛いし、好きだけど。
「な、何?テン?」
「これは私が先に見つけたんだから、私のだっ」
「へ?」
「我を呼び出したのはその娘だぞ。だから、私のだ」
踏ん反り返って主張するのは少年で、彼は軽く跳ねると、なんと、テンの顔面を蹴ったのだ。これには流石に驚いた。
「な、なんてことするのよーっ! テンの顔は国家の財産なのよっ?」
少年を追いやり、顔を抑えて蹲るテンを覗き込む。
「怪我は?傷は? 残ったら、私はどこぞの王様に殺されるーっ」
痛いのか、テンは顔を抑えたまま方を震わせている。
「ええと、治癒の魔法ってなんだっけ? 何か、何か冷やすもの?氷?水?」
魔術構成を混乱しながらはじき出そうとした私の手をテンが抑える。
「落ち着いて、アヤ。治癒の魔法は、こう」
ふ、とテンの手のひらの上に術式が浮かび上がる。そういえば、テンは校内一の実力者だった。
あげた顔は、前髪が触れ合う位置にテンの整った顔があって、傷はひとつもついてなかった。すごい、頑丈だけど、何かがおかしい。
「あの、テン?」
「ん?」
「怪我、ないよね?」
「そうだね」
心なしか、口調も違う気がする。
「私、テンはものすごい美少女だったと思うの」
「アヤは素直で可愛いよね」
「かわ……っ? そそそんなことはないデスよ」
「そういう照れてるのもカワイイ」
なんか、テンに口説かれてる気分になるのは何故ですか。しかも、美少女じゃなくて、美少年に。その綺麗な顔を抑えて、そむける。
「ま、待ってよ、テン。なんか変だよ」
「なにが?」
「なんか、男の子みたいなんだけど」
「まあ、私は元から男だし」
え。
「それに、最初から女だなんて一言も言ってないよ?」
そういえばと思い返してみても、テン本人から言われたことは一度もない。
考え込んでいると、いきなりテンから引き剥がされた。
「だから、これは我のだと言うておろうっ」
そう主張するのは二頭身の幼い少年で。やっぱり、可愛くて。
「な、我が好きか?」
そんな風に上目遣いで尋ねられたら。
「大好きっっ」
おもいっきり抱きしめてしまうじゃないか。
「フ、誰のおかげでその姿になれたと思ってんだ?」
「誰も頼んでなどおらぬわっ」
あぁ、ほっぺたを抓まれてる姿もカワイイ。
「ほーぅ、では今すぐもとの姿に戻してやるわっ」
テンがそういったとたん、腕の中にいた生き物はポン、と軽い音を立てて。
私が世界で一番嫌いな生き物になった。
「い」
「な、なんてこ、」
「嫌ぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!」
腕の中にいた翼の生えたトカゲのような生き物を放り出し、近くにいたテンにしがみつく。
「テン! テン、あれなのよ! 夕べのトカゲっ」
「貴様、卑怯だぞっ」
「ふふん、何とでも言え。大丈夫だよ、アヤは私が守ってあげるから」
強く抱きしめられて、縋るように親友を見上げる。その、視界に、トカゲが。
「きゃぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
私はわき目も振らず、一目散に自分の部屋へと逃げ込んだ。まったく、昨日の夜からついてない。
と、ドアを強くノックする音にびくりと震える。
「アヤ!アヤ!!」
「テン~っ」
「ごめん、私が悪かった。もうアヤの嫌いな生き物は消したから、出ておいで」
いないというテンの言葉を疑うわけじゃない。でも、もしもいたら、どうしよう。
ぐるぐると考えた挙句、私が出した結論は。
「ごめん、先に行く!」
窓から登校するということだった。




