5色
「っ!」
ノッカの首筋に、針が刺さったような痛みが生まれる。それと同時に、精気を吸われるような感覚に襲われる。
「ごめん、痛かった?」
耳元でジークの甘い声が響く。振り返ると、鋭い犬歯を紅く染めたジークが嗤っていた。
「吸血鬼…!」
「当たり」
耳元でジークが囁く。
「正確には4分の3が吸血鬼。ご馳走さま」
ノッカはそこで、自分が先ほど血を吸われた事に気付く。
「ジーク、客で遊ぶのも大概にしろ」
蒼は鋭い眼差しでジークを睨む。
「…やっぱり戦闘民族の考えることは理解できないよ」
ジークはため息混じりにいう。それと同時に、ノッカが首筋を押さえて倒れる。
「…用があるときはまた来る。今度は俺1人で な」
蒼はノッカを抱え、暗い空間を後にした。
「…純吸血鬼でない分、僕は限度という物がいまいちよく分からないんだ」
闇の中で響いたジークの声は、どこか嗤ってい るようにも聞こえた。
俺と洸雅は、巨大な長江に足止めを喰らっていた。
「船も出てるみたいだし…どうする?」
俺は横にいる相棒(仮)を見ていう。
「…お前は泳げ」
俺は横にいる男が普通ではないことを、改めて思い知らされた。
「…洸雅はどうするつもりなのさ」
「お前の背中に乗る」
前言撤回、生物じゃない。こんな核弾頭並みの重さの奴を背中に乗せて泳ぐ!?冗談じゃねぇ。
「普通逆じゃない?」
「何を言う、自然界ではこれが普通だ。お前は全人類の奴隷と決まっている」
俺が洸雅なんかの奴隷?腐っても嫌だね。俺は『卯の花』を開箱し、大型ツバメを作る。そしてその背に飛び乗る。
「洸雅はそこで指でもくわえてなよ。じゃお先に失礼!」
ツバメは最速で秒速200mで飛行する。洸雅でも追いつけまい。
「『暗紅色』開箱。あのアホを叩き落せ」
洸雅の持つ色箱から、暗い紫の髪の青年が現れる。あの色箱は…!マズいっ!
「『暗紅色』音叉」
暗紅色の髪の青年が左手を掲げる。そして俺の方を見て、一気に振り下げた。 すると、大型ツバメが泡を立てて崩れだす。
「ぁんの野郎…!」
俺は河へ真っ逆さまに落ちた。洸雅が俺の方を見てほくそ笑んでいる。畜生!
「銀、水浴びがしたかったのなら始めから泳ぐと言え」
「…墜落させた張本人がよく言うよ…」
俺はずぶ濡れになった服を乾かしながら言う。
「結局洸雅のせいでタイムロスだよ…」
「ふぁぁ…」
洸雅は俺の言う事を無視するかのように欠伸をする。聞いてんのか!
「お前の『紅碧』で河の表面を凍らせれはいいだろ?」
洸雅は片目を空けて俺を見据える。あ、その手があったか。俺は『水の眷属色』の『紅碧』を開箱する。
「『紅碧』氷点下」
紅碧色の髪の少年は、河の水に両手を浸す。するとそこから河の表面が凍っていく。あ、そうだ。折角氷が張ってるし、スケートをしよう。卯の花色の髪の青年はスケート靴を2つ出した。ん?2つ?
「お前にしては気が利くな銀」
違う!これは何かの間違いで… 洸雅はスケート靴を履くと、そのまま氷のスケートリンクに去って行った。
「…『卯の花』いくら親切心でもアイツに親切にする必要はないよ…」
『卯の花』はコクリと頷く。俺は『紅碧』と『卯の花』を閉箱した。スケート靴を履いて洸雅を追いかける。
「俺のスケートテクニックを舐めるなよ、洸雅!」
しばらくスピードスケートの要領で滑っていくと、ムカつく赤い髪が見えて来た。奴だ。俺は足元の氷を一部切り取り、氷の塊を作る。
「死に晒せっ!」
俺は思い切りその氷塊を洸雅に投げつけた。だが奴は、まるで後頭部に目があったかのように華麗に避ける。
「チッ…」
今の俺はきっと、苦虫を噛み潰したような表情だろう。すると奴は不意に後ろに振り返り、ニタリと嗤った。畜生!何故分かったんだ!
「お前の考えを予測するなど容易い」
さらりととんでもなく失礼なことを言う洸雅。こんな非常識人が俺の相棒など、未だに信じられない。信じる必要もないが。俺は頭の中で、洸雅にケーキを投げつけ、鳩尾に鋭い蹴りを入れる。まだ不快感は残るが、ストレス発散にはなった。
「…洸雅」
「あぁ…」
お互い頷き、その場から飛び退く。それと同時に、氷を突き破って巨大な影か現れる。
「水守か…」
現れたのは『人外の者共』の一 種、巨大な亀の姿をした『水守』と呼ばれる生き物だった。
「全身が硬いこいつに物理攻撃は効かないな…どうする?」
水守は全身を硬い皮膚に覆われている。刀などで斬り付けても弾か れるのがオチだ。
「…体内から攻撃する」
「…確かに硬いのは表面だけだが…どうやって?」
体内にも響くような攻撃を加えるという事なのだろうか。だが方法が思い当たらない。 そんな事を考えていると、水守が長い尾を振り回してくる。考える暇ももらえないようだ。
「…こいつが洸雅に見えて仕方ない…本物を殺したらこいつも死ぬかな?」
「そうか、俺はこいつがお前に見えて仕方ないと思っていた」
俺が少ない時間で考え付いた作戦は、洸雅の言葉で粉々に砕け散った。
「…水守に電気は利くか?」
「無駄だ、奴は電気に強い」
舌打ちをして、開箱する用意をしていた『淡萌黄』をしまう。
「物理攻撃はまず効かないよな、甲羅で防がれるし」
水守は凍った水面を徐々に砕いていく。足場がなくなったら戦闘は出来ない。
「答えは簡単だ。銀が水守に食われて、体内から奴を攻撃するんだ」
「その前に俺はあの歯で噛み砕かれる!」
水守の口内には、小刀のような鋭い歯がずらりと並んでいる。あんなので噛み砕かれたら即お陀仏だ。
「安心しろ、お前の意志は俺が継ぐ」
洸雅は普段絶対見せない慈愛に満ちた顔をする。当然、相棒の俺にはそれが嘘だと分かっているが。
「…洸雅、あの甲羅の成分は?」
「大部分が金属だ。硬度もあるが熱にも強い…」
…光沢は全くないが、あの甲羅は金属でできているらしい。洸雅の頭と同じだ。
「…音…?」
不意に頭を過ぎった1文字が、口から零れる。
「銀にしては頭が回るな…『暗紅色』開箱」
洸雅の色箱から暗紅色の髪の少女が現れる。
「『暗紅色』破壊音叉」
洸雅は獰猛な笑みを浮かべ、色箱に指示を出す。
俺は反射的に身を引く。それと同時に『暗紅色』が目に見えるほど大きな振動の音波を放つ。
「…俺にしては頭が回るって…どう言う意味だよ」
「そのままの意味だ。普段馬鹿な銀が、役立つ解決策を思いついたのに驚いている」
俺は反射的に洸雅を刺し殺そうと思った。でもここで殺してしまっては水守を倒せないのでやめた。
代わりに頭の中で、洸雅に大剣を刺しておいた。深く刺しておいた。
「この世で洸雅より低脳な生命体はいないと思うよ?」
そう言った途端、瞬発的に左へ避けた俺の右頬を小刀が掠める。
「死んどけ」
相棒になんて事を言うんだこの戦闘狂め。水守は更に氷を粉砕しながら、水の塊を吐き出してくる。
「洸雅っ!まだか!」
洸雅は黙って『暗紅色』に視線を向ける。すると、水守が地鳴りのような呻き声をあげて苦しみだす。『暗紅色』の破壊音叉が利いてきたようだ。
「止めを刺すのも酷だ、ここは見逃そう」
お、珍しい。殺戮好きの洸雅が敵に情けをかけるとは。
「…銀、お前今失礼な事を考えなかったか?」
何っ!こいつ、俺の心を読みやがった!
「…まぁいい」
いいんだ。やけにあっさり諦めるなぁ。
「水守は基本温厚だ。恐らく縄張りを荒らされたと勘違いしたんだろう」
「感心するよ、低脳洸雅がそこまで知識を有しているなんて」
氷のリンクを滑りながら、洸雅の銃弾を避ける。
「俺には容赦してくれないんだね。洸雅って実はツンデレ?」
高く跳躍した俺のすぐ下を刀が薙ぐ。
「ふざけた事を抜かすな」
いつ俺がふざけたって言うんだか。
「まさか『四神』の牙が手に入るなんて…」
舜は巨大な牙が入ったケースに手を伸ばす。それと同時に、ポケットから無粋な音が鳴り響く。
「ちょっと、今良い所だから邪魔しないで…美影?」
舜は慣 れた手つきで携帯を取り出す。
「…もしもし、何か用?」
『オランダに珍種を見つけた』
携帯の端末越しに、まだ10代半ばであろう若い少年の声が聞こえる。
「へぇ…で、狩りに行くから来いと?」
舜は心底嫌そうな顔をする。
『…奴の尾には未知の毒があるらしいが、分析しなくていいのか?』
それを聞いた舜の表情が 一変する。
「行く♪そんな魅力的なものがあるなら勿論♪」
『どうしてお前は毒に関してこんなに積極的なのに…それ以外には無関心なんだ…』
携帯端末越しに美影のため息が聞こえ る。
「どこに集合?」
美影のため息などお構いなしに、舜は機嫌のいい声で尋ねる。
『千葉にあるアジトに二日後の朝8時に集合だ』
「了解♪」
舜はそう言って通話を切った。
「それじゃ、まずこのお宝をどうやって持っていこうかな…♪」
オランダのある廃城に、1人の女が倒れていた。
「…こいつも僕の舌には合いませんね…」
周囲に響くように、凛とした青年の声が聞こえる。
「あぁ…ぁ……」
倒れている女はただただ呻きながら、涙を流し続けている。
「現実味を帯びすぎてて苦いです…」
その声が聞こえると同時に、暗闇に2つの紅い光が点る。女はその光に怯えるように後ずさる。
「ここで言うのもなんですが…今までこの廃城に足を踏み入れた人間は1人として帰って来なかったそうです」
女は何かを悟ったように立ち上がり、扉を目掛けて走る。
「何故だか…分かりますか?」
紅い2つの光が細くなる。女は扉を開けようと、取っ手を押したり引いたりしている。
「ぁ…開かない…!」
すると、周囲から少年のような無邪気な笑い 声が響く。
「答えをお教えしましょうか?」
女は震えながら扉を開けようとする。
「何、簡単なことで すよ。僕が始末するからです」
光が半月状に歪む。扉に女が体当たりするが、ビクともしない。
「扉を壊そうとしないで下さいよ。この城気に入ってるんですから…」
凛とした青年らしき声のトーンが下がる。同時に、女が悲鳴を上げて倒れる。
「殺した人族の数を更新…3378人目は女でした♪」
少年の ように無邪気な笑い声が響く。女の腹には“黒い何か”が突き刺さっていた。
チャットルーム
―中枢さんが入室しました―
中枢)【あれ、誰もいないのかな?】
―Agさんが入室しました―
Ag)【こんばんはー】
中枢)【こんばんは】
中枢)【さっきハッキングの仕事が来たんで、高速で済ませてこっちに来ましたww】
Ag)【そういえば中枢さん、ハッカーでしたね。お疲れ様です】
中枢)【敬語なんて堅苦しい言い方しなくて良いよ、年上と言っても3年前に生まれただけだし】
Ag)【え、でもハッカーって憧れるし…中枢さんは尊敬してますし…】
中枢)【僕なんか敬っても意味無いよ;】
Ag)【…じゃあ最新の殺人事件をハッキングして下さいよ】
中枢)【オランダで、廃城の前に内臓を全て抜かれた女の死体が転がっていたって事件。発見されたのが1分27秒前】
Ag)【早過ぎ…;】
Ag)【しかも内臓を全て抜かれてるって…】
中枢)【どうやら脳も取り除かれてるらしいよ】
Ag)【うわぁ…南無阿弥陀仏…】
中枢)【南無阿弥陀仏…】
Ag)【中枢さんも気をつけて下さいね?】
中枢)【勿論、Agも気をつけてね】
Ag)【じゃあそろそろ仕事に戻るんで、おちます】
―Agさんが退室しました―
中枢)【あの馬鹿、また薬の材料が足りないとか言って…;】
中枢)【まぁ、人族からだから文句は言わないけど】
―中枢さんが退室しました―