4色
「来たね」
薄暗い部屋で、よく通る男の声がする。
「12将の第3番手『爪牙のノッカ』です」
「12将の第2番手『知性の蒼』」
部屋の奥にある椅子から、1人の男が立ち上が る。
「それで、休暇をもらっている我等に何のようで?」
蒼は厳しい目をする。男は少し驚いたような顔をし、ニッコリと笑う。
「ちょっと君達2人に頼みがあってね。金龍って知ってるかい?」
男の顔に子供のような笑みが浮かぶ。
「最近中国に出現するあの金龍の事?」
「実はその金龍の鱗が10枚くらい必要でね、良かったら採って来てくれないかい?」
蒼の青い目に影。何かを疑うような目だ。
「…宝珠を作るなら目玉のほうが効率がいい上、能力も高まる。何故鱗だ?」
「…蒼君はいつも利益の事ばかり考えてるよね…理由は単に見た目が格好いいからだよ」
男の突拍子のない返答に、蒼は言葉を失った。「用件も伝えた事だし、そろそろ行ってらっしゃい」
男はそういい、いつの間にか手に持っていたリモコンのボタンを押す。その瞬間、ノッカと蒼の立っていた床が動き、穴が現れる。2人は穴に消えて行った。
「…紫苑君は、あの2人をどう思うかね?」
男がそう言うと部屋の隅の景色が歪み、半月状の目と口が刻まれた仮面の人影が現れる。
「…我にとってはただの人形に過ぎぬ」
紫苑と呼ばれた人影は仮面を取る。現れたのは男とも女とも取れる、中性的な容貌だった。
「それでヘスティア、わざわざ我を呼ぶとは何の用だ?」
ヘスティアと呼ばれた男を、右の紅い瞳で見据える紫苑。
「…実は日本にある妖刀『千桜』を持って来てほしいんだ」
「…皇族血統の陛下である主が、趣味の指輪作りなどに興じてよいのか?」
紫苑の青い左の眼光が、ヘスティアを射抜く。
「ただ祖先が乱暴な権力者なだけだよ。私は普通の人間だ」
ヘスティアは床に開いた穴を見つめる。紫苑も部屋の景色の中に消えて行った。
「ガホッ!ふぅ…陛下って乱暴だなぁ…」
「…落とし穴とは、また大層な仕掛けを作ったものだ」
ノッカと蒼がいるのは、路地裏のゴミ捨て場だった。
「しかも落とされる場所がゴミ捨て場とは…」
蒼は興が削がれたようにため息をつく。
「地味な嫌がらせだね…」
ノッカは服についた埃を叩き落とす。不思議なことに、蒼の服は全く汚れていない。
「はぁ…やはりろくでもないことを頼まれたな…金龍か…」
「僕は嬉しいよ?強力な宝珠が手に入るじゃん」
ノッカの周囲を旋回していた宝珠の1つが、青白い光を出して消える。それと同時に、2人の頭上に巨大な灰色の竜『飛竜』が現れる。
「龍は竜族の中でも貴族・皇族にあたる。金龍は上から16番目の貴族階級の超大物だ」
蒼は険しい表情になる。それほど『龍』は恐ろしく強いのだ。ノッカは『飛竜』の背に飛び乗る。
「じゃあ金龍狩りは保留しよう。まずは蒼の『朱雀狩り』から…だね」
ノッカがそういうと、蒼の冷たい氷河の瞳は暗みを帯びる。
「…いいだろう」
蒼の瞳が暗みを帯びていくのに対し、口元には喜悦の笑みが浮かぶ。
「久しぶりにコレクションを集めに行くか」
「…僕が知ってる金龍の情報は全部話したよ」
加羅は険しい表情のままいう。
「通常攻撃の全てを無効化するのか…厄介にすぎる」
洸雅が珍しく渋い表情を浮かべる。普段滅多に見せないレア顔だ。
「だが、倒せないこともないだろ。いくらなんでも不死身ってわけではなさそうだし」
加羅はふと立ち上がり、部屋を出る前に言った。
「今度は僕も行くよ」
それだけ言って、加羅は部屋から姿を消した。
「通常攻撃の全てを無効化する…恐らく物理攻撃をはじめとする、特殊攻撃の全てを撥ね返されるな」
洸雅は部屋の隅で、金龍対策を練っていた。
「とりあえず、実物を前にして考えよう」
平常を装ってはいるが、俺の内心は荒れまくっていた。
「準備はしっかりするものだが?」
今だけは相棒の無遠慮さに感謝しておく。
「キョウトって初めてですね」
闇に溶け込むような黒の髪を風に靡かせ、1人の少女が歩く。
「月がとても綺麗に見えます」
少女は笑う。まるで、軽く押すだけで壊れてしまいそうな儚い笑みだ。
「えっと…『千桜』でしたよね…今回の獲物」
月の光を受けて、少女の瞳が翠の光を放つ。
「妖刀『千桜』…その刃には『黒の巨人』と『白の巨人』を宿すといわれる封印剣」
少女のソプラノ声とは違う、テノール声が響く。
「『黒の巨人』と『白の巨人』は、巨人族の中でも膨大な術力を持つ。それが刀に封印されてるのさ」
闇の中に、何かが着地する乾いた音が響く。
「説明は終わり。千鶴も事前調査はこのくらいやっておいた方がいい」
声の主は完全に闇に溶け込み、姿は全く見えない。
「『白の巨人』と『黒の巨人』…あの『月の12使者』でさえ数匹しか所持していないという…」
千鶴の表情が険しくなっていく。
「『月の12使者』…あの『人外の者共』を集めてる変人どもか」
その声と共に、闇の中で何かが動いた。
暗闇の中に、1人の少年が立っていた。辺りは一面紅に染まっている。倒れている男は銀達に『朱雀の羽』の回収を依頼した男だった。
「まこっちゃんの言ったとおりだ」
少年の手が薬品棚に伸びる。
「まさか『白龍』と『黒龍』の肝臓まであるとは…」
すると床に倒れていた依頼人の男が、少年の細い足を掴む。
「…頼む…それを持って行かれては我ら一族は…ぐあっ!」
少年の細い足が、依頼人の男の背中を踏み躙る。
「血塗れの手で触らないでくれない?汚れるだろ下種が」
少年は氷のような冷たい声で言い放つと、長い服の袖から針のような物を出す。その針を床に倒れる男に突き刺す。血肉の避ける音。
「…あーあ、死んじゃったぁ…」少年は異物でも見るかのような眼差しで、床に倒れた男を見る。そしてどこからか携帯を出し、電話をかける。
『舜?何か用?』
「やぁまこっちゃん。こっちはうまくいったよ」
少年は先ほどとはまるで違う、鈴のような声で話す。
『…その『まこっちゃん』ってあだ名やめてくれないかい?』
携帯端末の向こうから呆れた声が響く。
『僕は弥生真。何度いったら覚えるの?』
だが、携帯を握る少年の顔は笑みを浮かべたままだった。
「だってまこっちゃんも、影で美影のことヘタレって呼んでるじゃん」
携帯端末の向こう側から、音が消えた。
「あと輝のことも影で馬鹿力って呼んでるよね」
舜と呼ばれた少年が言葉をつむぐ。
「僕優しいから黙っててあげてるのに♪」
声は意地悪そうにそう言う。
「くそっ、これだからお前と蓮だけは気に食わないんだ」
真はそう言って通話を切った。
「ちょっ!ひどっ!はぁ…」
舜はふと薬品棚の横のケー スに目をやる。その途端、少年の瞳が驚愕に見開かれていった。
「なっ…!玄武の毒牙だと…!?」
ケースの中にあったのは、普通より10倍もの大きさを持つ爬虫類の毒牙だった。
ノッカと蒼は、暗い廃墟の前にいた。中から腐った臓物の臭いが漂う。
「…臭い…本当にこんな所に人間すんでるの?」
ノッカは鼻をつまんだまま言う。
「ここの情報は速くて正確だ。それにここにいるのは人間ではない」
蒼は複雑な表情を浮かべ、意味深げな言葉を吐 く。
「…人外の者共か…!」
ノッカの袖口から、銀色に輝く宝珠が出てくる。すると、蒼はノッカの肩を軽くたたく。
「心配するな。『人外の者共』の血を引いているだけだ」
蒼はそういって、廃墟の中に入っていく。ノッカも複雑な表情を浮かべ、蒼の後に続く。
奥に進んで行く2人。通路には白骨化した人体や、動物の血肉などが散らばっている。ノッカは苦渋の表情を浮かべる。
「…こんな劣悪な環境によく生きてられるね…」
「あぁ…だが人気のない場所にしか情報屋はいない」
しばらく進んでいくと、広い空間に出た。宮殿の大広間くらい広い。
「何の用だい?こんな不気味な所に」
暗闇の中から、澄んだ甘い声が響く。
「…これはこれは、ヘスティアお抱えの 12将じゃないかい」
闇に響く声の主は、嘲笑に近い笑みを浮かべている。ノッカの顔に嫌悪感に近い物が浮かぶ。蒼は無表情で1点を見据えていた。
「嫌がらせはほどほどにしろジーク。我らはただ依頼をしに来た」
すると、闇の中から響いていた笑い声が消える。
「…依頼って事は、情報屋の僕に用があるんだね」
ノッカは額に冷や汗を掻いていた。闇の中から足音が響く。
「やぁ、久しぶりだね蒼」
「…今回は私情は抜きだ」
闇の中から現れたのは、色白の優美な顔、黒い短髪、真紅の瞳の青年だった。
「一応挨拶はしておくよ。情報屋『影椿』ことジーク。以後お見知りおきを」
青年が敬礼する。
「貴方があの『武者狩り』で有名な『影椿』…!?」
ノッカは驚きを隠せない。
「とても建物を拳で破壊するようには見えない…」
ジークは薄笑いを浮かべたまま、ノッカを見ている。
「君みたいな子にも名前を覚えてもらっているとは…光栄だね」
ジークは小さく微笑む。
「それで依頼だが…『南雲洸雅』の現在地を特定してほしい」
蒼の頬の青い炎が、不気味に燃え上がるように見えた。
「期限は?」
「出来れば今日中だ」
蒼は間を空けずに言う。現在時刻は午後八時だ。
「いいよ。ただお高くつくけど、いい?」
ジークは全く緊張の色を浮かべずに言う。
「分かった」
蒼がそう言うと、ジークはどこからか黒いノートパソコンを出す。カタカタと、ジークがパソコンのキーボードを打つ音が聞こえる。
「なるほど、依頼を受けて中国に飛んでるね。現在地は大体上海の中央」
ノッカの表情に、悲痛な物が浮かぶ。
「さっきまで君達、その上海にいたんでしょ?わざわざこれだけを聞きに日本まで来るなんて、ご苦労な事だね」
ジークは嘲笑にも似た薄笑いを浮かべる。
「…相変わらず皮肉ってくれるな」
蒼は苦笑しながら言う。
「また何かあったら来る。代金は…」
蒼がそう言うと、ジークはノッカを指差す。
「代金はそこの子でいいよ」
「え?」
ノッカの首に、小さな痛みが生まれた。
チャットルーム
―千尋さんが入室しました―
千尋)【あれっ、まだ誰もいないなぁ…】
―レンさんが入室しました―
千尋)【あっ、レンさんこんばんは!】
レン)【こんばんは♪】
千尋)【何だか自分だけのような気がして心配しました;】
レン)【…この時間ほとんどみんないませんよね】
千尋)【みなさんお風呂にでも入ってるんじゃないですか?】
レン)【今仕事で情報屋に向かってるよb】
千尋)【情報屋ですか!?格好いいです!】
レン)【うんうん…特に情報屋で格好いいって言ったら影椿だなぁ…】
千尋)【影椿?】
レン)【2年前、ベトナムで『人外の者共』が大量発生した事あったよね】
千尋)【…あの事件ですか】
レン)【あそこで『武者狩り』と呼ばれた戦士がいたんだ】
千尋)【知ってます!確か凄い力持ちで、高層ビルも一瞬で壊したあの『武者狩り』ですよね!?】
レン)【実は…その『影椿』と『武者狩り』が同一人物だって噂が流れてるんだ…】
千尋)【えぇぇ!?】
レン)【本当かは知らないけどね♪そろそろ情報屋につくんで、おちます♪】
―レンさんが退室しました―
千尋)【…あのフェロ魔、何か有名になってるね;】
―千尋さんが退室しました―