11色
「よし、乗った」
相変わらずの戦闘愛好ぶりだな。そんなにあの世を拝みたいのなら一人で行ってくれ。俺はあんたの最期の瞬間を傍観するから。
「…俺はそもそも行きたくないんだが?」
途端、洸雅の顔に不快の色が浮かぶ。
「お前が持ってきた依頼だろうが。銀は絶対参加と決まっている」
日本国憲法の『基本的人権の尊重』ガン無視ですか。
「そもそも、なんで奴についての依頼が入るんだ?あいつはもう身動きひとつ取れないはずだ」
依頼を受けた当時から、ずっと気になっていたことだった。
「俺に情報を求めるな」
そして、情報の代わりに洸雅の文句が返ってきた。
「しょうがないじゃん、近くに洸雅しかいなかったんだし。ま、でも依頼の内容が本当ならただじゃおけない」
洸雅の顔にも緊張の表情が浮かび上がる。
「…また奴と殺り合うのか」
声には若干悲哀の念が篭っている。
「感情移入するな、興味も持つな。敵だから倒す、ただそれだけだ」
…自分にしてはやけに冷静すぎる判断だと思った。洸雅は少し驚いたように口を開く。そして歪んだ笑みへと変わっていく。
「銀風情が、なかなか言うようになったな」
洸雅の皮肉混じりの言葉を無視し、俺は依頼内容を一通り確認。標的の現在位置は埼玉県鶴ヶ島。どうやら移動しているようだ。
「…情報屋か?」
「あぁ、こっちの方が早いし」
すると、洸雅の顔に不快の色が浮かぶ。何かあったのだろうか。
「…何かあったのか?」
途端に洸雅が苦々しい顔になる。
「図星だな」
洸雅は顔に出るから分かりやすい。
「…ジークだよ。あいつが俺の一番触れたくない話題に触れやがったんだ。」
洸雅にそんなところがあるとは以外だ。俺も今の今まで知らなかった。
「なんだそのアホ面は」
いきなりアホ呼ばわりですか。
「いや、洸雅にもそんなとこあんだなーって思っただけ」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ」
「脳無し」
返事をした途端、衝撃。見ると、壁に鉛筆が6本突き刺さっている。物は大事にしろと習わなかったのか?
「チッ、外したか」
…あんたのせいで鉛筆6本使えなくなったじゃねーか。洸雅が更に鉛筆を構えたところで、玄関の呼び鈴がなる。
「はい、今行きまーす」
洸雅は獲物を逃した肉食獣のように唸る。
鍵を外して扉を開く。そこには、フードを被って顔全体を被い隠した人がいた。
「依頼主の方でしょうか」
「…はい」
返事を受けて、俺は相手を中へと案内する。電話先の連絡からだと、相手の名前は東宝苓のはずだ。
「ありがとうございます」
「紅茶でも如何です?」
応接用のテーブルに紅茶を差し出す俺の後ろで、洸雅がぶつぶつ文句を言いながら壁に刺さった鉛筆を抜いている。無視だ無視。
「…依頼も聞いてもらって、お茶まで出していただいて…申し訳ないです」
ありふれた会話に、俺は営業用の愛想笑いを返しておく。
「いえ、いつものことです」
そう言いつつ、相手と机を跨いで反対の席へ座る。洸雅がものすごい剣幕で睨んできたが無視。
「それでは本題に移りたいのですが…」
俺の言葉で、その空間全体に緊張感が充満していく。
「…本当に奴なんですね?」
「はい、間違いありません。『白』も手元に戻っているようでした」
…『白の眷属色』の最高峰、純色の『白』か…前回もそうだったが、厄介だな。
「そもそも何故外にいる?」
洸雅の問いに、苓は少し肩を震わせる。それは恐怖によるものではなかった。
「…詳しくはわかりません。ですが、誰かが解いたと思われます」
俺の背中に悪寒が走る。
「…そこら辺の人間に解けるものなのか?」
「いえ…色箱を媒体にした結界ですし、色神一族しか不可能なはず…」
「…いや、色神一族は5年前にほとんど滅びたはずだ」
俺の心の傷口から、無惨に血が流れ落ちてくる。ということは、生き残った俺の兄弟か?
「見れば見るほど趣味の悪い館ね…」
オランダのとある廃城…草木が生い茂り、陽光さえ届かない。そのせいか昼間のはずなのに、懐中電灯がないと安全にも歩けないという状態だ。
「…一列に並んで突入する」
統率者である美影に従い、11人が美影の後ろに並ぶ。先頭の統率者が入り口に手をかける。
「…チタン合金製か。破壊対策用だな」
美影がポツリと呟き、鍵に触れる。途端に鍵が溶けて液化しだす。滴る滴は空中で霧状になって消える。
手を離すと、扉は独りでに開きだす。12人は足音を立てずに中に侵入。中には縦横無尽に道と部屋が広がっている。
「…これは手分けするしかないんじゃない?」
オレンジの髪の少女が、無機質な声で囁く。美影は重々しく頷き、左手を小さく挙げる。
「…バラバラに散って『夢魔』を捜索する。いいな?」
リーダーの指令に、全員が頷く。
舜は出入り口に面した階段を上がっていた。
壁には何やら肖像画らしきものが飾ってあるが、汚れたり破れたりしていて、見るも無惨だ。
階段を登り終えると、長く続く廊下の先にポツリとドアがあった。警戒しながらドアに近づく。
「…趣味悪いな…壁に磔の骸骨とか…」
ゆっくりドアノブに手をかける。錆び付いているせいか、うまく回らない。
「…あぁもうっ!」
舜はイライラしているのか、思い切り回す。
パキリ。
鈍い音と共に、ドアノブだったものが床に落下。脆くなっていたらしく、根本から折れてしまったのだ。
「…まぁ、いーか」
舜は全く気にしない様子で、部屋の中へと入る。
立ち込める臭気。嗅ぎ慣れたこの臭いは、血と薬品の混ざったものだ。
「…何ここ、人体実験でもやってたの?」
闇に覆われた空間を懐中電灯で照らす。遺体や薬品棚らしきものはなかった。壁や床を見渡してみると、黒い染み。
「…やな部屋」
辺りにドアはない。行き止まりのようだ。
一旦戻って美影と合流するか。そう思い、部屋を出ようとする。
ガタンッ…
「…え?」
いきなり床に穴が開く。もちろんそこに立っていた舜は、為す術もなく落下。
真は入ってすぐ左手にある部屋に入った。その部屋にも縦横無尽に部屋があった。
「迷路かよ…ったく」
渋々と1つ1つ部屋を確認していく。幸いなことに、先に続いている部屋は1つだけだった。
「迷うし、道は1つにしてくれよ」
壁や床には黒い染み。真は嫌な思考を振り払うように前へ進む。
…先には何かがある。 …しばらく進むと、比較的広い空間に出た。部屋の隅にはベッドらしきものがあることから、ここは寝室だったのだろう。
…だいぶ使われていないらしく、布団の上は埃まみれだった。
「うわっ、埃だらけじゃん…」
真は布団に積もった埃を見て言う。
「ったく…」
綺麗好きの彼は埃を叩く。そして、布団が床に触れた瞬間…
カチリッ。
何かのスイッチが入るような音がする。
「…何今の音。なんか嫌な予感が…」
ガチャリッ。
突然真の足元の床が抜ける。対侵入者用のトラップのようだ。
「マジで?!そんなのありかよ!」
真は叫びながら、為す術もなく落下。
輝は斜め前にあった階段を上っていた。優れた聴力を持つ彼の耳には、この屋敷に住み着いたネズミが動く音さえも聞こえ る。
「うえぇ…」
天井には見たこともないくらい巨体の蜘蛛。近付くと8つの目玉もはっきり見てとれる。…そんな勇気はないが。
何かが擦れる音。ふと床をみると、世界最大と言われるアナコンダより遥かに巨体の蛇。模様からするとクサリヘビだ。
「なんでこんなにでかいんだよ…」
生理的嫌悪を催す生物達を他所に、輝はひたすら先に続く道を探す。辺りに扉はない。行き止まりだろうか。
「戻ろうかな…」
輝は踵を返し、来た道を戻り始める。すると、巨体の蜘蛛と蛇が騒ぎ出す。
「…?」
輝は生物達が騒いでいるのに気づき、ふと振り返る。
「…うえ、気持ち悪い。見なきゃ良かった…」
顔をしかめ、再び戻ろうと前を向く。…向いてしまった。
「…あぎゃあぁぁああ!」
南は右手奥にある扉に向かっていた。扉を開けて中に入る。埃まみれだが、宝石を象った豪勢なシャンデリアが飾ってある。
「うっへ、埃が酷すぎる」
南は埃を振り払いながら先へと進む。
…段々甘い臭いが鼻先を掠めてくる。誰かいるのだろうか。しかし、この臭いは食べ物の臭いではない。
しばらく進んでいくと、突き当たりに辿り着いた。甘い臭気はこの先から漂ってくる。
「…通路がないのに臭気は来る…てことは、壁のどこかに穴が開いているのか?」
南はすかさず壁を散策し始める。壁は埃や蜘蛛の巣に覆われており、直接触るのには抵抗がある。
南は仕方なく、近くに落ちていた鉄の棒で壁をつつきだす。手応えのある場所を発見。
「あれ、ここひび入ってる」
鉄の棒が当たる度、壁はパラパラと音を立てる。
南は鉄の棒をひびに突き刺し、無理矢理穴を開ける。その穴から隣の部屋を覗く。そこには、綺麗に塗装された壺が安置されたいた。
「…なんで壺…?」
南は心底がっかりした様子だ。
ガチャリッ。
足元の床が突然抜ける。壺に気を取られていた南はそのまま落下 。
「なんでトラップなんか仕掛けてあんのよーっ!」
部屋には彼女が落ち際にはなった、断末魔に近い叫び声がこだまする。
あちこちから途切れとぎれの断末魔が聞こえる。どうやら全員トラップに引っ掛かったようだ。
「…」
少年は黙って正面の階段を上がっていく。
手すりには何かがぶら下がっている。暗闇では分かりにくいが、人の死肉が垂れ下がっていたのだ。
「…」
少年は何も言わず、ただひたすら歩いていく。
しばらく歩いていくと、何やら薬品の強い臭いが漂ってくる。周囲に並んだ硝子管の中には怪しい液体。その中に桃色の物体が浸かっている。
「…人間の内臓か」
桃色の物体をよく見ると、脳に心臓、肺や胃腸に膵臓。その他の内臓が並んでいる。全て怪しい液体の中に浸かっていた。
不意に美影が後方へ跳躍。先ほどまで立っていた場所に、無数の槍が突き立つ。全方に影。幽かに羽音が聞こえる。
「…ここが当たりか」
少年の指先に光。指先からレーザーが放たれる。
影は光速で反応。レーザーは標的を捉えきれず、天井に着弾。周囲に光が跳ねる。
「いきなりレーザーですか…もっとゆっくりなさったらどうです?」
一瞬だけ、相手の冷たい美貌が光に照らされる。光を失った闇で、紅い2つの光が美影を捉える。
「…」
美影もそれに呼応するように、捕食者の目を向ける。
「おや、観客がご到着のようですね」
影は壁の方へと移動。壁際だけが淡い緑の光に照らされる。そこには、美影以外の十二使者が硝子管に捕らえられていた。
チャットルーム
―Agさんが入室しました―
―不死鳥さんが入室しました―
Ag)【…ん?】
不死鳥)【…なんかその名前で、不吉な相棒を連想します】
Ag)【あ、奇遇ですね。俺もです】
不死鳥)【まぁ、ここに来るのは初めてですが、よろしくです】
Ag)【あ、はい】
―中枢さんが入室しました―
中枢)【おや、新入りさんですかね?】
不死鳥)【よろしくです】
中枢)【見たところ、Agさんとリア友か何かですか?】
不死鳥)【あいつと友達などヘドが出る…いえ、Agさんとは初対面のはずです】
Ag)【口調もあいつそっくりだな…不死鳥さんはそんなに腐ってないけど】
中枢)【なんか嫌味を言い合ってるようにしか見えないよ;】
不死鳥)【いえいえ、そんなことはございませんですよ】
Ag)【うんうん。初対面の相手に嫌味だなんて、あり得ませんよ】
―中枢さんが退室しました―
Ag)【あら?もしかして怒っちゃいました?】
―中枢さんが入室しました―
中枢)【いやぁ、ついマウスを握りつぶしちゃって】
不死鳥)【…はい?】
中枢)【スペアのマウスに替えてたら自動退室してたみたいです】
Ag)【マウスって…パソコンのマウスですか?】
中枢)【そうだけど、どうかした?】
不死鳥)【素手で握りつぶせるもんなんですかね…?】
中枢)【さぁねww】
Ag)【あ、そろそろ仕事なんでこれで失礼します】
―Agさんが退室しました―