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第四章 「かつての争い」

 第四章 「かつての争い」


「自己紹介がまだだったわね、私は、エル・トワイライト。またの名を、リゼ・グラヴェイト」

 黒いスーツの女性が名乗る。

 リゼ。ユウキの父ヒカルがダスクを友と呼んだなら、母セルファはリゼを友と呼んだ。きっと、親しい間柄だったのだろう。

「……ユウキ、あなた、蒼光は?」

 リゼがユウキに声をかける。

「いえ、父さんが読むなと言っていたので……」

 ユウキはかつての戦いについて、授業や一般に知られている程度の事実しか知らない。両親がどんな思いで戦っていたのか、大まかには聞いていても、詳しく知っているわけではない。

 蒼光とは、カソウ・ヒカルが綴った物語だ。二十年前の大戦の体験記と言ってもいい。フォックスアイ出版から世界中に向けて発売され、話題になった。ユニオンにおいては読んでいない者はほとんどいなかったとさえ言われている。

「あいつらしいな」

 ダスクが苦笑した。

 自分の息子に見られるのが照れ臭くて読むなと言っていたのに気付いたのだろう。

 ヒカルに黙って読むことはできた。ユニオンではどの学校の図書館にも必ず置いてあったし、そうでなくとも本屋に行けば買うことはできた。新品でも中古でも、いくらでも入手する方法はある。

 ただ、それをしなかったのはユウキ自身にそこまで興味がなかったからだ。過去の大戦が両親を巡り逢わせ、ユニオンという国や今の世界の状況を作ったことぐらいはユウキにも分かる。ヒカル自身が周りから英雄と呼ばれることをあまり快く思っていなかったことも知っている。それが少なからず、過去の大戦で多くの命を殺めたことに由来するだろうことも察することができた。

 だが、ヒカルの息子だからと特異な視線を向けられてきたユウキには、過去のことなんてどうでもよかったのだ。

「いい機会だ、読むといい」

 ダスクの言葉に応じるかのように、リゼが部屋の隅にあった本棚から七冊の本を取り出してユウキに手渡した。

「そこに書かれているのは、カソウ・ヒカルの目から見たあの戦いのほぼすべてだ」

 ユウキは渡された本に視線を移す。

 すべて読むには時間がかかる。この場で目を通すのは無理だろう。

「それと、すまないが、この後仕事が入っていてそろそろ出なければならなくてな。読み終えたらでいい、また来てくれないか?」

 ダスクは苦笑を浮かべながら立ち上がった。

 財団としてやらなければならない仕事も当然ながらあるのだろう。

「その時に、君たちの答えを聞かせて欲しい」

 答えという言葉が何を指すのか、ユウキたちにも直ぐに分かった。

 協力を惜しまない、とダスクは言った。だが、それはユウキたちが協力を求めたなら、ということだ。今この世界で感じている違和感のようなものに対して、リアクションを起こす気がないのならそれでも構わない、と。

 漠然とし過ぎていて、ユウキには返事ができなかった。

 この違和感はきっと、確実にユウキたちアウェイカーに関係しているはずだ。ただ、それが自分たちと直接関わっているかどうか分からない。そもそも、戦うとしたら何と戦えばいいのだろうか。

 ダスクは何も言わなかった。彼にも敵は見えていないのかもしれない。少なくとも、ファントムを敵と認識してはいるようだが、そのファントムについて分かっていることもほとんどない。

 ユウキたちを気にかけてくれるのは、ダスクが言っていた、過去にヒカルに救われたからなのだろう。

 それでも彼が戦おうとする理由は何なのだろうか。

 今のユウキには、分からなかった。

「見送りはライズに任せる」

「了解」

 ライズの返事を聞くと、ダスクはリゼを伴って部屋を出ていった。

「仕事があるから短時間しか話せない。だから、私を呼んだのね、きっと」

 イツキは二人を見送ってから呟いた。

「心配はしていたけど、ヒカル兄さんのことだから、きっと皆生きてると思ってた」

 ユウキとシーナを交互に見つめて、イツキは小さく笑みを浮かべた。

 その笑みは、どこか寂しげなものだった。ユウキたちの生存に対する安堵はあったが、何か別のものを失った悲しみが滲んでいる。

 ユウキは返す言葉がなかった。

 彼女に対して何を言えばいいのか分からない。生きていたから大丈夫だ、などとは言えなかった。普通に暮らせるくらいまで立ち直ってはいると思う。だが、やはり失ったものは大きい。

「日本の様子は?」

 リョウが問う。

 リョウとヒサメは祖父母が日本で暮らしている。元々、二人の両親たちはヒカルやシュウと同様、日本で暮らしていたのだ。ハクライ・ジンたちもヒカル同様、過去の大戦で有名になり過ぎた。

 VANに対抗するレジスタンスの中でも最大規模を誇る抵抗勢力を築き上げ、同時にそのリーダーとして先陣を切って戦っていたのがジン、カエデ、ショウ、ミズキの四人だ。レジスタンスの四天王として、世界に名は知れ渡った。

 大戦が終わった後、ヒカルがユニオンを立ち上げる際に尽力し、首脳に名を連ねたと教科書などには記されている。名が知れ渡ったこと、トップレベルの強さを誇るアウェイカーであったことは、ヒカルと同じように日本での暮らしを不自由にしただろう。

 故に、彼らはユニオンに参加した。アウェイカーではない家族を日本に残して。

「そうね、今はだいぶ落ち着いたと思うわ」

 イツキは僅かに目を細めた。

 日本はヒカルたちの出身地であり、かつての大戦において最も抵抗勢力の多かった国でもある。逆を言えば、かつての大戦で名を馳せたアウェイカーの多くが住んでいた国だ。

「国連が武力制裁を採択した際、日本政府は結局傍観を決め込んだ」

 イツキが呟く。

 ヒカルやジンたちの住んでいた日本はアウェイカーと無関係とは言えない。当然ながら、世界がユニオンを攻撃するという決定を下した時、日本政府は混乱していた。ユニオンを擁護し、アウェイカーを敵とする国連の決定に異を唱えるべきか否か。国内での議論は加熱したが、結局国連がユニオンを攻撃するまでに答えを出さなかった。

「結論の先延ばしは今まで通り、ね」

 ハルカが鼻を鳴らす。

 日本の自衛隊の中にはアウェイカーを抱える部隊もある。大戦からこれまで、客観的に見れば曖昧な態度ではあったものの、日本はユニオンに対して友好的な国だった。

 ヒカルたちの出身国だから、ユニオンが日本に敵対することはないだろうと踏んでいたのだろう。そもそも、日本国内にはヒカルたちの親戚縁者も住んでいる。

「攻撃が実行されて直ぐはかなり騒いでいたけど、今は何事もなかったかのようね」

 イツキの声に溜め息が交じる。

 ユニオンへの攻撃が実行される前日、当日からしばらくは日本も騒がしかったようだ。政府では議論が続き、メディアなどもユニオンに対しての国の立場の是非を問い、一般人の間にはデモを起こす者もいたようだ。

 だが、その議論が一つの結論に辿り着くことはなかった。そして時間だけが過ぎて行き、今は元通りになりつつある。難民を受け入れた国の一つではあるが、今でもユニオンの是非については曖昧なままだ。

「私たちのところにも、メディアが取材にきたけれどね」

 英雄の親戚であるイツキの家や、ジンたちの実家には報道陣が押し寄せたこともあった。意見や心境をしつこく問うメディアに対して彼らは堂々とヒカルたちの判断を肯定した。

「まぁ、私たちが浮いてしまうのはもう仕方がないことだから、前とあまり変わっていないと思っていいわ」

 イツキの言う、私たち、にはリョウやヒサメの親類も含まれている。

 例えイツキたちがアウェイカーでなくとも、名の知れたアウェイカーに近しい存在であることに変わりはない。毛嫌いする者もいれば、下心を持って近付こうとする者もいる。もっとも、ジンたちの存在を恐れて関わりを持たないようにする者がほとんどだ。

 彼らがいなくなったことで、危うい立場になる可能性はある。今まではヒカルやジンといった有名なアウェイカーが彼らの背後にいるようなものだった。実際、ヒカルやジンたちだけでなく親類たちもそんなことを考えてはいなかっただろう。だが、英雄たちの存在が彼らを特別に見せていたのは事実だ。

 英雄たちがいなくなった今、イツキたち英雄の親族が今後どのような環境に置かれるのか想像できない。迫害されるかもしれないし、同情されるかもしれない。

「最悪の事態にはなっていないし、今のところは心配しなくてもいいと思うわ」

 複雑な状況であることに変わりはないが、とりあえずは大丈夫そうだ。

 それを聞いたリョウとヒサメの表情が和らぐ。

「風当たりは強い方かもしれないけれど、ユニオンへの攻撃は強引だって言う意見も日本はまだ多いから」

 ヒカルたちの出身国であるためか、日本はユニオンへの武力制裁に批判的な意見も他国に比べれば多い。それでも、当事者たちに縁のあるイツキらへの風当たりは決して弱いものではないだろう。

「……お姉ちゃんは、これからどうするの?」

 シーナが不安そうに問う。

 以前からイツキはユニオンで暮らしたがっていた。だが、ユニオンがなくなってしまった以上、その望みは叶えられない。

「ここには海外留学で来ているから、これからのことはまた考えるわ」

 イツキはどこか寂しげに苦笑した。

 どうやら、この付近にある大学に留学生として来ているらしい。

「財団の方でアルバイトもさせてもらうことになったし、暫くはこっちにいるから」

 ダスクの下で働くことにもなったようだ。

 会おうと思えばいつでも会える。イツキはそう言っていた。

 身寄りがないも同然のユウキとシーナにとっては身近な肉親が近くにいるというのは素直に嬉しいことだった。特に、シーナはまだ十二歳だ。頼れる人がいると言うのはありがたい。

「それで、みんなの方は大丈夫なの? ちゃんと食事はとってる?」

「とりあえずは、大丈夫だよ」

 イツキの言葉に、ユウキは頷いた。

 今の自分たちの状況を簡単に説明する。財団の出資する学校で寮生活をしていることや、クラスに打ち解けることもできていること、名を変えて暮らしていることなどをイツキに話した。

「そう……」

 目を細めて、イツキは相槌を打った。

「やっぱり、ヒカル兄さんはこうなることを予測していたのね……」

 イツキの声に悲哀が交じる。

 カソウ・ヒカルは、いずれユニオンが滅びるであろうことを予測していたのだろう。

 ユニオンから生き延びたアウェイカー全員分の偽名と偽造身分証を用意していたことが何よりの証拠だ。ユニオンが小さな国だったとしても、そこに住まうアウェイカーの人口は決して少ないものではない。ましてやユニオンに住むアウェイカー全員分の偽造身分証を用意するなど、数日でできることではないだろう。

 国連からの武力制裁が採択された時点から、実際の攻撃までに直ぐ偽造身分証が配布されたということは、以前から用意していたはずだ。

 ユニオンが攻撃される可能性は今まで空襲があったことからも予見できたが、国を崩壊させるほどの大規模攻撃が来るとはユウキも予想していなかった。

 最悪の事態として想定していたのか、それともいずれそうなるだろうと推測していたのかは分からない。ただ、どちらにせよカソウ・ヒカルたちはユニオンが消滅することや、そうなった時、それからのことも考えて準備していたのは確かだ。

「ま、過ぎたことはともかく、問題なのはこれから、だろうな」

 レェンが呟いた。

「ええ、そうね……」

 イツキが頷く。

 とりあえずは、目先の問題を考える方が先だ。ファントムという不穏な存在が動いている以上、ユウキたちの当面の問題はそれと関わるかどうかだ。

 ファントムがアイオ・ライトをカソウ・ユウキと知っている以上、恐らく近しい者たち、特にリョウとヒサメのことは知っているだろう。ユニオン屈指の戦力として知られていた三人の生存が周囲に知れ渡れば、世界にとっては少なからず問題となるだろう。ファントムという存在が謎に包まれている以上、彼がどう動くか分からない。

 あの口ぶりではユウキの生存はすでに知っていたか、確信を持っていたのは間違いない。ファントムがそれを口外しているのかどうかが問題だ。誰かに知られているとしたら、事態は思っている以上に深刻だ。

 噂話として一般人にそういった話が広がっていないところを見ると、ファントムが口外している可能性は低いという見方もできる。だが、知っていない者がいないとは言い切れない。ファントムに与する者は知っていると考えるべきだ。

「私は、勧めないわ」

 真剣な表情でイツキはそう告げた。

「それは、危険だから?」

 ハルカが問う。

「ええ。だけど、それはただ危険だからってわけじゃないわ。あなたたちがこれから先、生きていくために危険だからよ」

 イツキの言葉に、ハルカは僅かに眉根を寄せた。

 ハルカは、彼女の真意に気付いたようだった。それは、同時にユウキたちもだった。

 ただ単純に危ないと思っての意味合いもある。だが、ユウキたちは仮にも英雄たちに師事を受けて育った。戦う力ならばこの世界でも有数のものを持っているのは周知の事実だ。得体の知れない者が相手でも、遅れは取らないだろう。

 そう、戦うだけならば。

 戦って負けるかもしれない。危ない目に遭うかもしれない。そんな心配はユウキたちにはあまり意味がない。確かに負けて命を落とす可能性はある。だが、生き延びる可能性はそれ以上にあるだろう。そう思わせるだけの実力は全員持っているつもりだ。

 しかし、戦うということはユウキたちの生存を周囲に知られる可能性を高めることになる。周囲に知られること、それ自体が危険なのだ。

 アウェイカーが世界の敵となったこの状況下で、ユウキたちの生存が知られてしまったら。

 世界にとってユウキたちは危険な存在と見なされる。ユウキたちは世界を敵に回して戦うことになるかもしれない。たとえそれが世界とは関係のない存在との戦いだとしても。

 ファントムが世界を味方につけて戦うかどうかは分からない。ユウキたちはファントムだけを敵と見なして戦うかもしれない。だが、世界はユウキたちを敵と見なして攻撃してくるだろう。そんな中でファントムと戦えるのか、そもそもユウキたちに生き延びる道があるだろうか。

 無い、とは言い切れない。だが、可能性が低くなるのは避けられないだろう。

 少なくとも、今よりも辛い生活になっていくであろうことはユウキたちにも想像できた。

「このまま生きていくことよりも?」

 リョウがイツキを見る。

 ファントムと関わらず、このまま英雄の子どもたちであることを隠して生き続けることに危険がないとは言えない。

 重要なのは、ファントムがユウキの生存を知っていることだ。このまま生きていくことは一見すると安全にも思えるが、ファントムの存在がそれを不安定にさせる。ファントムがユウキたちを放っておいてくれるならいい。だが、そうではなかったら。世界に存在を知らせてしまっていたら。

 ユウキたちは無防備な状態で世界に狙われることになる。暗殺を計画されるかもしれないし、公に発表されて追い立てられるかもしれない。

 そうなる前に、こちらから戦いに臨む方が対応はしやすいかもしれない。

「少なくとも、私はそう思うわ」

 彼女の視線を見返して、イツキは言った。

「平穏な生活を続けて欲しい、っていうのもあるけれどね」

 どこか哀愁のある笑みを浮かべて、付け加える。

「ま、意見を全員一致させる必要はないよな」

 ユウキを見て、レェンが言った。

 全員でファントムに関わる必要はない。考え込むユウキに対して、レェンが言ったのはここへ来る前にユウキが皆へ告げた言葉と同じものだった。

 ファントムに関わらずに暮らす道を選びたければ、それでいい。関わりたい者、戦おうとする者だけが財団と協力して動けばいい。

「そう、だよな……」

 ユウキは小さく頷いて、表情を少しだけ和らげる。

「気負い過ぎなんだよ」

 そう言ってレェンが笑う。

 ユウキはリーダーではない。それはユウキ自身も分かっている。

 ただ、ファントムの出現やライズとの接触はユウキに対して行われた。そのせいか、自分が物事の中心にいるような気になっていたのだ。事実、ユウキは中心にいる。とはいえ、それはリョウやヒサメ、ハルカたちにも言えることだ。

 ユウキの結論がすべてではない。ユウキがすべてを決断する必要はない。

「読みながら、考えるよ」

 本を手に、ユウキは言った。

 今直ぐ答えを出す必要もない。

 そうして、ライズとイツキの見送りで財団を後にした。

 雑談をしながら寮へ戻り、解散する。考えるのは皆一人一人だ。

「お兄ちゃん、それ私も読みたいな……」

 バッグから本を取りだしたところで、シーナが言った。

 ユウキと同じで、妹のシーナも父の書いた物語を読んだことがない。

「ああ、俺が読み終わった奴からでいいか?」

 シーナが頷くのを見て、ユウキは本の表紙に目を落とした。

 蒼光、という表題が蒼い色で書かれているだけのシンプルなものだ。白い紙に筆で殴り書きされたような蒼い文字は、どこか荒削りな、しかしどことなく繊細に見えた。

 ベッドに横になって、ページをめくる。

「この物語は、あの時の戦いを私に出来る限り忠実に綴ったものである。私以外の人物の心情が必ずしもここに書かれた通りであるとは言えない。あくまでも、私の主観で綴られたものであることを先に述べておく」

 初めに、と題されたページには、そう書かれていた。

 律儀だな、と苦笑しつつ、ユウキは物語を読み始めた。

 書かれていたのは、ダスクの言う通りカソウ・ヒカルから見た大戦だった。

 本来なら勧誘されるはずが、様々な行き違いが絡み合い、命を狙われてヒカルはアウェイカーとして覚醒した。襲われた恐怖と不信感から、ヒカルはVANの誘いを拒む。それは敵対という意味ではなく、ただ単に放っておいて欲しいという程度のものだった。少なくとも、ヒカルにとっては。力を持つ者が全力でヒカルを殺そうとする。そんな、並々ならぬ殺意や敵意を向けられたが故に、ヒカルは平凡な暮らしのありがたみを実感していた。何の変哲もない、つまらないと思っていた日常が、とてつもなく大切なものになっていた。

 レジスタンスに属するクラスメイトと、それを追って同じクラスメイトとして潜入していた敵との戦いで、ヒカルは敵にとどめをさすことができなかった。

 敵意を向けてくる敵の命を奪うことさえ、ヒカルは躊躇っていた。だが、その躊躇いが身近な者を危険にさらしてしまうのだと、身をもって知った瞬間、ヒカルはその躊躇いを捨てた。命を狙われた親友のヤザキ・シュウを救うためだけに、ヒカルは自身の寿命さえ削るバーストを使ってまで戦った。

 そして、その時の一件がVANとの溝を深くしてしまったのも事実だった。

 ヒカルに想いを寄せていた少女が、次の標的となった。告白されて、戸惑いながらもヒカルが付き合い始めた少女は、彼がアウェイカーであることを知って困惑する。彼女とのデートの際にVANからの襲撃を受けたヒカルは自分が力を持ち、命を狙われているということが知られるであろうことを承知の上で戦った。それが彼女を守ることにも繋がると思ったから。

 もし拒絶されたなら、遠ざけてしまった方が安全だと思ったのだ。だが、少女はヒカルを受け入れた。ヒカルは彼女を守ろうと決意するが、少女はVANに殺されてしまう。

 ヒカルは自分の認識の甘さを痛感する。彼女を守ると言いながら、警戒を怠っていた。

 苛立ち、心を乱されVANに復讐しようとするヒカルを、ハクライ・ジンが止める。ジンの力に手も足も出ずに敗北したヒカルは、冷静さを取り戻す。

 そうして、ヒカルはVANでもなく、レジスタンスでもない、第三者として戦い始める。

 転校生や家族の知り合いとして近付いてくるVANの刺客を、ヒカルは払い除ける。ヒカルの保護者だった叔父は、アウェイカーの存在もVANも知っていた。

 そもそも、ヒカルの両親がアウェイカーだった。ヒカルの両親はVANの勧誘を拒み、敵と認識された。VANの襲撃で家族を失った二人は、降りかかる火の粉を払いながら、二人の子を育てた。ヒカルが八歳になろうという頃、両親はVANを壊滅させることを決意し、たった二人だけで戦いへと赴く。組織を壊滅状態に追い込み、VANの長さえも追い詰めた二人だったが、奮闘も空しく命を落としてしまう。

 叔父は、事情を知りながら、何も知らない一般人のフリをしてヒカルとその兄を育ててきたのだった。ヒカルの兄は、ヒカルが戦っている最中にアウェイカーとして覚醒した。だが、兄はアウェイカーのことを良く知るためにはVANが適しているという結論を下し、ヒカルが敵対するVANへと渡った。

 VANが表舞台に立つ、宣言の日、世界は大きく変わった。

 教科書などにも書かれていることだが、この日が実質的に大戦の争いが本格化した転機だ。

 世界中のレジスタンス、大物政治家など、VANに対して厄介な存在のいるあらゆる場所でクーデターが起きた。VANの蜂起と共に、戦火は急速に拡大していく。水面下での戦いが表層に現れ、今まで秘密裏に準備や処理されてきた手順がなくなる。人気のなくなった夜が中心だった戦いも、昼、街中で人通りがあったとしても唐突に始まる。一般人の多くが巻き込まれ、命を落とした。

 ヒカルの身の回りでも、そうだった。

 両親の死の真相を知り、VANと戦うことを決意したヒカルが、通っている高校を退学しようか真剣に考えている時だ。高校にVANが襲撃を仕掛け、ヒカルは仲間と共に応戦し、自分がアウェイカーであることを周りに知られてしまう。そのまま高校を去り、ヒカルは戦い始める。

 VANの中からヒカルを見つめていたセルファ・セルグニスは、任務でヒカルに接触するダスクと行動を共にして組織を抜け出す。

 それは自分の家を捨てるのと同じだった。だが、セルファにとってVANは息苦しい場所になっていた。長の娘としてまるでお姫様のように扱われ、心を許せる友人のような者はいない。唯一、ダスクとリゼだけがセルファにとってまともに話ができる相手だった。愛情を求めても、両親から安らぎを得ることはできなかった。娘であることを認知しつつも、親として振る舞うつもりのない父と、ひたすら自分の目的のために動いている母。

 疎外感を募らせていたセルファの目に止まったのは、自分の思いに正直に生きようとするヒカルの姿だった。それまでも反抗心から各自のレジスタンスにVANの情報を密かに流していたセルファは、ヒカルに惹かれた。ヒカルもまた、時折意識を繋げて言葉を交わすうち、セルファに惹かれていった。

 望めば何でも手に入るであろうVANを捨てる決心が着いたのは、セルファの求めるものが物質的なものではなかったからだろう。

 ヒカルと共に歩む。その中に、セルファの求めるものがあった。

 セルファを受け入れたヒカルの叔父夫婦の持つ家族の温かさ。セルファに対するヒカルの想い。たった、それだけで、セルファは満たされた。

 家族や友人、想い人との穏やかな時間が、セルファが本当に欲しかったものだった。たとえそれがどんなに短い時間だったとしても、その時間を作るために、そのひと時をこれから紡ぎ出すために、戦うには十分な理由になった。

 共に戦う仲間を失いながら、肉親さえも敵に回しながら、ヒカルは戦い続けた。

 戦いの中で瀕死の重傷を負ったヒカルを、セルファが必死に命を繋ぎ止め、救う。セルファが敵の攻撃を受けて衰弱し、その攻撃を止めるためにヒカルが全力で敵を殲滅する。

 レジスタンスにいた元クラスメイトの少女が、ヒカルの兄と戦って致命傷を負う。死に際に明かされた密かな好意に、ヒカルは応えなかった。自分にはセルファがいるからと、この場限りの嘘であっても、自分を偽りたくはないのだと。

 やがて、ヒカルは度々バーストをしていた自分の寿命に限界がきつつあるのを悟る。

 VANとの戦いはシュウの提案でゲリラ戦をしていた。各地を転々とし、VANの部隊を襲撃する。あるいは、放たれた追っ手の部隊に対して奇襲を仕掛けて殲滅する。そうやって、VANの戦力を徐々に削ぎ落とし、弱ったところで本陣に攻め入る。少数であることを考慮した慎重な作戦だ。戦力がヒカルとシュウぐらいしかいなかったからこその作戦でもある。

 VAN本部に対して攻め入ったとして、いくらヒカルとシュウが奮闘したとしても戦闘能力の低い仲間たちを守り切れるかどうか危うい。ヒカルとシュウだけ生き残っても意味がないのだ。だから、レジスタンスの存在なども最大限に利用する戦法をとった。

 レジスタンスや世界各国の軍隊がVANに総攻撃を仕掛けるタイミングまで、ゲリラ戦をしようというのだ。ヒカルたちだけでVAN本部に乗り込むのは無謀だったから。VANの戦力をヒカルたちも削いでいくことで、そのタイミングを早めることを狙っていたのだ。

 だが、そのための時間がヒカルにはなくなりつつあった。

 バーストはできてもあと一度きり。セルファの力が感じ取った寿命の消費量から、ヒカルはそう計算した。

 VANの長は当時最強のアウェイカーであったのは間違いない。そんな人物を相手に、奥の手であるバーストを使わずとも勝てるとはヒカルにも思えなかった。

 だから、ヒカルはレジスタンス、ジンの下に向かった。かつて四天王と呼ばれた四人の下でヒカルは修練を積み、ついにはバーストせずともジンを圧倒する実力を付ける。

 そして、レジスタンスを味方にVANの本部に攻め入った。

 立ち塞がる敵をレジスタンスと仲間に任せ、ヒカルとセルファはVANの本部でダスク、リゼと対峙する。VAN屈指の実力者でもあるダスクを圧倒する力を見せたヒカルは、ダスクを殺さなかった。

 ダスクは、ヒカルが覚醒したその時から、VANの中で彼を擁護し続けた。放っておいてやれと、手を出すことの方が危険だと、そう言い続けてヒカルを守ろうとしていた。何故なら、ダスクの望む生き方は、ヒカルのそれととても近いところにあったから。

 当然、VANはヒカルを無視できなかった。VANに属するダスクもまた、ヒカルと対峙せざるをえなかった。

 ヒカルは、そんなダスクを説き伏せて、和解する道を選んだ。

 そして、ヒカルはVANの長、セルファの両親と対峙した。

 激しい戦闘はヒカルにバーストを強いた。無制限にバーストできる敵を相手に、ヒカルは寿命を使い尽くし、膝を着く。

 敵は、それを狙っていた。長は自分を倒せる可能性があるのはヒカルだけだからと、直接手を下さず、最悪でも自分との戦いの中でヒカルが寿命を使い切るように仕向けていたのだ。

 今まで犠牲になったすべての命が、ヒカルを殺すためだけに散っていった。

 力の使えなくなったヒカルを、セルファが守る。それぞれの敵を倒してきた仲間たちが、二人を援護した。

 ヒカルは、セルファの持つ力を、彼女の命の一部を文字通り貰うことで再起を図った。力の制限を一つだけ取り払う、彼女の持つ力が、不可能と思える生命力の譲渡を可能にした。

 生命力、心の一部を受け取ったヒカルは、セルファの想いに触れた。孤独、寂しさ、疎外感、求めたものが手に入らないと知ってしまった諦め。やがて見つけた希望の光と、共に歩み始めて知った人の温もり。

 彼女の抱える何もかもを、ヒカルは受け入れた。

 分け与えられたセルファの力は、ヒカルにVANの長と同じ、無限バーストを可能にさせた。

 そして、ヒカルはセルファの両親をその手にかけることで大戦を終わらせた。

 蒼光という物語には、そこまでが綴られていた。

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