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第三章 「見据える者」

 第三章 「見据える者」


 ユウキたちはライズの案内でトワイライト財団の本部施設へと足を踏み入れていた。

 豪勢な建物を想像していたが、実際はどこにでもありそうなオフィスビルだった。建物としては五階建てぐらいだろうか。広過ぎもせず、大き過ぎもしない。高級そうなものがあるわけでもなく、シンプルな内装の廊下や事務室ばかりだ。

 ただ、整理整頓や掃除は行き渡っており、清潔な印象は強い。

 廊下に面したガラス窓越しに、事務室内の者たちがライズとユウキたちを見る視線が時折感じられた。

 最上階の理事長室のドアを開け、ライズが中に入るよう視線で促す。

 これまでの事務室と同じで、豪華そうなものは何一つなかった。大きな執務机と、綺麗に整理された書類と書物の納められた本棚がある。他には、部屋の中央で向き合うように配置された大きめのソファとテーブルがあるぐらいだ。

 その、執務机の向こうに、一人の男が座っている。

 アッシュブロンドの髪に、精悍な顔立ちの白人男性だ。白いワイシャツを身に着けているが、ネクタイなどはしておらず、ラフな印象を受ける。だが、彼の態度のためかどこか気品を感じさせた。

「初めまして、だね」

 男が優しく目を細める。

「君が、カソウ・ユウキか」

「はい……」

 その言葉に、ユウキは頷いた。

「確かに、あの二人によく似ている」

 微笑とも、苦笑とも取れない笑みをダスクが浮かべる。

「あなたが……?」

「ああ、私がディー・トワイライト。そして、ダスク・グラヴェイトだ」

 シーナの小さな問いに男、ダスクが答える。

「……まずは監視していたことを謝ろう」

 そう言ってダスクは軽く頭を下げた。

「当然の反応です。気にしちゃいませんよ」

 ヒサメが苦笑する。

「本当は、会うべきなのかどうか、迷っていたんだ」

 真剣な表情で、ダスクが呟く。

「それは、どういう?」

 ユウキの問いに、ダスクは視線を床へ落とす。

「立ち話もなんだ、座ってくれ」

 その言葉に促されて、ユウキたちはソファに腰を下ろす。

 ライズを含めて十人いるため、五人ずつに分かれて座ることになった。大きめのソファではあったが、全員が座れば空き場所はなかった。

「君たちは、今の世界をどう見る?」

「……安定している、とは言い難いが、不安定、というのも何か違う気がするな」

 リョウの意見は率直なものだった。

 ユニオンという国があった頃よりも、世界は安定しているという見方もできる。アウェイカーの存在を危険視していた多くの国は、ユニオン消滅が世界の安定に繋がると信じているからだ。だが、ユニオンが崩壊したことでアウェイカーたちは自分の故郷を滅ぼされたことになる。アウェイカーたちの存在が世界中に散ったという面では、世界は不安定になったとも言える。ユニオンという国があったために、アウェイカーたちは平穏な生活ができていたのだから。

 とはいえ、公式的にはアウェイカーはすべてあの戦いで命を落としたことになっている。世界中に散ったアウェイカーは、力を持たないただの人間として難民になっているのだ。アウェイカーの多くが生き伸びたことを知っているのは、ユニオン出身の者だけだ。

「いい見解だ」

 ダスクは僅かに目を細める。

「アウェイカーという存在が全滅したわけではないが、ユニオンの消滅は少なくとも多くの者にとっては平穏への第一歩だ」

 恐らく、ほぼすべての人間はアウェイカーが全滅したとは思っていないだろう。

 アウェイカーのすべてがユニオンに住んでいたわけではない。仮に、ユニオンのアウェイカーが全滅していたとしても、この世界からアウェイカーがいなくなるということはない。ユニオンに属さずに暮らしているアウェイカーも少数ながらいるし、何よりアウェイカー犯罪者の存在はユニオンの有無とは関わりがない。

「第一歩、か……まだ何かあるって言いたいんですね?」

 ヒサメの言葉に、ダスクは頷いた。

「少なくとも、私にはこれですべてが終わったとは思えない」

 どこか悔しそうに、ダスクが言葉を紡ぐ。

「この世界を動かしている者たちは、この世界を過去に戻したいと思っているのだろうな」

「過去に?」

 ハルカが釈然としない表情でダスクを見る。

「大戦より前の状態に戻したいのだろう」

「つまり、アウェイカーという存在を世界の表舞台から消し去りたいってわけか」

 レェンはどこか納得したようだった。

 二十年前に表面化した第三次世界大戦より以前の状態、すなわち、アウェイカーが存在しないとされていた状態だ。アウェイカーは大戦によってこの世界に認知されることになった。そして、そのアウェイカーたちをまとめ上げたのがユニオンであり、大戦の終結を導いたカソウ・ヒカルだ。

 過去に戻すということは、アウェイカーという存在を表舞台から消し去るだけではない。存在そのものを否定することでもある。

「少なくとも、この世界のトップたちはアウェイカーを危険なものとしか認識していない」

 そう呟くダスクの表情はどこか悲しげだった。

 ユウキは目を伏せる。

 この世界はアウェイカーを許容していない。そうでなければ、ユニオンに空襲なんてものはなかっただろう。ユニオンが消滅するなどという事態にもならなかったはずだ。世界の半分以上は、アウェイカーを強大な力を持った危険な存在として認識している。

 本人の意思はどうあれ、その力の矛先が自分たちに向けられるのを極度に恐れている。

「悪循環って、気付かないのかねぇ」

 呆れたような表情で、ヒサメが溜め息をついた。

 敵意を向けられるだけならばまだいい。実際の排除行動を起こされたら、アウェイカーも黙ってはいられない。自分の身を守るためにその力を使うのは当然だ。それが結果として敵意を向けてきた相手に同じ敵意を返すことにもなってしまう。そうして負の連鎖が続けば、抜け出すのは難しい。

「それを理解している者も少なからずいたはずだ。だから、今までは本気で攻撃などしていなかった」

 ダスクが苦い表情を見せる。

 抑止論と似たようなものだ。報復される可能性を考えれば、攻撃するのは得策ではない。アウェイカーの力は並の兵器を簡単にあしらえてしまう。そのアウェイカーたち全てが蜂起すれば、大惨事になるのは目に見えている。

「だが、ここにきて奴らはそれをした」

 空襲に敵意がなかったとは言わない。

 ただ、ユニオンに対する攻撃として生ぬるいものであったのは確かだ。世界に対する形だけの攻撃だったという見方は十分可能できる。実際、そういう面もあっただろう。

「人工的に脳をいじって、アウェイカーにされた者もいた……」

 ユウキは呟いた。

 アウェイカーの研究自体はユニオンでも行われていた。だが、ユニオンにおける研究と、他の国でおける研究には決定的な違いがある。

 ユニオンにおける研究の目的はアウェイカーという存在に対して理解を深めるためのものだ。被験者に対しても十分な謝礼が支払われ、非人道的な実験はなかったと聞く。

 だが、他の国における研究は違う。軍事兵器への力の転用であったり、アウェイカーに有効な武装を作り出すためのものだ。非人道的な実験が繰り返されたはずだ。生きたまま解剖された者もいるかもしれない。

 実際、ユニオンを脱出する時の戦いでユウキは脳に手を加えられた人間と戦っている。あの時、ユウキは確かに狂気を感じた。

 科学的な解明などではない、アウェイカーと対等以上に戦うために、世界は研究をしていた。

 アウェイカーの力の源が、人間の脳であることはすでに判明している。脳内の普段使われていない領域が活性化することで人はアウェイカーとしての力を操ることができる。

 ユニオン崩壊の際に使われた電磁波兵器は、その領域に作用する特殊な波長の電磁波を広範囲に展開することでアウェイカーを無力化するものだった。その特殊な波長が脳のメタアーツを司る領域に作用し、力を使っている際に強烈なめまいや吐き気、頭痛といった症状を引き起こす。拒絶反応にも似た症状を抱えたまま、平然と戦うのは難しい。ほとんどの者はメタアーツを封じられた形になる。もし、あのフィールド内で無理に力を使い続ければ、脳への負担も大きいはずだ。下手をすれば何らかの悪影響が後遺症として残る可能性もある。

 その兵器自体も、アウェイカーの脳を用いて作られていた。元々アウェイカーだったものなのか、人工的に培養されたアウェイカーのクローンのものなのかは分からなかった。ただ、あの電磁兵器がアウェイカーで作られていたのは間違いない。

 そして、人工的に脳に手術を施し、強制的にアウェイカーにする実験も行われていた。成功例もあった。

「そこまでする連中が、アウェイカーの全滅という報道を信じるとは思えない」

 ダスクの言葉に、ユウキは表情を曇らせる。

 予想はしていた。事実、一般人の中にもユニオンにいたアウェイカーの全滅を信じていない者はいる。

 アウェイカー全滅の報は、ユニオン住民に対する勝利宣言かもしれない。だが、ユニオンの消滅は電磁兵器の放射する電磁波を国の中心へ一点に重ね合わせることで引き起こした爆発によって行われた。地面を抉り、すべてを蒸発させたあの場所には、死体さえ残らない。

 アウェイカー全員の死体がないのだから、全滅を証明することはできない。ユニオンのアウェイカーたちが偽造身分証で難民に紛れ込めたのには、そんな背景もある。

 ただし、カソウ・ヒカルたち大戦の英雄は爆発が起こる瞬間までユニオンの国内にいたことが監視衛星のデータによって確認されている。

 当然、それが偽装データである可能性もあるが。

「ユニオンのアウェイカーが生き延びたとして、アウェイカーを排除しようという連中は何を考えると思う?」

 ダスクの問いに、リョウが目を鋭く細める。

 同時に、ヒサメとハルカも気付いたようで表情を歪めた。

「……英雄の息子の生死が気になるわな」

 押し黙ったままの三人を見てか、薄く苦笑いを浮かべて、レェンが呟いた。

 監視衛星のデータで確認されているのは前大戦の英雄たちだけだ。ユウキやリョウ、ヒサメのような英雄の子供も死亡したことにはなっているが、監視衛星に捉えられてはいなかった。

 セルファ・セルグニスの力が、ユウキたちの存在を外の目から隠していたのは間違いない。彼女の力なら、監視衛星にユウキたちが死ぬ瞬間の映像を焼き付けることもできたはずだ。

 実際の監視衛星のデータがどうなっていたか知る術はないが、報道の上ではユウキたちは死亡扱いになっている。それがセルファのお陰だというのは、母と同じ力を持つシーナがなんとなく感じとっていた。

 だが、アウェイカーを排除しようとする者たちの中には、メタアーツによって情報が改竄されている可能性を考えない者がいないとは言い切れない。実際、国を丸ごと一つ消してまで排除しようとするような連中なら、考えていてもおかしくはない。

 電磁兵器は確かに効果があった。それを鑑みて、英雄たちは死んだと考えるにしても、逃げ延びた者がいる可能性はある。そう結論付けた時、彼らなら何を一番恐れるだろうか。

 簡単だ。

 英雄たちの力を血として受け継いだ、ユウキたちの生存だ。同時に、ユウキたちによる復讐、あるいは報復を最も恐れているはずだ。

「報復なんて、そんな意味のないこと……」

 ユウキは吐き捨てるようにそう漏らした。

 復讐や報復など、ユウキにとっては無意味なことだ。それで相手を排除したところでヒカルやセルファ、ユニオンが元通りになるわけでもない。ここで復讐に動けば相手もまた同じように報復を繰り返す。負の連鎖が続くだけだ。

「それは、お前だから言える言葉だな」

 レェンが優しく笑う。

 ユウキにはカソウ・ヒカルから受け継いだ強大な力がある。その力の大きさを、ユウキは良く知っている。空襲では住人を守って応戦しているアウェイカーさえ容易く守り、疎まれた。国外からはカソウ・ヒカルの息子として注目もされた。ハクライ・ジンたちの下で鍛練を積めば積むほど、互角に練習試合ができる相手はいなくなった。

 力の振り撒く破壊力も、空襲への応戦で自覚している。

 ユウキの力は単なる破壊力でしかない。すべてを飲み込み、掻き消すことしかできない。他の仲間たちのような、戦闘以外での活用方法はない。

 ただ平穏な生活を望んでいたユウキにとって、注目されることも、戦うことも、イヤだった。くだらない単なる喧嘩でさえ、仲裁のため介入することを躊躇するような人間だ。再び報復される可能性のある報復行動など、論外だった。

 それは恐らく、幼い頃から注目され、強大な力を持ったユウキだからこその思いだろう。

「君たちの思惑がどうあれ、奴らは最悪の可能性を想定して動くだろう」

 ダスクの言葉に、ユウキは歯噛みした。

 最悪の状況、それはつまりユウキたちが報復する可能性だ。

 すなわち、世界はユウキたちの死を望んでいる。

「……君たちと会い、話をすることで、君たちを新たな戦いに駆り立ててしまうのではないかと、不安に思っていた」

 ダスクはどこか申し訳なさそうに言った。

 ユウキたちの中にある疑念を、明確な形にしてしまうのではないか。そして、それがユウキたちの意思を戦いに向けてしまうのではないか。ダスクが危惧していたのはそこだった。

「だが、同時に、これですべてが終わったとも思えなかった私は、君たちを密かに監視させた」

 ダスクの目が真剣なものになる。

 ユウキたちの思いがどうあれ、彼らが生きているという情報が漏れていないとは言い切れない。もし、ユウキたちの生存が彼らを敵視する者たちに知られていたとしたら。ユウキたちが狙われる可能性は、極めて高い。

 ライズは監視であると同時に、護衛でもあったのだ。

「だから、もし、君たちが新たな何かに直面するなら、その時は会おう、と……」

 事態が変わらなければそれで良い。

 だが、何か変化があった時、ダスクはユウキたちに会うことに決めたのだ。

「それは、何故です?」

 ヒサメの問いに、ダスクは少し驚いたようだった。

「何故って、どういうこと?」

 ハルカが眉根を寄せる。

「ダスクさんは俺たちに会う必要がないんだよ。表立ってトワイライト財団がユニオンと組んでいたなんて話はないからな」

 ヒサメの指摘に、ハルカははっとしたようだった。

 裏でユニオンを支援していたとしても、表向きにはトワイライト財団がユニオンを支援していたという話は聞いたことがない。せいぜい、ユニオンに理解を持った財団組織である、ということぐらいだ。直接的にも間接的にもユニオンと関わっていたという事実は存在しない。

 ユウキたちもトワイライト財団という名をどこかで聞いたことはあっても、それ自体について知っていることは無いに等しい。ユニオン内で話題になることもなければ、関わっていたなどという情報も聞いたことがない。

 言ってみれば全くの部外者だ。

「鋭い指摘だな」

 言葉とは裏腹にダスクはどこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 ヒサメの言葉は、ダスクが信用できないと言っているのと同義だった。

「ファントムとシャドウって奴があんたらの身内の可能性もあるからな」

「エンリュウ・ショウの息子だからもっと単純な奴かと思っていたが、考えを改めた方が良さそうだ」

 嫌味をまったく感じさせない口調で、ダスクは呟いた。

「それについては、ファントムとカソウ・ユウキの接触が大きな理由だ」

 表情を真剣なものに一変させ、ダスクは言った。

「ファントムが……?」

 ユウキがダスクを見る。

「私たちは、ファントムを追っている」

 ダスクは、はっきりとそう告げた。

「ファントムを?」

「そうだ。ファントムはアウェイカーでありながら、ユニオンに与さない。そして同時に、アウェイカー犯罪者として追われているわけでもない」

 ユウキに頷いて、ダスクが言う。

 それは、今の世界では異質な状態だった。アウェイカーが安住できる場所は、ユニオンしかないと言っても過言ではない。だから良識のあるアウェイカーたちは皆、ユニオンに参加した。ユニオンに参加しないアウェイカーたちのほとんどは、自分の私利私欲のために力を使い、アウェイカー犯罪者となった。アウェイカー犯罪者となった者たちは世界だけでなく、ユニオンと敵対する形ともなった。

 もちろん、アウェイカーでありながらそれまでと同じ暮らしを望んだ者もいた。アウェイカーであることが周囲に知られていない者はそのままの生活を続けることもできた。潜在的なアウェイカーはユニオンの外にもいただろう。

 ただ、アウェイカーであるとはっきり判明している者は、ユニオンの住人となるか、アウェイカー犯罪者となるかの二択と言ってもいい状況だった。

「ファントムの正体を知っているんですか?」

 ユウキは問う。

「いや……。だが、奴が何かを企んでいるということは知っている」

 ダスクは小さく首を横に振った。

 実際にファントムと会ったユウキには、彼の言葉が理解できた。ファントムの態度や言動には、目的があって動いているのだということを感じさせる何かがある。シャドウがファントムを追っていたことからも、少なからずファントムの行動には何かしらの目的があるのは明白だ。

「ファントムの最終的な目的が何なのか、私にも分からない。ただ、この世界の裏の面を探っていると時折ファントムの存在が見える」

 名前の通りまるで亡霊のように、実態を掴むことができない。だが、ファントムは確実に何かのために世界の裏で動いている。

「少なくとも、世界にとって良い存在ではないだろう」

「なら、シャドウってのはあんたなのか?」

 ダスクの言葉に、レェンが問いを投げる。

 ファントムを追っているのなら、シャドウと同じだ。ダスク自身か、この財団にいる何者かがシャドウとしてファントムを追っている可能性がある。

「残念ながら、はずれだ」

 苦笑を浮かべて、ダスクは言った。

「シャドウは私やその関係者ではないよ。少なくとも、財団の者にシャドウはいない」

 根拠はある。シャドウの力だ。

「俺が見たシャドウの力は、純粋なエネルギーみたいだった」

 ユウキが見た限り、シャドウの力はエネルギーを操るタイプのものだ。アウェイカーに最も多い、精神力を物理エネルギーに変換して操る、エナジーローダーと呼ばれるものに近い。あるいは、同じ精神力を物理エネルギーに変換するタイプのライト系の力かもしれない。

 通常、メタアーツは力の制御を行う力場を展開し、その内部で精神力を固有の力に変換している。力場で精神力をメタアーツの形に変換、制御していると言っていい。メタアーツの実態はこの力場だ。

 周囲へと散って行くメタアーツを力場で閉じ込め、誘導することで動かしている。物理エネルギー以外の能力でも基本は同じだ。リョウは電流と大気を、ヒサメは熱量と冷気を、力場で閉じ込めて制御している。つまり、力の純度を高めれば高めるほど、抑え込むための精神消費は増大する。そして、抑え込む精神力をメタアーツの力の大きさが超えた時、力場を突き破って周囲に力を撒き散らす暴走現象が起きる。

 だが、ライト系と呼ばれるメタアーツは構造が異なる。ライト系に該当するメタアーツは、力場を起点としてそれに付帯するように力が発生する。力場を面や空間として展開する必要がない。点として発生させるだけで、力はその周囲に球体のように生じるのだ。抑え込まねばならない通常のメタアーツと違い、ライト系は精神から力への変換、制御効率が根本的なレベルで高い。抑え込むために意識を割く必要がないからだ。力場に抑え込む必要がない、ということは暴走現象を起こすこともない。

 ただし、暴走現象は一つのリミッターの役割も果たしている。精神力は生命力から生じているものだ。それを消費するメタアーツを使い過ぎることは、生命力、すなわち寿命の消費を速めることになる。生命力が補充する精神力の速度を上回った時、生命体としての根本的な部分が精神力の供給を絶ち、寿命の消費を防ぐ。燃料の供給が途切れることで力場の制御が行えなくなり、その時点で残っていた精神力はすべてメタアーツに変換される。制御不能に陥った力場は、扱い切れない力によって内側から破壊され、周囲に発散される。変換されたメタアーツがすべて発散され尽くすと、アウェイカーは気を失うことになる。

 ライト系には、このリミッターが存在しない。そもそもメタアーツを力場で抑え込んでいない発動形態であるが故に、変換する力の量に制限がない。当然、精神力は変換量に伴い消費も増大する。生命力による精神力の供給速度を上回った時、ライト系メタアーツが引き起こすのは、バーストと呼ばれる現象だ。生命力さえ消費して力を発揮するため、絶大な力と引き換えに寿命を大きく削る。暴走こそしないが、寿命の消費量は極めて多く、一生のうちそう何回も使えるものではない。

「私の力は、知っている者もいると思うが、重力操作グラヴィテーションだ」

 かつての大戦時に第一線で戦っていたダスクは、その力も知られている。

 彼の持つメタアーツは、重力を操るものだ。エナジーローダーやライト系に属するものではない。

 したがって、彼がファントムである可能性は無い。同時に、あの場で隠れてファントムとシャドウの戦いを見ていたライズでもない。

「今のところ、シャドウの目的はファントムの抹殺、のようだ。我々と敵対する意思はないと見ていい」

 ファントムを追っていればシャドウとも出会っていておかしくない。

 シャドウはファントムを倒すことだけを優先に動いている。それは実際に戦いを見ていたユウキにも分かる。メタアーツを使って応戦しないファントムを警戒してはいたが、隙を見せれば殺すつもりだったのは間違いない。

「俺たちがファントムの側につかない限りは、ひとまず敵にはならないってことか」

 レェンが呟く。

「ユウキ、ファントムをどう見る?」

 ダスクが問う。

 ユウキは俯いた。

 あの時出会ったファントムは、不気味な雰囲気を放っていた。ユウキの本能はファントムを危険な存在だと告げていた。

「……俺には、分からない」

 それでも、ユウキには判断できなかった。

 ファントムが敵だと、はっきり言える証拠はない。シャドウが味方だと言える確証もない。結局、ダスクの持っている情報も曖昧なものでしかない。ファントムはユウキを見下しているような口調だったが、殺意などは感じられなかった。

「何か、釈然としないんだ……」

 ずっと、何かが引っ掛かっている。

 ファントムやシャドウとの出会いは、その何かに僅かながら形を与えた。ユニオンがなくなってから感じていた何かが、より気になりだしたと言ってもいい。

「……我々は、その何か、を調べている」

 ダスクの言葉に、ユウキは伏せていた顔を上げた。

「私は、カソウ・ヒカルによって救われた。君の両親のお陰で、私は今を生きていられる」

 大戦の末期、ダスクはヒカルに敗れ、行方不明になったとされている。

「だから、今を生き、彼らの思いを繋ぐ君たちに、私は力を貸したい。君たちがより良い未来へ進めるように……」

 そのために、ダスクは不穏な動きを見せるファントムを探っていたのだ。

「なら、何故こんな回りくどいことを?」

 リョウの疑問はもっともだった。

 恩返しをしたいというのなら、もっと直接的で手っ取り早い方法があったはずだ。ユニオンに表立って協力することで事態を変えることだってできたかもしれない。

「……それは、彼がVANの特殊部隊長だったからよ」

 疑問に答えたのは、ダスクではなかった。

 新たな声の主へ振り返れば、二人の女性が部屋の入口に立っていた。

 一人は黒いスーツに白のワイシャツを身に着けた、財団の関係者と思しき女性だ。タイトなスーツのせいか、スタイルの良さが際立っている。先端を茶色く染めたセミロングの金髪が特徴的な女性だ。

 穏和そうな彼女の表情に、ユウキはどこか母セルファを連想していた。

「彼女を連れてきたわ、あなた」

 女性がダスクに告げる。ダスクは妻へ小さく頷いた。

 そして、彼女の隣に立つ人物を見て、ユウキは目を丸くした。

 腰まで届く艶やかな黒髪に、日本人特有の濃い褐色の瞳の女性だ。青のシャツに、薄青のスラックスを身に着けている。整った顔立ちをしていたが、どこかユウキやヒカルに似ていた。

「イツキ姉さん!」

 ユウキに名を呼ばれて、イツキは笑みを浮かべた。

「心配していたけど、元気そうね」

「でも、なんでここに……?」

 ユウキは困惑しつつ、問う。

 彼女、カソウ・イツキはヒカルの従妹にあたる。ヒカルの叔父夫婦の娘だが、日本で暮らしていたはずだ。

「ああ、すまない。言うのが遅くなったが、私が呼んだんだ」

 ダスクが苦笑した。

「君を呼んだのには、彼女に会わせるためでもあったんだ。せめて、無事でいることだけは伝えておきたいだろうと思ってな」

 ユウキは言葉を失っていた。

 イツキの両親はヒカルの叔父夫婦だが、育ての親でもある。早くに両親を亡くしたヒカルは、叔父に引き取られて育った。ユウキにとっても、叔父夫婦は最も繋がりの強い親戚だ。ユニオンで暮らしてはいなかったから、無事だろうとは思っていた。

 だが、公式には死んだことになっているユウキたちの生存を伝えるわけにはいかない。だから、ユウキは叔父夫婦に連絡を入れていなかった。

「お姉ちゃん……」

 シーナが目尻に涙を浮かべて呟いた。

 イツキは優しく微笑んで、シーナの頭を撫でる。ヒカルの従妹ではあるが、年齢的にはユウキたちの方が近い。ユウキとシーナにとって彼女は、姉のような存在だった。

「辛かったよね……」

 イツキの表情も哀しげに歪む。彼女の目も涙で潤んでいる。

「ごめんなさい、話の途中だったわね」

 滲んだ涙を指で拭って、イツキは苦笑した。

「積もる話は後、先に本題を」

 イツキの言葉に、ダスクは頷いた。

「……もしも、君たちが新たな戦いに臨むなら、私は協力を惜しまない」

 静かに、だが、はっきりと、ダスクはそう告げた。

 新たな戦い、その一言が、ユウキの中で重く響いた。

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