産廃屋のおっさん、魔獣肉を食って少しセンチになる
異世界に来てからも、なぜか「何もしていないのに評価が上がる」おっさんの話です。
今回はちょっとだけ雰囲気を変えて、
騒がしい宴のあとに、ほんの少しだけ静かな時間を挟んでみました。
肩の力を抜いて読んでいただければ嬉しいです。
最近、このあたりの森で異変が起きていた。
木の実が、不作らしい。
その影響で――
「また出たぞ!!」
村に緊張が走る。
森から、魔獣が降りてきた。
毛並みは荒れ、明らかに痩せている。
目だけが、ぎらついていた。
飢えている。
(……どっかで聞いた話だな)
ユージはぼそりと呟く。
どこぞの山でクマが出る、みたいな話。
あれだって洒落にならないが――
こっちは、比べものにならない。
「逃げろ!」
村人たちが散る。
子どもが泣く。
荷が倒れる。
混乱。
その中で――
「っ……!」
小さな影が、転んだ。
幼い子どもだ。
立ち上がれない。
魔獣の視線が、そちらに向く。
(あー、これダメなやつだ)
ユージは舌打ちした。
走る。
考える前に体が動いていた。
子どもを抱え上げる。
「ほら、行け!」
背中を押す。
子どもが転びながらも逃げていく。
――そして。
ユージだけが、残った。
魔獣と目が合う。
(よし、最後の手段だ)
ユージは、その場に倒れ込み、全力で死んだふりをした。
しかし、魔獣はお構いなしに襲いかかる。
(ダメだ、終わった…)
次の瞬間。
一閃。
音が、遅れて届いた。
魔獣の首が、地面に落ちる。
ナーチャンが剣を払った。
「……無茶をなさいます」
低い声だった。
ユージは肩をすくめる。
「ありがとう、助かったよ」
「子どもを庇うためとはいえ――」
「気付いたら体が勝手に反応してたんだよ」
それだけだった。
ナーチャンの眉がぴくりと動く。
「その結果、ご自身が危険に晒されているのですが」
ナーチャンが一歩、詰める。
「ナーチャン、近い近い!」
「ユージ様」
視線を外さない。
「あなたは私たちの――いえ、この国にとって重要な方です」
静かに、しかし強く言う。
「もしものことがあれば、どうなるか……ご理解いただけますよね?」
ユージは頭をかく。
「……わかった、悪かったよ」
一応、謝る。
「次からは気をつける」
一拍。
「たぶん」
「たぶんとは何ですか!」
即座に返る。
「もう少し真面目に――」
「ところでさ」
ユージが遮る。
空気が止まる。
ユージは魔獣を指さした。
「説教もいいけど」
一拍。
「こいつの肉って、食えるのか?」
沈黙。
――数秒後。
「……はい。美味とされています」
「じゃあ決まりだな」
何が決まったのかは、誰にも分からなかった。
⸻
「……随分と痩せていますね」
アルノルトが魔獣を観察しながら言った。
「脂肪は少ない。筋繊維も硬い」
神楽耶が頷く。
「飢えていた個体だ。当然だな」
「食用としては……やや難ありですね」
少し空気が落ちる。
その時だった。
「いや、問題ない」
ユージが言った。
全員の視線が集まる。
「硬い肉なら、やりようあるだろ」
「……やりよう、ですか?」
アルノルトの目がわずかに光る。
「玉ねぎ、あるか?」
「ありますが……」
「すりおろして漬けとけ」
「……?」
「柔らかくなる」
沈黙。
「あと、薄く切れ」
「厚いと無理だ」
アルノルトがすぐに動く。
「……なるほど」
ナイフが走る。
「繊維を断つ方向でスライス……理に適っています」
「焼きすぎるなよ」
「水分飛ぶと終わる」
「……非常に合理的ですね」
ナーチャンが小さく呟いた。
ユージは適当に答える。
「安い肉食ってると覚えるんだよ」
その言葉に、
なぜか全員が納得した。
「あと、内臓は放置しないでキチンと埋めておいてくれ」
「出来れば石灰かけて」
「腐臭は新たな魔獣を呼ぶからな」
「廃棄物の適正処理は産廃屋の基本だぞ」
(いや、俺たちは産廃屋じゃないんだけど…)
しかしまわりの皆は、その言葉を飲み込んだ。
⸻
肉が焼き上がる。
アルノルトが一切れ差し出す。
「試してみてください」
恐る恐る口に運ぶ。
――次の瞬間。
「……おお!」
歓声が上がる。
「柔らかい!」
「うまい!」
「脂がないのに……いくらでも食えるぞ!」
「これは当たりだ!」
空気が一気に変わる。
「おい、もっと焼け!」
「酒持ってこい!」
一瞬で宴が始まった。
⸻
「どうせならさ」
ユージが言う。
「みんな呼んで、盛大にやろうぜ」
少し笑う。
「俺、バーベキュー大好きなんだ」
――結果。
宴はさらに膨れ上がった。
⸻
宴は、思った以上に盛り上がった。
肉は次々と焼かれ、
酒が回り、
笑い声が絶えない。
気づけば、タケシトが勝手に仕切り始めていた。
「さあ始まりました! 第一回、のど自慢大会!」
「いや誰が許可したんだそれ!」
「優勝者には追加肉!」
「やる!!」
一気に参加者が増える。
そのまま流れで、隠し芸大会まで始まった。
(なんでこうなるんだ……)
ユージは苦笑する。
だが、嫌いではない。
こういうのは、嫌いじゃない。
気づけば、日が落ちていた。
焚き火の明かりだけが、周囲を照らしている。
騒ぎは、少しずつ落ち着いていく。
笑い声も、まばらになる。
その頃になっても――
ユージは、変わらず肉を焼いていた。
誰に言われたわけでもない。
ただ、なんとなく。
焼き続けていた。
ぱちり、と火が弾ける。
煙が、ふっと目に入る。
「……っ」
少しだけ目を細める。
その時だった。
じゅう、と音が鳴る。
肉の脂が落ちて、火が焦げる音。
その音に――
手が止まる。
(……唐揚げ)
一瞬。
ほんの一瞬だけ、思い出す。
昼休み。
コンテナの影。
どうでもいい会話。
どうでもよかったはずの時間。
「……ヨーコちゃん、元気にしてるのかな」
ぽつりと、こぼれた。
そして、チクリと胸が痛んだ。
(あの世界に、まだ俺の居場所はあるのだろうか)
⸻
「ユージ様」
ナーチャンの声。
「どうかなさいましたか」
ユージは我に返る。
「ああ、悪い」
肉をひっくり返す。
「ちょっと昔のこと思い出してただけだ」
「昔……」
ナーチャンの胸が、わずかにざわつく。
(元の世界……)
この男には、帰るはずだった場所がある。
だが――
(私は、それを)
思考が止まる。
「……問題はございませんか」
声を落とす。
ユージは一瞬きょとんとしたあと、
にやり、と笑った。
「ん?」
「もしかして」
間を置く。
「俺のこと、心配してくれた?」
「……」
「いやあ、困るなあ」
肩をすくめる。
「モテる男は――」
バシッ!
ボキッ!
「ギブギブギブ!!」
腕が極まる。
「暴力はいかん!!」
「……軽口が過ぎます」
「え、マジで心配してたの?」
ナーチャンのこめかみがぴくりと動く。
「……もう知りません」
踵を返す。
「あーあ、行っちゃったよ」
ユージはぼやく。
「何怒ってるんだ、あいつ」
少し離れた場所で、神楽耶が呟いた。
「……本当に分かっておらぬな」
「何がだよ」
神楽耶は目を細める。
「お主は」
一拍。
「鋭いようで、肝心なところが抜けておる」
ユージは苦笑した。
「そんな器用じゃないんでね」
⸻
焚き火の音だけが、静かに響く。
遠くで、まだ笑い声が残っている。
だが、さっきまでの騒ぎはもうない。
――ただ一人。
ナーチャンだけが、少し離れた場所で足を止めていた。
(ヨーコちゃん……)
胸の奥が、わずかに締め付けられる。
(その人は……どんな顔をして彼の隣にいたんだろう)
視線を落とす。
(ユージ様が、帰るはずだった場所の……)
言葉にはしない。
(……誰なんだろう)
小さく息を吐く。
その感情の名前を、
まだ、知らなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
騒がしいだけで終わらず、
ほんの少しだけ「元の世界」を思い出す回にしてみました。
ユージにとっては何気ない記憶でも、
ナーチャンにとってはちょっと重い話になっているのがポイントです。
連載中の本編もよろしくお願いします。




