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エピローグ:Hello, New World.

数十年後。


王都のスカイラインは、かつての石造りの街並みと、洗練された「魔鋼ガラス」の建築が融合した、この世界独自の美しさを誇っていた。空には蒸気と魔導パルスを併用した静かな飛行艇が行き交い、地上では整備された鉄路が大陸の隅々まで「富」と「情報」を運び続けている。


かつて「全知の設計図」と呼ばれた男、佐々木健太は、いまや歴史の教科書にその名を刻む伝説の人物となっていた。しかし、本人はそんな喧騒から離れ、王都を一望できる小さな丘の上に、簡素な研究室を構えて隠居生活を送っていた。




「先生、この回路のバイパス、これで合っていますか?」


健太の傍らで、一人の少女が熱心にハンダごてを握っていた。彼女はエルナによく似た面差しを持ち、アイリスのような勝気な瞳をした、王国の次世代を担う若きエンジニアだ。


「……ああ、完璧だ。マナの残滓をノイズとしてカットせずに、熱エネルギーに回す発想。それは俺にはなかったな」


健太は白髪が混じり始めた髪をかきあげ、満足げに目を細めた。

彼の机の上には、もはや電源の入らなくなった一台のスマートフォンが、文鎮代わりに置かれている。かつては神の道具と崇められたそれも、今やこの世界の子供たちが自作するデバイスよりも遥かに「低スペック」な骨董品だ。


「技術は、教えるものじゃない。超えられるものだ」

それが健太の口癖だった。




そこへ、賑やかな足音が近づいてくる。


「健太! またこんなところで油まみれになって! 今日は建国記念の式典だって言ったでしょ!」


現れたのは、ゴーレムの身体をさらに改良し、今や人間と見分けがつかないほどの質感と優雅さを手に入れた遥だった。彼女は現在、大陸全土の通信インフラと「デジタル憲法」の守護者として、実質的な世界の管理者アドミニストレーターを務めている。


「遥、そんなに怒らなくても。健太さんはこの丘から街を見るのが一番の楽しみなのですから」


穏やかな声と共に現れたのは、セレスティアだ。彼女は魔力を完全に失った後、大陸最大の「総合大学」を設立し、学長として「魔法学と物理学の融合」を説き続けている。その姿は、かつての峻烈な聖女ではなく、慈愛に満ちた真の賢者のようだった。


「ふん、相変わらずね。でも安心しなさい健太、あんたが作った蒸気タービンの最新型、私がさらに効率を30%上げておいたわよ!」


相変わらずスパナを回しながら、アイリスが笑う。彼女は今や世界最大の重工業メーカーの会長でありながら、現場でボルトを締めることを何よりも愛していた。


そして、最後にゆっくりと歩み寄ってきたのは、女王の座を次代に譲り、一人の女性としての平穏を得たエルナだった。


「健太様。……お茶が入りましたよ。あの、懐かしいココアも」



五人は丘のベンチに座り、夕日に染まる王都を見下ろした。

かつて健太が持ち込んだ「設計図」は、もうどこにもない。人々は自分たちで考え、悩み、新しい答えを日々書き足している。


「なあ、遥。2100年の未来は、今頃どうなってるかな」


「……あっちのサーバーのログはもう見えないけど、きっと大丈夫よ。あんたが送った『不完全な強さ』のデータは、最強のワクチンになったはずだから」


遥は遠い空を見上げて微笑んだ。


この世界に魔法という名の「奇跡」はもうない。

代わりに、病を治すための医学があり、距離を縮めるための鉄道があり、孤独を癒やすための通信がある。すべては、誰かが汗をかき、誰かが計算し、誰かが想いを込めて作った「確かなもの」だ。


「健太様、一つだけ聞いてもいいですか?」

エルナが健太の肩に頭を預け、静かに問いかけた。

「あなたは、この世界に来て……幸せでしたか?」


健太は、ポケットから動かないスマートフォンを取り出し、その漆黒の画面に映る自分の顔を見た。そこには、深夜までコードを書いていた頃の疲れ切った顔ではなく、守るべきものを守り抜いた、晴れやかなエンジニアの顔があった。


「ああ。……これ以上の『正解』はないくらいにな」


健太がそう答えた瞬間。

奇跡か、あるいは最後のリブートか。

長年沈黙していたスマートフォンの画面が、一瞬だけ青白く発光した。


そこに浮かび上がったのは、Project: GAIAからのログではない。

健太がこの世界で出会った、すべての人々の笑顔のデータ。

そして、最後の一行。


『System Update Complete. Current Status: Happy.』


健太は静かに画面を閉じ、愛する者たちと共に、黄金色に輝く新しい世界の夜明けを見守り続けた。


誰にでも、明日を作る権利がある。

それが、異世界に舞い降りた一人のエンジニアが残した、最も偉大な設計図だった。

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