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指先で測る温度

作る許可は得られた。このチャンスを逃す手はない。


カクテルグラスを冷凍庫に入れる。

カクテルピンにマラスキーノ・チェリーを刺し、小皿に乗せ脇に。


マンハッタンのベースウイスキーは――カナディアンかバーボン、またはライ、か。選択肢が多いな。


ウイスキーは奥が深い。中には驚くような価格のものもあって、スタンダードなもの以外は試すことすらできずにいた。


せっかくなら、オレが好きなワイルド・ターキー8年で試してみるか。

ベルモットもいくつかあるけれど、まずはスタンダードにチンザノのスイート・ベルモットにしよう。

バックバーから選んだ二本のボトルを取り出して並べ、アンゴスチュラ・ビターズの小さな瓶を手元に置く。


ミキシンググラスに氷を組む。

今日は練習だ。霜を落とすためのプレ・ステアは水で済ませる。


ステアも、氷を鳴らさず回せるようになった。それが、日々の練習の成果だ。


「ほぅ、だいぶサマになってきたじゃねえか。ようやくいっぱしのバーテンダー、ってとこだな!」


「ちょっ、今は話しかけないでくださいって!」


円運動が乱れそうになるのを、必死で抑え込む。それでも中指の動きは一瞬だけ大きくなる。氷は、なんとか鳴かずに済んだ。


本当に心臓に悪いな……。


「ハン、この程度で集中が切れるんじゃまだまだだな?」


ミキシンググラスにストレーナーを被せ、水を捨てながら心の中だけで毒づく。

とはいえ、マスターの言う通りだ。ステア中にお客様が入店することもあるし、お客様から声を掛けられることもある。

ただの意地悪ではない、ということはわかっていた。


ダメだ、平常心、平常心。

心が乱れるとステアに出る、と思う。多分。

まだそんなレベルではない、必死になってステアするだけの段階だけどさ。


ワイルド・ターキー8年を45ml。

メジャーカップを持つ手に、二か月前――あの、最初の一杯の震える手を思い出す。必死で抑えようとしていたのが、もう懐かしくなる。

表面張力いっぱいに計ったメジャーカップを傾け、ミキシンググラスに注ぐ。


常温のバーボンに触れた氷が、小さくピキ、と鳴る。その音が、なんだか楽しそうに聞こえたのは気のせいだろうか。


スイート・ベルモットを15ml。

目盛のないメジャーカップの中で、半分の少し上のラインを慎重に見極める。もう一度メジャーカップを傾け、注ぐ。


最後に、アンゴスチュラ・ビターズを1dash――材料はこれで終わりだ。


バースプーンを右手に持ち、ミキシンググラスに左手を添え、小指の上に乗せる。

僅かな傾斜を持たせたミキシンググラスにバースプーンを挿し込み、ゆっくりと回していく。


少しずつ回転速度を上げ、二つの液体がミキシンググラスの中で混ざり合う。

琥珀よりも赤く、ルビーレッドよりは沈んだ色合いは――良く知ったはずのワイルド・ターキーから、どんな変化をしていくのか。まだその横顔さえ見せてはくれないままだった。


指先に伝わる冷たさを測る。

マンハッタンの正解なんて、まだ知らない――だから、頼れるのは理屈だけ。


人が一番「美味い」と感じやすい温度は、体温のプラスマイナス二十五度から三十度。冷たい飲み物なら、六度から十二度だ。


季節は秋に向かっている。店の空気も、氷も、夏ほど暴れない。

なら、中心を狙う。八度から十度。

味を知らないなら、なおさら基準から外れないほうがいい。


温度計は使えない。氷も、室温も、湿度も――同じ夜は二度とない。頼りは指先の感覚だけだった。


ダウンライトに照らされた氷が、赤褐色の液体の中で鈍く光を反射して回り続ける。


まだだ。

もう、少し……!


冷やし過ぎた瞬間、女王は死ぬ。

目を閉じて、指先の感覚に意識を研ぎ澄ませる。


分厚いミキシンググラスが冷たさを伝え、結露が始まる。その刹那で、ステアを止めた。


冷凍庫からカクテルグラスを取り出す。

取り出したグラスに小皿に乗せてあったカクテルピンをそのまま滑り込ませて、チェリーを先に迎え入れる。


ミキシンググラスに再びストレーナーを被せ、カクテルグラスに注ぐ。


最後の一滴を注ぎ切る。

ミキシンググラスを持ち上げ、氷が動く音を聞きながらそのままシンクに置く。


赤いチェリーが、赤褐色の液体の底で小さく揺れた。


マンハッタンが夕陽に染まっていく――そんな幻視を、グラスの中に思い浮かべた。

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