スピーチ
「本日は皆さん、お忙しい中お越しいただき、本当にありがとうございます。」
マイクを握ったトモくんが、硬い表情で挨拶をしていた。
もっと堂々としてくれていいんだけどな、なんて思ってると、幹事の杉本さんからヤジが飛ぶ。
「硬いぞ智也ぁ! 硬いのは夜だけでいいんだ夜だけで!」
ドッと笑いが起きて、トモくんが頭を掻きながら笑ってツッコミを入れる。
「うるさいよ春樹! 下ネタばっかり言ってんじゃないよ!」
その後は、緊張もほぐれたのかな? 笑顔のまま、スピーチが続く。スピーチを聴いているみんなの顔にも、笑顔が浮かんでる。
最初、三十人はキツいかな……って思ってたけど。
さっすがチーフ! バッチリ準備してくれて、スムーズに進んでる。
やっぱり、チーフに頼って正解だったな。
無理を言っちゃったけど……これで、少しでもチーフの助けになれたかな? そうだといいんだけど。
そんなことを頭の片隅で考えていたら、拍手が巻き起こる。
トモくんの挨拶が終わったんだ。
次は、私の番――急に緊張してきちゃった……! うまく、喋れるかな?
「じゃあ、新婦のさやかさん! どうぞ!」
マキちゃんの、明るい声が私を呼ぶ。
拍手に包まれながら、マイクを受け取って、振り返る。
……どうしよ、用意してた中身が、全部吹っ飛んじゃった!
「あの……今日は、みんな、本当に……。」
言葉が、続かない。
焦れば焦るほど、頭の中がぐるぐる回って、何も浮かばない。マキちゃんが、心配そうな目で私を見ている。何か、言わないと。
不安に駆られて、みんなの顔を眺めていた時だった。
トモくんが『頑張れ』と小さく呟くように唇を動かす……その奥。カウンターの中から、チーフが微笑んでいるのが見えた。
いつもの、穏やかで、優しくて――どこか、寂しそうな笑顔。
その顔を見た瞬間、胸がキュッと締まるような感覚。
言葉が……自然にあふれてきた。
「今日は、皆さん来てくれて、本当にありがとう。そして――無理なお願いをしたのに、快く受けてくれた、チーフ。ありがとう。私の、ワガママを聞いてくれて。」
言葉は、止まらない。
「どうしてもここで、みんなにお祝いして欲しかったの。ここは、私と、トモくんの始まりの場所。このカウンターで、トモくんから告白されて、私たちは付き合うことになって……。その時も、チーフには無理を言っちゃったね。あの時も、ありがとう。」
トモくんも、その時を思い出したのだろうか。
周りの人に囃し立てられながら、頭を掻いていた。トモくんの、照れた時のクセ。最初は子どもみたいだな、って思ってたけど……今はそれすらも愛おしい。
「最初はね、バーってちょっと怖いかなって思ってたけど。このお店に来て、そんなことないんだな、ってすっごく感じたの。もし、気に入ってくれたら……みんなも、また来てみて欲しいな。きっと、気に入ってくれると思うから。」
パラパラと拍手が鳴る。
マイクを握る手に、自然と力が入る。
「みんなに、私たちの始まりのこのお店で、こんなにお祝いしてもらって……私、今すっごく、幸せ。見ててね。私、これから、もっと幸せになるからね! 今日は本当に、ありがとうございます!」
頭を下げて、気持ちを届ける。
今度こそ、遠慮することのない拍手が私を包む。
トモくんも、満面の笑みで拍手をしてくれていた。
カウンターの中では、チーフが――にこやかな笑顔のまま、手を叩いている。
ありがとう、チーフ。
さよなら。 私の、もう一つの恋。




