貸切営業
「チーフ! お願いっ!」
目の前にいるのは、三井様とその恋人――梶山様だ。
梶山様は両手を合わせるようにして、懇願するような目でオレを見てくる。
貸切営業。バーにとっては、大きな売上が見込める、貴重な機会だ。
だが、問題は人手だ。貸切営業には、最低でも二人、できれば三人のスタッフが必要になる。
今のオレの店では――それは、不可能だった。
このカウンターで三井様が告白され、交際をスタートさせたのが一昨年の十一月の終わり。その後も順調に交際を続け、プロポーズを成功させたのが今月、四月の頭。
この六月には、小さな結婚式を挙げるという。
その二次会を、交際がスタートすることになったこの店で開催したいと言うのだ。
「そう仰いましても……私としましてもお受けしたいのは山々なんですが、その、何せ人手が、ですね……。」
めでたいことだし、オレとしても非常に喜ばしいことなのは事実だ。
会費は五千円、参加者は三十名ほど。十五万は、小箱のこの店からしたらかなり大きい。
喉から手が出るほどに、欲しい売上だった。
「そこをなんとかお願いできないかなぁ、チーフぅ! ホラ、トモくんももっとお願いしてよ!」
「いや、人がいないってんなら、やっぱり無理なんじゃ……。」
「何よ、トモくんはここで二次会したくないの!?」
「いや、そんなことは! オレだって、できることならここでしたいよ! ここからオレたち付き合ったわけだしさ……でも無理なものは、ねぇ?」
三井様が慌てて梶山様に言い訳をしながら、理解の色を示してくれる。
「そうですねぇ……三十名のお客様、となりますと、立食形式でもかなりキツくなりますし……。それだけのお客様となりますと、三名はスタッフが必要になってしまいますので……申し訳ありません。」
「え、三人でできるの!? なら、チーフとマスターと――」
心臓が跳ねる。
どう話題を逸そう、そう思った瞬間。
「イタぁっ!!」
三井様が突然の悲鳴を上げる。
「うお、びっくりした! どうかなさいましたか!?」
「ううん、なんでもないから心配しないで? ねぇ、チーフぅ、無理は承知で、お願いっ! なんとか、ならないかなぁ?」
何故悲鳴を上げた三井様ではなく、梶山様が大丈夫と言っているのかはイマイチ分からなかったが。
とにかく、何がなんでもこの店で二次会をやりたい、というお二人の……特に梶山様のお気持ちは、痛いほど分かった。
三井様は今も何か本当に痛そうに手の甲に息を吹き掛けているが。何故手の甲が赤くなってるんだろうか……。
「うーん……分かりました。お約束はできないのですが。ちょっと、検討させていただけますか? 来週までには回答させていただきますので。」
「ホント!? やった、ありがとうチーフ!」
「あ、いや、まだできると決まったわけでは……。」
「すみません、チーフ……ご無理を言って。よろしくお願いします。」
未だに涙目の三井様が頭を下げる。そんなことより、大丈夫だろうか?
いや本当に何があったんだろ……。




