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ドリップポットを温める光

とはいえ、オーダーはいただけたわけだ。

速やかにカクテルメイクに移る。


「かしこまりました。」


それだけを告げ、カウンターの下に隠されるように置かれていたドリップポットを取り出す。


駅前の焙煎ショップのマスターと開発した、オレのオリジナルブレンドは、隠れた人気メニューだ。

とはいえ、別に今から珈琲を淹れるわけではない。そもそも、珈琲を淹れるなら、サイフォンを使うのがオレのこだわりだし。


水割り用の水をそのままドリップポットに注ぐ。

それを手にしたまま、足音を消すようにしてバックヤードに向かう。

今日の開店準備の時に、隅々まで磨かれた電子レンジを開け、ドリップポットを中に入れる。


沸騰させる必要はない。だから――一分半、でいいか。


レンジのレバーを捻り、オレンジ色の光に照らされながら回るドリップポットを眺める。何故だろう、オレまでが温められているような錯覚を覚える。


やがて、チン、という音と共に庫内のランプが消えた。突然色を無くしたレンジに、オレの顔が映し出される。


――疲れた顔をしているな。

小さく息を吐き出しながら、レンジを開ける。


あの"雪の夜"から一年が過ぎた。

来月には、オレも二十一になる。

去年行くはずだった成人式も、参加できなかった。大学も、まともに行くことができないままでいる。


店を、守らなければならないから。


仕方がない、という諦めと、いつまでこんな生活が続くんだろうか、という終わりの見えない恐怖が、胸の中でせめぎ合う。


考えてもどうにかなるわけじゃないな、と頭を振って、ドリップポットに触れる。


そこには、確かな熱があった。八十度程度だろうか。これなら十分だな。


ドリップポットの取手を握り、厨房の小さな棚からシナモン・スティックとクローブ、そして角砂糖の瓶を手に取り、カウンターに戻る。


工藤さんが、少し驚いたような顔でオレを見た。


「いきなりいなくなったと思ったら、結構な荷物だね! 何を作ってくれるんだい?」


「それはお楽しみ、ということで。間違いなくカッ、となるようなものですよ。」


楽しみだ、と言いながら、おしぼりを揉みしだいていた。


耐熱グラスをホルダーに嵌め、角砂糖を一つ、底に落とす。ドリップポットから少しだけお湯を垂らして、角砂糖をほぐしておく。

ベースのウイスキーは……ジェムソン・スタンダードにしよう。


アイルランドの哀しい歴史に翻弄されながらも、誇りと伝統を守り続けた、気骨のあるブランド。三回蒸留という手間を掛け、熟成樽由来の甘いバニラを思わせる、まろやかで滑らかな味わい。

ブレンデッド・ウイスキーらしい、クセの少ないこの一本なら、抵抗なく楽しんでもらえると思う。


ジェムソンのボトルを手に、キャップのスクリューを回す。それだけで、ノン・ピートのフローラルで、ナッツの香ばしさとスパイシーさが隠れる、複層的なアロマがカウンターに漂う。


そのまま、45mlをグラスに注ぐ。

ほぐされた角砂糖が、琥珀の中にモヤを生みながら溶けていく。

そこに、ドリップポットのお湯を注いで、軽くステア。

レモンをスライスして、果肉にクローブを三つ、刺す。

液面に滑らせるように落として、シナモン・スティックを小皿に乗せる。


工藤さんの前にコースターを差し出し、耐熱グラスの取手をオレから見て左に向けて置く。

その横に、控えめに小皿を添えて――


「ホット・ウイスキー・トディです。少し熱いので、お気を付けて。」


「ホット・ウイスキー……トディ? この、小皿の棒は?」


「シナモン・スティックです。それで混ぜながら飲んでみてください。」


言われるがまま、シナモン・スティックを手に取り、軽くかき混ぜるようにしてから耐熱グラスの取手を手にする。

湯気の立つグラスを、恐る恐る口元に寄せて匂いを嗅いでいる。

湯気が吸い込まれるように鼻腔にたどり着いた瞬間、目を閉じて口元が弛む。


「おぉ、これは……良い香りだな! なんだろ、このちょっと、香ばしい感じ?」


「クローブと、先ほどのシナモンの香りが効いてますよね。もちろん、ウイスキー自体の香りもありますが。」


うん、うん、と頷きながら唇を付けてグラスを傾ける。ズズッ、と音を立てて口に含んだ後、そこまで熱くないことに気付いたのだろう、グラスの角度が大きくなる。


喉仏が上下して、気持ちの良い音がした。


「うわ、面白いな! ウイスキーの、お湯割り?なの?」


お湯割り、か。確かに間違ってないな。


「まあ、厳密には少し違うのかもしれませんが。似たようなものですね。アイリッシュ・ウイスキーを用いたので、角砂糖ではなくハチミツとかにしても良かったんですが。まずは一番ポピュラーな飲み方で、と思いまして。冬場にはあったまりますよね。」


「いやぁ、本当に、これは……おう、なんだか体の中からあったまるね、確かにコイツはカッとくるな!」


ご満足いただけたようで何よりだ。

グラスを両手で持とうとして、あっちい!と騒いでいるのは、まあ、これも愛嬌と思うことにしておこう。


うん、楽しそうで良かった。

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