かじかむ指先
道行く人がコートの襟を合わせ、寒風吹き荒ぶ中、髪を押さえて歩く姿が目に付く。
あんなに辛かったはずの夏の暑さを、心のどこかで懐かしく思う。
十五分間の出勤時間が、やけに長く感じる。
「うぅ、さっびぃい! こりゃ、今夜はホットカクテルも出るかな……。」
声は小さく、唇から漏れ出たと同時に風の音にかき消される。奥歯がガタガタとぶつかり合う音が頭蓋に響く。
辿り着いた店の鍵を、震える指先で開ける。
業者が置いていってくれた、真新しいおしぼりの束を、二つ。小脇に抱えたまま、バックヤードに滑り込む。
二十四時間回り続ける、働き者の換気扇の音だけがオレを出迎えてくれた。
店内の空気は冷たく、研ぎ澄まされた刃のように肌を刺す。
それでも、風がない。
その一点だけで、外よりは随分とマシに思えた。
指先の感覚は、もう既にない。先程までの風が、すべての体温を奪っていったように感じていた。外気にさらされていたおしぼりも冷たい。
今日は少し時間に余裕がある。
暖房はまだ入れられないにしても、指先の感覚を取り戻してから仕事に入ろう。
カウンターに進み、抱えていたおしぼりの束を袋ごと床に下ろす。
身体を起こしながら、シンクの排水口にカバーを嵌め、そのまま蛇口を捻る。
少しだけ、冷たい水を吐き出してから、給湯器に温められたお湯がシンクに溜まっていく。
視界を遮るような湯気が、周囲に立ち込める。袖を捲り、お湯を止めて一気に突っ込む。
一瞬だけ。
荒れた指先、その小さなヒビ割れにお湯が侵入し、刺すような痛みが襲う。
腕が跳ね、痺れが広がる。
――あぁ、温かい……。
じわじわと沁み込むように、指先がほぐれていく。痺れも、すぐに消えた。
感覚が戻ってきて、このままお湯に浸けたまま過ごしたい。そんな欲求が湧いてくる。
それでも、ほうけていたのは数秒のことだった。
未練を断ち切るように、シンクのカバーを外してお湯を抜く。温め過ぎたら、離れられなくなる。
蛇口の横にあるハンドソープを、手指に揉み込むようにして、念入りに洗う――痛みは、無視した。
もう一度、蛇口を捻る。
今度は、すぐにお湯が流れる。泡を洗い流した後、指先を振って水滴を飛ばす。
床に置かれたおしぼりの袋を破り、取り出した真新しいおしぼりのビニールを開ける。指先まで綺麗に拭う。
さあ、そろそろ今夜の準備を始めよう。
ホットカクテルも出そうだ、今日はバックバーのレンジもしっかり掃除しておかないとな。
シンクの下の、おしぼりの回収ボックスに投げ入れる。
白いおしぼりに、小さく赤い染みが残されていた。




