ウワバミとダイキリ
なんだろう……何かを言いたいのに、迷ってる気がする。小さな不安が胸に宿る。
だが、カウンターの中で動揺を見せるわけにはいかない。不安に蓋をして、飲み干されたダイキリのお代わりを作る。
四戸さんはウワバミである。潰れる心配は要らない。
ただし、声がデカくなる悪癖があるので、そこはコントロールしないとな。心に秘めながら、新しいカクテルグラスを取り出す。
取り出したグラスを冷凍庫に入れる。
シェーカーに氷を落として組み上げていく。
バカルディのホワイト・ラムを45ml。
ライムをスクイーザーに押し当て、搾る。15ml。
四戸さんの好みに合わせて粉糖を2/3tsp、ほんの気持ちだけ甘さを控える。
ストレーナーを被せ、キャップを嵌め、作業台に二回、打ち付けてわずかな空気を逃す。
カウンターに座り、酒を求める人がいるなら。
それはオレにとって大切なお客様だ。たとえそれが四戸さんだとしても。
肩の位置に構えて。
世界から切り離される感覚がする。
急速に周囲の音が消えて――シェーカーがリズムを刻み始める。
粉糖をバカルディのホワイト・ラムに溶かすため、スタンダードなシェイクよりもわずかにハードに。
でも氷が砕けないように、手首のスナップを効かせて。
触れる指の温度が、急速にシェーカーに奪われていく。その温度と、氷が中で前後する音で、完璧なタイミングを測る。
スローダウンしたシェーカーを下ろして、キャップを外す。
冷凍庫に入れていたカクテルグラスを取り出す。
シェーカーの中身を注ぎ……最後の一滴を見届けて、持ち上げる。突然動かされた氷が、鳴くような音を立てて底に落ちた。
――残響。
注がれたダイキリを、空いたグラスと入れ替える。
「お待たせしました、ダイキリでございます。」
「……あ、ああ。あんがとよ。」
ほうけたように口を開けたまま、グラスに手を伸ばす。
「その、なんだ……。さっきも見てて思ったけど……すげえな、お前。キまってんじゃん、なんかマジでプロのバーテンダー、って感じだな。」
四戸さんに言われるとめちゃくちゃこそばゆくなるな。
「この夏には二年になりましたしね、コレ始めて。ていうか、四戸先輩こそ。よくダイキリなんて知ってましたね?」
四戸さんは普段黒霧島のロックオンリーである。
一度飲み会の幹事を任された時、黒霧島の置いてあるお店、という指定を受けたくらいだ。
二杯目のダイキリを、そのひと口目を飲み込んだ四戸さんが、ムキになって言い返してきた。
「バッキャロおめぇ、オレだってこういう店に行ったことくらいあらぁな!」
「普段あの駅前の居酒屋ばっかりのくせに?ウチの学生御用達の。」
薄い目で見つめてやる。
「ゔっ……いや、本当はお前の顔見に来るのに、調べたんだよ……わりぃかよ……。」
威勢のいい言葉の割に、声はだんだんと小さくなっていく。
妙に素直なところは、歳上のくせに可愛いと感じてしまう。
四戸さんのくせに。
「いや、でもコレうまいな!ナンボでも飲めそうだわ!」
「ダイキリが美味しいのは賛成ですが、それ度数高いんですからね?そのペースで飲めるのは四戸先輩くらいなもんですよ。」
二杯目のダイキリは、もう半分程が四戸さんの胃袋に消えている。
ホントどうなってんだ、この人の肝臓の処理能力は。
「そういや、こないだの試合はどうだったんですか?」
先日の日曜日には所属している地域リーグの試合があったはずだ。
来れたら来いよ、とは言われていたが――行きたい、行かなければならない場所があったので顔を出せなかった。
まあ、行っても選手として出場は無理なんだけど。
「ああ、何とか勝ったぜ。つっても、最初人足りなくてな。試合できるかそっちのがヒヤヒヤしたぜ!キックオフん時になってやっと九人だぜ?」
「良く勝ちましたね、それで。」
「いやそれがな?向こうも一人足りなかったみたいでよ。んで、こっちは遅れて二人来てくれてよ、揃ってからは余裕だったわ。まあ、向こうはリーグでも最下位のチームだったし、みんなメタボのおっさんばっかりだったからなぁ。
まぁ順当勝ちってとこよ。」
地域リーグの、それも下位のチームなんてみんなそんなもんだ。
趣味と健康のための運動が主な目的、というチームも多い。
「じゃあまあ、なんとか上位はキープしてる、ってとこなんですね。良かったじゃないですか。」
もう顔を出せないとは言え、所属していたチームが勝ってくれるのは正直に嬉しい。
そんな言葉をかけた瞬間、四戸さんの顔からスッと表情が消える。
「なぁ――もう、サークルには顔出さないのか?」




