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来襲

バーは十人の常連がいてくれれば成り立つ、と言われている。


常連さんが落としてくれる売り上げが、どれだけバーにとっての生命線かを示す言葉だと思う。

立地や規模によっても変わってくるから、それが全てとは言わない。だが、常連のお客様によって根本が支えられる、という点で正しいことは事実だ。


とは言え、もちろんたくさんの人に来て欲しい、というのもバーテンダーとしての本音だ。


どんな綺麗事を述べたって、こっちも商売なんだ。ボランティアじゃないんだから、売上も上げたい。

何より、とにかく今は金が必要だ。


とはいえ、バーが落ち着いた、大人の隠れ家である以上。いらしていただくのは誰でもいいってわけじゃない。あまり騒がしいお客様には、いらして欲しくないのも事実だ。


例えば、今目の前にいるこのお客様とか。


「で、チーフぅ?」


「勘弁してください……四戸先輩。」

 

最悪だ……見つけて欲しくない人に見つかった。この人は、大学のサッカーサークルの先輩。

とはいっても、サークルにはもう全く顔を出せないでいる。


店に出なければいけないからだ。


まあ、どうせもうサッカー選手としては、以前の怪我で完全に終わった身だ。プレーヤーとして参加している、というよりは、賑やかし要員みたいなもんで。

たまに顔を出しては軽く身体を動かす程度だった。


中学時代、あの日まではずっとサッカー漬けだった。

ひたすらボールを追いかけて、走り込みと足元の技術の向上。こう見えても、地域のトレセンに召集される程度には、期待もされていた。

 

中学二年の冬――突然、それが終わった。


先輩の引退式を終えて、新しくオレたちの代でのチーム作りを考え始めた頃だった。


シュート練習で、脚を振り抜いた後だった。

バチン、と、何かが切れる音がして。抑えきれない痛みは、その音の後にすぐに襲ってきた。

手術自体は上手くいったけれど、二度と本気で走ることはできないと言われた。


全てを失った抜け殻みたいに、しばらくは無力感に苛まれて、とりあえず高校へ進学し、その後も色々あったけれど……結局オレは、絵を描くためにこの大学に進んだ。


膝の痛みも幾分かマシになってきたこともあって、軽い運動のつもりで大学のサッカーサークルに足を運んだ。

四戸さんはそこの副部長。気安く声を掛けてくれて、オレが少ししか走れないってことを知っても、無理しねぇで楽しくやろうぜ、って声を掛けてくれた。

気に入られたのか、色々連れ回してくれたりしていた。


一緒にいると楽しくて、粗野なところが気取らなくて、冬場の炬燵みたいな人だ。蜜柑の華やかさは足りないが。

そういや、入った直後にサークルなのに副部長なんすかって聞いたら、アイアンクローを食らったな――あれだけは今でも解せぬ。


「サークルにも授業にも顔を出さないで……バーテンダーやってるのは聞いてたけどさ。なんだ、随分と洒落た店じゃないかよ!」


楽しそうにバックバーを見渡しながら、グラスを指で摘む。


「こんな洒落た店なら、女の子と来たりしたらめちゃくちゃポイント高いじゃねぇかよ。もっと早くに言えよお前ぇ! んで、チーフだって? こりゃなおのこと鼻が高いなぁオイ!」


片手にダイキリのグラスを持ち上げながら、ニヤリと片頬を上げる。


「だから……勘弁してください、四戸先輩。大体、連れて来れる女の子なんてどこにいるんですか。」


小さく息を吐き出しながら、試験で顔を合わせた時に愚痴をこぼしていた、仲間の悲痛な声を思い出す。


「山岡が前に言ってましたよ、また四戸先輩がフラれたっつってヤケ酒に付き合わされたんだって。そもそも二人しかいない店で、チーフも何もないですよ。名ばかりのチーフなんですから。」


明かり取りに設けられた窓の外が、夜の訪れを告げる。

少しずつ日は短くなり、寒さを感じる日も出てきて、水仕事には我慢が必要になるこの季節。


開店したばかり、口開けの四戸さんはキッツい。

いや、別にこの季節じゃなくてもキツい。間違いない。幸いなのは、まだ他にお客様がいらっしゃらないことだろうか。


「二人って、お前、一人しかいねぇじゃん。つーか山岡のヤロウ、余計なこと言いやがって。あとでシメてやらなアカンなあいつは!」


……痛いとこ突くな。


「マスターは今日はお休みいただいているんです!」


付き合いがあるからか、つい言葉が強くなる。

いかん、ここではプロなんだ。冷静にならないと。


「休み、ねぇ……。」


四戸さんが小さく息を吐く。

持ち上げたグラスを一息に飲み干す。

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