異名再び
「そちらは、本日の気温やお客様――相当バーに慣れた、それも恐らくはご同業の方。その一杯目、ということを考慮しまして、少し調整をさせていただきました。」
「さすがに……バレたか。」
「少し観察すれば、そう難しいことではありませんよ。」
そう言って、小さく肩をすくめてから続ける。
「私としては、今、お客様にお出しする一杯なら……このバランスが最適なものと考えております。ただ、お好みによっては、少しだけ度数が高いと感じられる方もいらっしゃるかな、と思いまして。お好みに調整していただければと。」
お客様の目が見開かれる。
ほんの僅か、その表情のまま固まったかと思うと。
それまで香りを嗅いでいただけのそのグラスを傾け、一口。
そのまま、口腔内で確かめるように味わった後――喉仏を上下させる。
グラスがコースターに置かれるのと、長い溜め息が漏れるのはほとんど同時だった。
「……素晴らしいね。香り、酒の強さ、味わい、そして何より、この温度――うん、見事。最高のバランスだね。暑い日の一杯目には確かにピッタリだ。」
ニヤリ、と音が聞こえるような笑みを浮かべたと思うと。
「――流石は、"バーテンダー潰し"だ。」
思い出したくもない異名を突き付けられた。
……やっぱりな。嫌な予感が当たった。
「いえ。お気に召していただけたのでしたら幸いでございます。」
褒められてるんだか貶されてるんだか……モヤモヤとした気分を腹の中に押し込むには、幾分かの努力が必要だった。
そんな時、蝶番がお客様をお出迎えする音が聞こえる。
「よっ、チーフ!あら珍しい、先客か!」
…………来たな元凶め。
「いらっしゃいませ。」
挨拶に隠し切れない棘を込めながら、いつもの定位置に座った常連のお客様に、メニューを差し出しながらおしぼりを広げて渡す。
「いやぁほんっとあっついよねぇ、今日は何にしよっかなぁっと……何やってんの?」
呑気にメニューを広げる常連客には目もくれず、そのままカウンターに戻る。
塩を皿に広げ、胡椒を挽いて混ぜる。
カットしたレモンをタンブラーグラスの縁にまぶし、先程の塩胡椒でスノースタイルに仕上げる。
一言も口を開くことなく氷を組み、黙ってトマトジュースを注ぎ高速ステアでしっかりと冷やす。
最後にサッパリとするようにと気持ちばかりのカットレモンを搾り、サッともう一混ぜ。
怯えたように絶望にその瞳を染めた常連のお客様の前に、コースターを差し出してグラスを重ねる。
「はい、バージン・メアリ。」
その頬がヒクヒクと目に見えて引き攣るのが見える。
「……もしかして……。」
「ええ、貴方が広めてくださったあの呼び方でいらしてくださったお客様ですね。」
数瞬迷いを見せた後、あちこちのお店であの呼び方を面白おかしく言いふらしていたことを思い出したのだろう。
観念したようにグラスを両手で掴み、拝むように持ち上げる。
「――ありがたく、頂戴いたします。オレ、トマト嫌いなのに……。」
この水割りのお客様は幸いなことに、その後もご自身のお店が休みの日に何度もお越しくださった。
しっかりと元凶には制裁をさせてもらったが、あまり懲りてはいなかったのだろう。
その後も、何度かその呼び名を様々なお客様から耳にする機会があった。
もちろん、その都度バージン・メアリが出されたことは言うまでもない。




