カクテルコンペティション
バーテンダーの祭典、といえばカクテルコンペティションだろう。
数多のバーテンダーが、その頂を目指して研鑽を積む。
一度だけ、マスターに連れられて、大会を観覧したこともあった。
その大会では、何年もエントリーしながら優勝を逃し続けていたバーテンダーが、悲願の栄冠を手にしていた。その姿に、他人事ながら胸が熱くなったものだった。
とは言え、そのようないわゆる賞レースの栄冠には価値を見出さずに、熱気とはかけ離れたところに身を置くバーテンダーも多い。
話は変わるが、バーホッパーと呼ばれる人達がいて、そうした人達は色々なバーを巡り楽しむという。ホッパーはバッタのことで、バーを飛び回る人、といった意味合いだ。
中には、バーテンダーよりも他店の情報に詳しいこともある。
今目の前に座っているお客様も、そんなバーホッパーの一人。
「それでさぁ、Yの、ホラ今フロア任されるようになったって子の話したじゃん?その子が、今年は出場の許可が出たってめちゃくちゃ張り切ってたよ。」
Yは隣町の、老舗のバーだ。ウチと同じくらい、いやそれ以上に修行が厳しいと聞いている。
今フロアを任されているのは、確か。
「確か彼は七年目でしたっけ?」
「そうそう。絶対入賞してやるんだって息巻いてたよ!」
「そりゃやる気にもなりますね。是非頑張って欲しいですね。」
「そういうチーフはどうなのさ? 出ないの?」
周囲の店でコンテストへの熱気が高まると、この質問をされることは多い。
「私はホラ、一応大学生ですし。」
「それホントなの?落ち着きっぷりといい、その腕といい、この道一本でやった方が絶対いいでしょ!」
オレが大学生なのは紛れもない真実だ。疑われる理由が分からない。
「ひどいなぁ、何回も言ってるけど一応ちゃんとした美大生なんですよ?今はバイトですし、そもそも二人しかいない店で、チーフも何もないじゃないですか。」
「いや~、何回聞いても信じられないよ?今までも何人かお弟子さんはいたけどさあ。マスターが認めて、チーフって役職まで付けたの、キミだけだよ?しかも、一年もしないで。」
腕を認めてもらえたようで、正直嬉しいけど。マスターからは、もっと勉強が必要だね、としか言われていないんだよな……。
絶対、今までにいたお弟子さんの方が、余程腕が良かったんじゃないだろうか。自分で考えていてヘコむ。
「それは嬉しいことですが、この仕事給料低いからなぁ……。」
「マスターに言っちゃうぞ?」
「絶対やめてください!」
二人の間で笑いが起きる。
その時、ドアが開いて蝶番の軋む音がした。
「いらっしゃいませ。」
反射的に歓迎の言葉を述べながら、お客様を観察する。
五十代だろうか、落ち着いた雰囲気のお客様だ。見たことがある、でもこのお店にいらしたことはないはず。
どこでお会いしたんだったか……大学の関係者でもないはずだ。
「やっぱりここだったんだね。 探させてもらったよ。」
探していた? どういうことだろう……。
こちらの疑問が、顔に出てしまったのだろうか。
「思い当たる節はなさそうだね。でも、これなら思い出すかな?K、あの日私もあそこにいたんだよ。」
Kは二つ隣の駅のすぐ近く、ビルの一階にあるバーだ。
先日ご挨拶に伺ったばかりだが、確か……その夜の記憶を紐解いてみれば、確かにあの夜、奥のカウンターにいらしたお客様だ。
「その節はお騒がせしてしまい、大変申し訳ございませんでした。それで、探していた、というのは……?」
あの日の記憶をいくら遡っても、こちらのお客様とは会話した覚えがない。
知らず知らずのうちに、何か失礼でもしてしまったのだろうか。背筋に冷たいものが通り過ぎるのを感じる。
「すまないね、警戒させてしまったかな?心配しなくていいよ、ただキミの酒を飲んでみたくてね。座っても良いかな?」
「これは大変失礼いたしました。どうぞ、こちらへ。」
カウンターへと誘導しながら、上着をお預かりしてクロークへ持って行く。
端の方に座ったお客様へ、おしぼりを渡す。必要ないだろうな、と思いつつもメニューもカウンターに差し出す。
予想通り――そのメニューを開くことはない。




