返事はワインクーラーとともに
「次は何にしよっかなぁ。」
いけない、気持ちを切り替えないとな。
さすがに、これが一杯目の彼女の方が、ペースが速い。なお、彼女が酒に強いということは公然の秘密らしいので、触れずにおく。
チラリ、と彼女の目がオレを見る。
「ワイン・クーラーはいかがですか?」
彼女のアイコンタクトを受けて、彼には気付かれないように軽くウインクしながら提案する。
「じゃあ、それでお願いします!」
「かしこまりました。」
氷を入れたワイングラスにオレンジジュースを30ml、コアントローを10ml、ソーダを30ml。
軽くステアしたら、グレナデンシロップを静かに沈める。
氷の上から赤ワインをゆっくりとフロートさせる。
混ざり合わないようにバースプーンの背を這わせ、そっと――赤ワインを、オレンジジュースの上に置くように。
最後に、バニラエッセンスを一振り。
ワインクーラーのレシピはお店によって違うけれど、これが彼女のお気に入りのレシピだ。
「お待たせいたしました、ワインクーラーです。」
飲み干されたキールロワイヤルのグラスと引き換えに、コースターの上に置く。
綺麗だね、と呟きが漏れる。
添えられたマドラーでグラスの中身を軽くかき混ぜる。
彼の言葉を待っているのがわかる。
待ちきれなくなったのだろうか。
ひと口、口に含む。ゆっくりと味わうようにしてから、飲み込んで。
「で、話って、なんの話かな?」
空気が変わる。
誰かのグラスの氷が溶ける音さえ、遠くに聞こえる。
「あ……えっと、」
彼の喉が上下する。
言葉を探す沈黙は、店内の温度をひとつ下げたように感じられた。
大丈夫、もう答えは出てるから。
背中を押すように、コッソリと店内のBGMを切り替える。
「あの、オレ、研修で、教えてもらってる時から、ずっと気になっていて、」
彼女も、嬉しそうな瞳で彼を見つめる。
その拳は、頑張れ、と言っているように、小さく握られていた。
「その後も、たくさん、助けてくれて、気が付いたら、いつも目で追いかけるようになってて、」
彼の前に置かれたグラスの中の泡が、止まって見える。
少しだけ、周囲の会話が小さくなる。
店内の空気が、少しだけ張り詰めたものになる。
気が付けば、店内に響くのは、スピーカーが流すナット・キング・コールと、二人の声だけだ。
『I'll give you my heart,I……』
「その、えっと、」
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
息を呑む音が、自分のものか彼のものかすら分からない。
言ってしまえ――!
「好きです! 付き合ってください!」
息を呑む間もなく、待ち構えていたかのように。
「いいよ? こちらこそ、よろしくお願いします。」
一世一代の告白、その返事は、余りにも軽く。
一拍遅れて、周囲から祝福の声が巻き起こる。
「おめでとう!」
「良かったねぇ!」
「いつ言うのかハラハラしたよ!」
「良いもん見せてもらったわぁ!」
囃し立てる様な声、そこで二人も注目を集めていたことに気付いたのだろう。
「やだもう、ちょっとやめてくださいよ!恥ずかし、いつから聞かれてたの!もう、いつ言ってくれるのか、ずっと待ってたんだからね?」
幸せそうな笑顔を振り撒きながら、怒ったように唇を尖らせる。割と最初の方から注目の的だったことは、内緒にしておいた方が良さそうだな。
「えっ……!ほ、本当ですか!?」
「そうだよ!ねぇ、チーフ?」
彼女はあっさり共犯者を白状する。
「え、種明かししちゃって良いんですか?」
「もちろんですよチーフ!ねぇ、カクテル言葉って知ってる?」
そう言って、彼に向けてはにかむような笑顔を向ける。
「カクテル言葉?」
「そう!カクテルには、それぞれ意味があるんだって!チーフに前聞いたの。」
「そんなのあるんだ?」
答え合わせがしたいのか、彼がオレの目を見る。
オレも予想だにしなかった種明かしに、少しだけ照れ臭くなる。作業台の上のおしぼりで、掌の汗を拭いながら返事をする。
「あまりメジャーではないんですが、たまたま知る機会がありまして。」
「チーフはお酒のことならなんでも知ってるじゃない!ねえ、気付いてた?前の飲み会の時も、このワインクーラー飲んでたの。」
「そう言えば……確かに……。」
記憶を辿るように、彼の瞳が彷徨う。
「ワインクーラーのカクテル言葉は、"私を射止めて"、なんだって。だから、ずっと前からサイン送ってたのに!全然気付いてくれないんだもん!」
たった今恋人となった彼を咎めるように、頬を膨らませた彼女の指が彼のスーツを摘んで、引っ張る。
「えっ、えっ、ほ、本当に!?」
彼の顔が赤いのは、お酒のせいだけではないのだろう。嬉しそうな、幸せそうな笑顔が溢れている。
「ええ!いや、でも……ってことは、チーフ、最初から分かってたんですか!?」
「ええ、実は。お客様がお越しになる前に、お連れ様からお電話いただいておりまして。」
「マジかぁ……。」
彼の肩の力がふっと抜け、息をついた。全ての種明かしまでされて、やっと現実感が湧いてきたのだろう。
どこか恨めしそうな、ちょっとだけ拗ねたような表情のまま、キールロワイヤルを口に含む。
「秘密にしていて申し訳ありません。でも――」
バニラエッセンスの甘い香りが、オレの鼻をくすぐる。
「こんな甘い秘密なら、たまにはいいでしょ?」
カウンターのダウンライトが、二人の笑顔を温かく照らしていた。
ああ、やっぱり今日は良い一日になったな。そんな風に思いながら、今度は彼にウインクを送る。
「秘密は、バーのスパイスのひとつですからね。」




