押収
バーの棚卸しは大変だ。
酒の残量を全てチェックしてまとめる、言葉にすればそれだけだ。
ただ、リキュールのボトルの中身は見えないことも多い。
結果、そういうボトルの場合は、持った時の重さと音で判断することになる。
「マリブは……この重さだと五分の二くらいか。先月からそこまで変わってないな。でも暑くなって来たし、一応発注しておくか。」
ココナッツを原料とするマリブは、トロピカルカクテルを中心に人気のリキュールだ。
これからの季節、使う機会は増えるかも知れない。
「コアントローは……ああ、これももう半分切ったか。ストックまだあったよな、と……。」
中身が見えるボトルなら、少し傾けるだけで済む。
カクテルの名脇役、コアントローはリキュールの中でも回転が早い方だ。
続けてスピリッツ。
スピリッツは中身が見えるものが多いから、サクサク進む。
ただ、メインとして使う分、消費はどうしても早くなる。
ジン、ウオッカは特にだ。次いでラム、テキーラといった順だろうか。
「あれ、ゴードンってまだストックあったよな?」
ふと見ると、ゴードンのドライ・ジンがもう少しでなくなりそうだった。
個人的に一番使いやすいと思っている。
その分、使用頻度も高い。
確かまだ二本は置いてあったはずだが……この間見たのは四日前だ。
もしオレが休みの間に出していたなら、急いで発注しなければならない。
ストックをしまうキャビネットを開ける。
「あ〜、やっぱり一本出してたか。次の時に発注しないと……あれ、なんだこれ?」
スピリッツのボトルが並ぶ陰に、存在を隠すように奥に木箱が突っ込まれている。
ふいに、先日の挙動不審なマスターの背中が脳裏に浮かぶ。
オレの背中に冷たいものが流れる。
先月の棚卸しの時にはなかった……いや、四日前に確認した時にも、なかったはずだ。
手前のスピリッツをどけ、その木箱を取り出す。
木箱には大きな文字で、
"The MACALLAN 30" の表記。
……
…………
………………
思考が止まる。
盛大な溜め息が漏れる。
息を全部吐き出したところで止め、大きく吸い込んでから、もう一度木箱の文字を読む。
"The MACALLAN 30"。
やっぱり、見間違いじゃなかった。
先月発行された名酒事典に記載があったのを思い出す。
そこに表示されていた価格は、確か――
膝の力が抜ける。
完全にしてやられた!
このクラスになると、一杯一万でもキツいぞ。シングルモルトは、まだそこまで市場では受け入れられていない……知らない酒の一杯に、そんな額を出す人はそうそういない。
開けた瞬間から、ボトルの中は静かに別物になっていく。年に一杯出るか出ないかなら、次に出す頃には「これ、こんな味だっけ?」が起きる。
封を切るってのは、期限のないタイムアタックだ。
マスターが来たらこれは……。
お説教だな。
カウンターの上、ダウンライトの真下に木箱を置く。ラベルはバックヤード側に向けて。
オープン準備の時間までには、無事終わった棚卸し表の一番下に、ザ・グレンリヴェット18年とマッカラン シェリーオーク30年の文字が新しく書き足されていた。
作者より
本作は今より少し前、西暦2000年前後の時代背景となっています。
世界的なウイスキーバブルは2010年代から始まり、現在の市場価値とは(信じられないほど)乖離がありました。
また、当時はシングルモルトについては評価が低く、一般的な認知もされていない、あるいはこれから認知が広まっていく途上にありました。
なお、この稿で取り上げているマッカラン30年シェリーオークは、当時ブルーラベルとして知られ、おおよそ5〜7万円前後での取り引きがされていました。
現在では安くても90万、100万を超えることも珍しくはありません。




