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バーボン・バックのツイスト

手渡したおしぼりで、手を拭う。

シャツまでは濡れずに済んだらしい。


「しかし、すごい雨だね。」


「夕立とのことですから、そんなに長くは降らないと思うんですけど。……お待たせしちゃいましたか?」


カウンター越しに濡れたジャケットを受け取る。

来客に気づかなかった――集中し過ぎた。


クロークへ回す前に、乾いたタオルで襟、肩、袖口を順に押さえる。


「いや、全然だよ。つい見入っちまった。」


「申し訳ありません、つい。」


タオルを畳み、ジャケットを掛ける。カウンターに戻って、もう一度だけ頭を下げた。


「あんまり気にしないでくれ、こっちが恐縮しちまうよ。」


頭を掻きながら、もういいからと手を振る。

だが、流して済む話でもない。"来客に気づかない"は、練習より先に直さなきゃいけない。


「あれ、そういやマスターは?」


「腰の具合が良くないそうで。少し遅れてくる、と。」


「そっか、それで最近見かけないわけだ……今度ご自宅にも顔を出してみるか。」


この刑事さんは、マスターのご近所さんだ。

幼い頃から、そのよしみでマスターには面倒を見てもらっていたらしい。

……マスターの拳骨の痛みで盛り上がった夜は、お互い握手を交わした被害者仲間でもある。


「今日はどうしますか?」


「うーん、いつもお任せだからな……たまには自分でコレ!ってやりたいんだけど。」


そのタイミングで、有線の曲が切り替わった。一瞬の静寂の後流れ出した音に、刑事の耳が反応する。


「……お、渋いな、コルトレーンか。」


有線がコルトレーンのスモーキーなサックスを流す。

特徴的なソロから始まる、うねるようなサウンド――『Blue Train』。


「良いねぇ……そうだ、この曲に合わせて一杯、なんてどう?」


「コルトレーンに合わせて、ですか。かしこまりました。」


ジャズにはやっぱりバーボンが合う。

せっかくなら、今日新しく仕入れたあの一本を試してみようかな。


このお客様は決してお酒に強いというわけではない。

まして一杯目、ショートは避けたいし、ここはシンプルにいこうか。


タンブラーグラスに氷を組む。

まずは氷だけでステア。

シンクにグラスを傾けながら、バースプーンで氷を押さえて溶けた水を捨てる。


先程バックバーに並べたばかりの、平たいボトルを手に取り、封を開ける。

それを40ml、通常よりわずかに軽くする。

もう一度、氷と馴染ませるようにステア。


レモンを搾り、15mlを計り注ぐ。

ここまでは普通だが――味のイメージ的にもう少しパンチが欲しいな。

アンゴスチュラ・ビターズを1dash。

その上から、カナダドライのジンジャーエールを注ぎ、氷を持ち上げるように、二回。


「お待たせしました。バーボン・バックにビターズを足してみました。」


コースターにグラスを重ね、使用したボトルもラベルが見えるように目の前に置く。


「ありがとう。見慣れない形のボトルだね?」


「そうですね、ウチも今日初めて取り扱うんですが。ウッドフォード・リザーブというバーボンです。香りが良くて、クセも少ないので使いやすいバーボンですよ。」


へぇ、と声を上げてグラスを唇に寄せる。

傾けられたグラスの中身が、喉仏を二度、上下させる。

グラスをコースターに戻すと同時に、プハァ、と息が漏れる。


「これはうまいな!飲みやすいのに、後味に残る苦味がしっかりくる!」


「ありがとうございます。苦味はビターズの分ですね。」


親指で口元を拭いながら、笑みを浮かべてグラスを眺める。


「うん、いいね、この苦味がコルトレーンのスモーキーなサックスに合う。さすがだね!」


良かった、外さずに済んだな。


その瞬間に『Blue Train』が終わり、次の曲が始まった。

これは――


「……良かった、この曲に合わせてたらまた潰れるとこだったな……。」


セロニアス・モンクの、『Straight, no chaser』だった。


「…………。」


目線を切って、シンクに目を落とす。


「え、ちょっと反応くらいしてよ!」


「いえ、あまり失礼なことは言えないな、と。」


「ちょっと!? ひどくない!?」


咳払いを一つして、顔を上げる。


「まぁ、確かにもしこれに合わせてくれ、と言われたら次の曲にしません?って言ってましたね。」


「そうしてもらえると助かるね。知らずにまた強いの飲んで潰れたら、カッコ悪すぎるしさ。


そういや、チーフになったんだって?」

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