【第9章 かわる 第78話 動き出す幸せへの路】
翌日からチェンは、自分の職場である海外交流情報処に戻っていた。
自分の仕事を再開するための準備で丸一日費やしてしまったが、明日からOSINTでパズルのピースを集める準備は完了させた。
夕方日も傾いたころ、直属の上司であるソウに呼ばれたチェン。
「何ですか?」
「チェン、お前なにかやらかしたのか?」
心配そうに小声で聞くソウ。
「え?」
「いま中南海の中央警備局から連絡があり、これからお前を勤政殿に出頭させるようにとの連絡が入った」
一瞬背中に緊張が走ったチェンだったが、笑顔で答えた。
「おそらくワン警護官からの呼び出しだと思います。昨日までの日本での調査についての確認か何かでしょう。ご心配には及びません」
「でも勤政殿だぞ?本当に大丈夫なのか?……」
心配が解ききれないソウが言った。
チェンが勤政殿に着くと、受付の警護官が案内をしてくれた。
エレベーターに乗り到着したのは、主席執務室。チェンはごくっと唾をのんだ。
「チェン同士がお見えです」
警護官がノックをすると、ワンの声。
「入ってもらえ」
警護官がドアを開けると、ソファーにはリウ主席とワンが座っていた。
「久しぶりだな、チェン同士。今日はまだ白酒を飲む時間ではないが、座ってくれ」
チェンは深々と頭を下げてワンの隣に座った。
ワンが口を開いた。
「チェン。閃電白虎の確認作業が届いた。アリシアの設計者は安田美咲医師で確定だ。日本国内においてこの情報は意外なほどオープンだった。入り口のドアに気が付かない我々がいただけだったな。そして国立研究所の情報からアリシアが富岳と協業して、プロテオブロックを設計したという事実もおおむねつかむことができた。ただしエキドナの主席暗殺計画に関しては、情報がつかめなかった。閃電白虎も相当突っ込んだ調査を敢行したのだが、さすがにブロックが堅いな。ただし、NSSの情報のうち確認できる事の全ては正しい情報だった以上、エキドナによる主席暗殺も正しい情報として対応する」
力強いワンの言葉を聞いて、リウが言った。
「チェン同士がもたらした情報のおかげで、ワンはずっとこの部屋にいるらしいんだ。警護官も5倍に増やすと言っている。私はこの事実に文句を言いたい気持ちだ。チェン同士」
リウは子どものような笑顔を浮かべている。チェンは自分がこの国の人間でよかったと感じると同時に、日本で生まれて育ったことが、リウの暗殺を防ぐきっかけを与えてくれたこと、美咲という存在がそれを結び付けてくれたことに、強い運命を感じていた。
「リウ主席。どうか、この国を、この世界を、正しい努力が報われる世界にしてください」
気が付くと瞳から涙が零れ落ちるチェンだった。
「チェン同士、何も泣くことは無い。ところで私から相談があるんだが、聞いてもらえるか?」
チェンは姿勢を正した。
「私にできることなど何もありませんが……」
「ワンから聞いたが、幼いころからの知人であるという、アリシアを作った有能な医師である安田美咲氏に会ってみたいんだ。招待することはできないものだろうか?」
チェンは人生で一番の驚きの表情を見せた。
「へぇ?」
言葉も驚きでおかしくなっている。ワンがそれを聞いて笑って言った。
「チェン。主席はそういうお方だ」
リウがカブトムシを見つけた子どものような笑顔で続けた。
「だってチェン同士。我々が時間をかけて、国を挙げて準備して実行したあれだけ大きな計画。世界一路構想。それを日本の女子高生が止めたんだぞ?すごくないか?そんなことをやり遂げた人物が、どんな言葉を発するのか、私の言葉をどう受け止めてくれるのか、時間をかけて話してみたいと思うのは当たり前だろ?」
「……リウ主席、本気で仰っておられますか?私は自分があこがれる美咲さんを、私が愛する私の国に招待できるのは、私にとっても……それはとても幸せです。主席が本気で仰っているのであれば、美咲さんに投げかけてみたいです」
気が付けばチェンも、カブトムシを見つけた子どものような笑顔を見せていた。
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その頃のエキドナでは、閃電白虎が自分たちに仕掛けたサイバー戦の後、幹部たちによるデジタル会議が行われていた。
現在のリーダーであるCigsが言った。
「さて諸君。どこからどのように漏れたのか、皆目見当もつかないが、我々が共産主義国の管理を狙っていることが露見しているとみるべきだろうと思う。意見はあるか?」
「まあ、何一つこっちのファイルは開けさせなかったけれど、僕らにハッキングを仕掛けてくるなんて、異常なことを試みるんだから、何かの情報はつかんだんだろうね」
「閃電白虎が俺たちにサイバー戦仕掛けるなんて、よっぽどの何かをつかんだとしか思えないよなぁ。とすれば、主席暗殺や国の乗っ取りレベルの情報だったと推測はできるな」
「ねえCigs。コントロール権の奪取作戦の実行について、共産主義国の内部事情に合わせて、タイミングを見計らうってのは、ちょっと暢気すぎるかもって状況になってきてはいない?」
Cigsがあごひげをさすりながら答える。
「そうだな。私としては、共産主義国が世界一路構想を再開する動きに乗じて、小さな亀裂を見つけて漬け込むのが是だと考えてきたが、ここからは周辺警護が固くなるだろうな。相手の準備が整う前に仕掛けるべきなのかもしれない。意見はあるか?」
「Cigs。俺たちが1時間完全に中南海を孤立させるから、その間に実行部隊であるシカゴグリーンの精鋭部隊に、隠密侵入作戦を実行させて主席を取ろう。今の共産主義国は主席の力が強すぎるが故に、我らが主席を取った後は、デジタル主席を動かすことで国を掌握する事はできるんじゃないか?最高幹部は無理でもその下であれば、現状でも半数は欲にまみれた連中だ。餌をまけば靡くさ」
「Cigs。パパが言う通りだと僕も思うよ。この会議終了後、確実に靡きそうな閣僚連中に餌を撒き散らそう。何ならアメリカ企業あたりと主席の金銭癒着の証拠を作って、靡いた閣僚連中に、国を守るために主席を成敗したという道を作ってもイイじゃん。僕らでもつかめてはいないけれど、共産主義国の国家主席なら実際にはやっているでしょ。主席をフェイク動画で生かしておけばいいし、成敗させてもいいし。政治の実働部隊である欲にまみれた高官たちは必要だけれど、それは今夜中に作っておけばいい」
Cigsは少しの無言の後に言った。
「ジョシュの意見通り、今夜から政府高官の腐敗した連中の懐柔を始めよう。そしてその連中に、シカゴグリーンの研修旅行を受け入れさせよう。シカゴグリーンが共産主義国に入国したら、準備が出来次第、中南海を通信孤立させる。その隙に主席を取ろう。ジョシュが言う成敗させるってのはつまり革命ってことだろ?それではしばらくの間、国が大きく揺れてしまうから、国家主席にはフェイク動画で生き続けてもらおう。懐柔した政府高官の内、ちょうど良さそうな奴を、特別秘書官とかの役割にあてて、主席の代役を務めさせる方向でいこう。ここまでどうだ?」
画面の向こうで、会議に参加していたCigs以外の6人の幹部は全員カメラに向かい親指を立てた。それを見たCigsは手を叩いた。
「結構。決まりだ。ジョシュ、ハーバー、ブリックは腐敗高官の懐柔をすぐに進めてくれ。特にジョシュはシカゴグリーンに特別ビザが出せるレベルの高官を大至急懐柔するように。パパ、ライオン、セプテンバーは中南海の通信孤立の計画に手を付けてくれ。私はシカゴグリーンの精鋭の編成に着手する。OK?」
YESの代わりに6人はデジタル会議から落ちていった。




