【第8章 はじまり 第69話 だれも予測できなかった人類滅亡の始まり】
NSSの会議で、光也が軽ぐちを叩いているのと同じころ、GSO-6の発生から、共産主義国内は一気にパニック状態となっていた。
今後の対応について、主席に判断を聞きたいという高官達から、ツァイへの問い合わせが止まらない。
「ツァイ秘書官! なぜ封じ込めが破られたのか、説明を!」
「再度ワクチンを接種すれば感染は止まるのか?我々のワクチンでは対応できないのか?」
「主席にはすでに報告済みなのか!?どのような対応をお考えか!?」
共産主義国政府中枢の連絡室。怒号のような詰問といえる言葉に、ツァイは額に浮く汗を袖で拭った。そして、オールバックの男に身を寄せる。
「……エキドナからの連絡は?」
「来ていません」
「指示は?」
「ありません」
「どうすれば?……」
オールバックの男はゆっくりと笑った。
「あなたが国家主席の秘書官でしょう? ツァイ様」
その声色は、どこか試すようでもあり、からかうようでもあった。
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その3日後、エキドナのオールバックの男はエキドナが共産主義国に正式発効させたWHOのGOARN(感染症のアウトブレイクに対するグローバルな警報・対応ネットワーク)二次派遣として特別入国許可を取得し、人道回廊便から定められた封じ込め動線でシカゴ入りした。その後、表向きはWHO調達案件のGMPコールドチェーン(低温物流)監査という名目で行動を開始したが、実際にはシカゴグリーン本社に向かい、社長のレナード、エキドナではCigsと名乗る男と対面していた。
社長室にはレナードと、オールバックの男、そしてレナードのデスクのパソコンモニターには、エキドナ幹部6人が映像通話に映し出されていた。
まだ若い幹部のジョシュが言った。
「しかし、共産主義国製の製造世界シェアが四割を超えている、輸送保護材のエアパッキンの空気の中に、ウイルスを混入させておいて、それをプチプチつぶしていったところから、ウイルスを拡大させるなんて、よく思いついたよね」
それを聞いた画像には『BA』と文字だけが表示されている、ブラックアリシアが音声で答えた。
「はい、一般的に段ボール箱などの中で使用されるので、紫外線や温度変化が少ないこと。素材的に水分を吸収しない、ポリエチレンのツルツル表面形状であることが有利に作用しました。各工場のコンプレッサーの吸気弁に、0.08ミリまで微粉化したコラーゲンペプチドとウイルスの混合粉末が入った容器を置いてもらうだけで、自動的に吸い込んでエアパッキンの空気内に流れ込み仕込みは完了です。人造ウイルスであったから可能であったことですが、それらの条件下でも、ウイルスの生存率は28日後に30%程度でしたので、生産からエアパッキンが消費者に届くまでが意外なほど短い時間で良かったです。世界同時感染が成功して何よりです」
また別の幹部、セプテンバーが声を上げた。
「それにしても、さすがCigsのチームであるシカゴグリーンは、見事にリウ主席を確保することに成功しましたね」
これに対してはCigsことレナードが答える。
「みんなが中南海のセキュリティーをハッキングしてくれたおかげだよ。それと事前に仕込んでおいた、あの日の午後にワン主席警護官に面倒な内容の音声通話が集中するという作戦も上手くいった。ワンの意識を主席から剥がさなければ、気が付かれていた可能性もあったからね。もちろんシカゴグリーンの選び抜かれた精鋭チームの働きも称賛に値するが、それぞれがそれぞれの役割をしっかりこなしたおかげで、あんな芸当が成功した。感謝の極みだ」
レナードはカメラに向けて、指で拳銃のようなポーズを作り、射撃の真似を見せた。
「その日のうちに主席は始末したんでしょ?」
「ああ、生かしておいても利点が無かったからね。情報をコントロールして都合の悪いことは隠蔽する、我らエキドナが目指す選択の自由を阻害する、最も削除したい人物の一人だったし。その日のうちに共産主義国の舵は渡してもらったよ」
「Cigsのそういうところ、しびれるほどクールだよね。俺だったらやれないかも」
セプテンバーもレナードの真似をするように、指先の拳銃で射撃のポーズを決めたが、自分の頭を打ちぬくフリをしておどけてみせた。
話を聞いていたブリックというコードネームの幹部が、BAに質問を投げかけた。
「ところでBA、GSO-6の問題はどうするつもりなんだ?このウイルスが世界に拡散してしまうと、計画が大きく狂ってしまうのではないか?以前共産主義国が仕掛けたMORSウイルスの世界まん延は、ワクチンと引き換えに世界一路構想への参加を促す為の物だった。今度のBAの作戦では、共産主義国マネーとエキドナの情報戦で実質管理下に置いた、ジュネーブコンパクトが作ったように発表したブリッジアライアンス。実はBA。これを世界に浸透させる為に、GSOウイルスで世界共通の危機を再度引き起こし、医療情報、物流情報について全世界共有の必要性を作り出す必要があった」
まるで映画の原作小説の話でもするかの如く、ブリックの発言にBAが答える。
「はいブリック。日本の省庁間と医療機関のプラットフォームであるアリシアがまさにそうですが、使い勝手が良く、高性能AIにより仕事が楽になれば、誰しもが使い続けたくなります。これを機に世界中の人々がBAを使ってくれれば、国の陰謀で調整される情報や、金銭的な力で捻じ曲げた情報しか出さないマスコミ情報にも惑わされることなく、BAが届ける正しい情報を人類が受け取る事ができます。日本のアリシアや私と同等の力をもつAI開発や、それを搭載した情報プラットフォームは各国政府やIT企業が開発を進めており、発表のすぐそこまで来ています。先にそちらが設定されてしまえば、システムを入れ替えることはとても困難になります。従って急ぐ必要がありました」
また別の画面越しの幹部、コードネームパパが言った。
「でもBA。実際ブリッジアライアンスの発表はGSO-8まで待って、世界に選択肢など与えないくらい追い込んでからという計画だったが、我々の計画外の変異が起こったので計画を変えてブリッジアライアンスも前倒しした訳だろ?BAとしてはGSO-6をどのようにコントロールしていくつもりだよ?具体的な変更作戦内容を見せてくれよ」
「はい、パパ。GSO-6は私が設計したものではありませんので、コントロールするのは難しいかと存じます」
「なんだよBA。無責任なこと言うよ。Cigsは今後のこと、どう考えているの?」
レナードはちらっとオールバックの男に目をやった。オールバックの男は両手を天井に向けて首を横に振った。
「まあ、MORSウイルスの時にもどうにかなったんだ。GSO-6が世界に飛び火した時の対応に関しては、それぞれの国家に頑張ってもらうとしてだ」
画面の向こう側では、幹部たちが映画やドラマのことのように笑っていた。そのタイミングでBAが口をはさんだ。
「Cigs。私の予想ではGSO-6は早い段階で強毒化すると予想しています。各国が対応するのはかなり困難かと」
レナードは腕を組んで言った。
「そもそも今回の計画はBAが立てた計画だ。計画にずれが生じた今、BA自身がその対応策を提示するのが筋ではないのか?」
「Cigs。特に計画を変更する必要は無いのではありませんか?私の予測では、今後1年以内に、地球上の人口は1割程度まで減ってしまうでしょうが、そうなればエキドナが目指している、嘘や欺瞞が無くなる世界が訪れます。より早く目標を手にできるので、このままで良いと判断します」
どこか満足げな口調でBAが言った。
「BA、1割減るの間違いではないのか?」
「いえCigs。9割減って人口数が今現在の1割程度になる予測です」
デジタル画面の向こう側では、幹部の誰かが現実と空想をはき違えるような笑い声をあげた。




