【第8章 はじまり 第68話 計算外のGSO-6】
全く違うウイルスの発生ではあったが、世界の製薬企業は利益追求を脇に置き、強力な連帯を築いていた。すでにGSOウイルスに対するゲノム解析や、ワクチン製造で準備も整っていたので、1ヶ月足らずで新たなGSO-2ウイルスに対応するワクチンの生産開始準備に入ったとの会見がWHOで行われた。
この会見では今回のウイルスを『GSO-2』と正式に名付け、複数のRNAワクチン生産工場で、同時に量産を開始するという、暗い中での明るいニュースであった。
ところがGSO-2ウイルスに対するワクチンが人類に運ばれる前に、GSO-3と名付けられた、これもまた全く新しいウイルスが発見された。
MORSウイルスの感染拡大の時に経験済みの世界は、その翌日に国境封鎖を実施した。日本も世界の流れに追従し、その3日後には入国を制限した。
当然のように美咲が務める実家の黒田病院でも医療破綻は迫っており、美咲も画像診断医として画像解析室に閉じこもっている訳にもいかず、診察室や病棟に出て外来診療や入院患者への診察を行っている。
美咲は自分が感染のただなかにいる以上、悠太と翔子を危険にさらせないと判断し、この数週間自宅に戻らずに実家での寝泊まりを余儀なくされていた。
日本国内において緊急事態宣言が発令され、学校などは在宅自習となっていた。悠太は美咲が戻ってこれずにいたので、翔子と二人で在宅勤務を続けている。
ほぼ一カ月ごとに見つかる新たなウイルスが発見されるたびに、GSOに数字をセットした名前で呼ばれていた。
のちに『GSO-1』と命名された、初期のGSOウイルス発見から半年後、世界ではGSO-5ウイルスまで発見されている。そんな中、新たなウイルス発見のニュースが届いた。今回発見されたGSO-6ウイルスの発見初報は、共産主義国からであった。
これまでのGSO-1からGSO-5までのウイルスは、ウイルス学的にも分子生物学的にも疫学的にも、全く違うウイルスであった。
つまり遺伝子配列、ゲノムが全く違う。ウイルスの構造も全く違う。三毛猫とペルシャ猫の違いではなく、ライオンと像ほど違うウイルスであった。
にもかかわらず、R0はほぼ共通の4前後で、重症化率が20%程度。致死率は10%程度。感染経路や潜伏期間などはほぼ同じという、なんともおかしな類似性を保っていた。
GSOウイルスの世界規模の累計感染者数は1億8千万人に達し、死者数は1800万人に達していた。日本国内でも累計感染者数は330万人を超え、死亡者数は35万人を数えている。
そして何よりその命名由来となった『世界同時多発的感染拡大』は共通の特徴であった。
しかし今回共産主義国で発見されたGSO-6ウイルスは、共産主義国だけで発見されており、他の国での感染は認められていない。その特性もR0が10を超え、致死率は40%近い。排菌期間は感染から3日後程度であるが、潜伏期間も6日から9日であるため、発症前に感染者を増やしてしまうという、人間にとっては凶悪といえる特性を持つウイルスであった。
このタイミングでは、すでに全世界で国境封鎖を実施しており、GSO-6は共産主義国内から他国への拡大を見せていなかった。
日本国内の閣僚会議の前に、NSSでは内閣官房長官のための資料作成を目的とした、情報の共有会議を行った。
初めに立ち上がったのは、NSS外事課特殊案件係戦術介入班の近藤真理雄。
「お疲れ様です、皆さんも把握しているかと思いますが、今回のGSOウイルスの発生前に、共産主義国では全国民に強制という形で何かしらのワクチン接種がなされています。それがここまで共産主義国内でのGSOウイルス発生を食い止めていた理由であると予想しています」
光也が共有されている情報をタブレットで見ながら質問をする。
「それは外務省のFSBやCIA、MI6もつかんでいる情報だね。またしても共産主義国の人造ウイルスであること確定ってことで。でもそれじゃあ、今回の凶悪GSO-6の発生の経緯はなぜに?」
「MORSウイルス同様に、今回も共産主義国が作った生物兵器だとします。その前提で考えると、GSO-6は共産主義国が発生を予期していなかった、全く別のウイルスであると推測しますが――」
冴子が話しに割って入る。
「つまり今までのは人工生物兵器で、今回のはただのウイルスってこと?」
真理雄は冴子に体の向きを変えて続けた。
「正直全容は読めていません。ですがこうなると半年以上人前に表れていない、共産主義国リウ国家主席の存在も気になってきます」
それを聞いていた光也は笑いながら言った。
「つまり誰にも何にもわからないってのが、僕らがわかっていることだと言えるね。国家主席も感染して死んじゃっているのかもしれないね」
いつもと変わらぬ光也の軽口に、冴子は光也をにらみつけた。




