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縁の理(えにしのことわり)中巻~ReTake.ZERO~悪(あく)のいない世界の片隅で、なぜ銃は火を噴いたのか?  作者: 平瀬川神木
第7章 つなぐ

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【第7章 つなぐ 第62話 主席とは言えない足跡】

 勤政殿を出て紫光閣に着くと、副主席警護官がワンを呼び止めた。

「ワン警護官。中央の職員全員に対して主席から電子メールが送られております。その中には動画が添付されておりまして、首席からのメッセージがございます」


 副主席警護官は、自分のスマホでワンに動画を見せた。


 その動画は、首席居住スペースの応接室ソファーに座った主席が、カメラに向かって話しかけているものであり、その内容はしばらくの間、政務に集中する為に居住スペースから出ない。自分が留守の間は、電子メールで指示を出すので、留守をしっかり守ってほしいという内容が語られていた。


 ワンは小声で副主席警護官に言った。

「この動画を閃電白虎に送って、おかしなところがないか確認してもらってくれ。私はもう主席警護官の任を解かれて、今日からの所属は軍の情報部ということになっているらしい。数日間はここでの残務処理ができるだろうが、権限が何もない状態だ。よろしく頼む」

 ワンは副主席警護官に頭を下げて、自分のパソコンや資料などが運び込まれた部屋に入った。


 その日の夕方、ワンは残務整理をしていると、部屋にノックの音が転がり込んできた。

「どうぞ」


 いつものように冷静で、抑揚のないワンの返事に、閃電白虎の本隊科長が入ってきた。

「直接お話をした方が良いと思い伺いました」


 その一言で、何かしらの良くない異変が起こっていることを認識したワン。

「こちらへ」


 会議用の長机に備え付けられた椅子を右手で指して、閃電白虎科長を座るように促した。

「まず初めに、ワン警護官からお預かりした解任書の主席署名のインクですが、主席が使われる共産主義国製ではなく、ドイツのペリカン社製4001シリーズインクである可能性が93%でした。筆跡鑑定の真贋鑑定は97%でしたが、ご存知の通り主席は海外の署名においても、共産主義国のインクをお使いになられます。次に動画の信ぴょう性に関してですが、結論から言います。確証には届いていませんが三点、気になる点がございます」


 科長は持参したノートパソコンを机の上で開き、リウ主席の動画を再生した。そしてすぐに画面を超スロー再生した。主席の頬のハイライトが、脈のようにごく浅く揺れている。

「一つ目。照明の周波数です。照明から発せられるチラつきですが、120ヘルツで山が立ちます。ここは50ヘルツ系の居室ですから、通常は100ヘルツで山が立つはず。この部屋の系統では出ない数値です」


 ワンは画面を指す科長の指先を見た。


「二つ目。指紋と言い換える事ができる、カメラに使われているセンサーの癖を、今までの画像の癖と照合させると一致しません。レンズのボケの特徴も一致しません。民生機で撮影したのか、民間機をベースにした画像の特徴を模倣したのかはまだわかっておりません」


「勤政殿の機材ではない?」


「はい。勤政殿の業務用機材で撮影が行われてはいない。これは間違いありません。三つ目は音です」


 科長は音声波形を表示させた。

「空調音声の波形のピークが57ヘルツと114ヘルツ。居住スペースの既知プロファイルは47ヘルツ台が中心。それと、主席の声の初期反射の遅延が8.6ミリ秒。部屋の寸法と壁材から計算した数字と合いません。この音の反響は似せてあるけど首席居住スペースの応接室ではない可能性が高いです」


 ワンの顎がわずかに上がる。

「主席居住室ではない?」


「ではない『可能性が高い』……です」


 静かになった。空調の音だけが部屋を埋める。

「決定打はない。でも、全部が少しずつ違うというのが解析結果です」


 ワンは息を一つ吐いた。

「推定をくれ」


「私見の域です。別の部屋で撮ったのか、それともデジタルで生成したフェイク動画か。一般向けに十分な品質。真贋解析に耐える画像ではない。画像解析に耐える質より発信タイミングを優先した……つまり急いだと推定します」

 ワンは頷いた。


 科長は視線を落とした。

「これ以上の解析精度を出すには原本が必要です。原本が取れれば決まります。ただ……」


「ただ?」


「閃電白虎は、ここで止められる可能性があります。これ以上のご説明はできません。ですから、紙で残します」


 科長は小さなメモを差し出した。

”ワン警護官に危険が迫る可能性あり。ご注意を”


「電話は使わないでください」

 科長は言うと立ち上がった。

「匂いは、消される前が一番よく分かります」


 ワンは一度だけ頷き、扉へ向かった科長を見送った。重い流れが一瞬だけ止まった。

 入口ドアで振り返った科長は、もう一言ワンに投げかけた。

「気になったので、勤政殿の動きを探ったのですが……」


「どうした?」


「主席の食事の禁忌が改定されました。今朝です」


「ほう?」


「ご存知の通りリウ主席は、原則、共産主義国内の食材以外を禁忌とされていました。そして高級品も禁忌とされ、一般市民が食べている標準的な食材のみで調理するように通達を出されていました。ですが今朝より豚肉や鶏肉を禁止として、牛肉、しかも海外産の高級な肉や、フォアグラなどの高級食材を指示されております。これはもう……」


「主席ではないな」


「……失礼します」


 科長はドアの外に消えていった。


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