【第7章 つなぐ 第61話 部外者】
チェンが実行した2度目の日本での調査で、アリシアの制作者が黒田美咲と安田悠太であることをつかみ、この情報をワンは国家主席であるリウに伝えた。それをきっかけに、リウが1年以内にアリシアを超えるAIを共産主義国で作り上げるように叱咤してから4週間が経過した。
その日の午後に行われた、リウが参加したドローンなどに関する会合に同行したワン。勤政殿に戻った後は、電話がひっきりなしにかかってきて、そのどれもがそれなりに面倒な案件であったため、とてもドタバタして、あっという間に夜を迎えていた。
そう感じながらワンがチラッと時計に目をやると、いつものように20時50分。
「そろそろお声がけをさせて頂くか」
ワンは独り言を言うと、席を立った。
静寂に包まれていた主席警護官室にノックの音が響いた。
「どうぞ」
立ち上がっていたワンは、そのままの姿勢でノックの相手に返事をした。
ドアが開くと、その向こうには緊張を隠せない戸惑いの表情を浮かべた、中央組織部の科長が立っていた。
「どうしました?」
ワンは科長の片手に何かの書類が握られている事に気が付きながらも、いつものように声をかけた。
科長は緊張した表情のままで言った。
「ワン警護官……リウ主席と何かございましたか?」
想定外の言葉にやや戸惑いながらワンが答える。
「17時頃に戻った『衛星・ドローン統合解析センター』のブリーフィングでは、相変わらず好奇心に火が付いて、とてもご機嫌でした。帰りの車の中でも、笑顔で色々お話しされていましたけれど。お戻りになられてからは執務室にこもっておられて、そろそろお声がけしてお体をお休め頂こうと考えていたところですが」
「そうですか……、実は先ほど20時前に私どもに主席から電子メールが届きまして。今日はもう戻らない、執務室内に命令書があるから実行するようにとの事でして。こんなことは初めてでしたので、あわてて執務室に行ってみると……」
恐る恐る科長はワンに命令書を手渡した。
その内容はワンを主席警護官から解任する旨の解任書であった。
ワンは落ち着いた表情で科長に問いかけた。
「まずその電子メールは間違いなく主席からでしたか?そして今現在主席はどこにおいでになるか把握できておられますか?主席警護官としてお恥ずかしい限りの質問ですが」
「主席の電子メールアドレスからで間違いございません。そして今現在主席とは連絡が取れません。私の上司である処長にも相談し、現在連絡を試みてはいるのですが、つながっておりません。ですがこの文章は間違いなく主席の署名でございますので……」
困り果てているような科長にワンは優しく言った。
「わかりました。私も手立ては講じてみますが、なんとも微妙な立場となってしまっていますので、中央組織部でも主席の行方を捜してください。全力でお願いします」
ワンの表情から事の重大性を把握した科長は、頭を下げて部屋を足早に出て行った。
ワンは念のため自身の目で主席の執務室に行って様子をうかがったが、特段いつもと違う点は見当たらなかった。一般的に白酒は、そのままストレートで飲む場合が多いが、リウは自分が行う数少ない贅沢と称して、白酒を氷をなみなみと入れたロックグラスで飲んでいた。いつもであれば20時過ぎくらいから、ロックグラスの仕事が始まるが、今夜は所定の席に鎮座していた。
「少なくても、20時前には主席はここを出ているか……」
独り言をつぶやいて、ワンは勤政殿を後にした。
ワンはその足で、閃電白虎の本隊がある、表向き『市林業科研究センター』となっている庁舎の地下1階に向かった。
「どうかされましたか?こんな時間に」
閃電白虎の副科長がワンを出迎えた。
「実はこれを調査して欲しい。主席の署名に使われているインクの色が、いつもよりブルーがかっていると感じるんだ」
解任書を受け取った副科長は、その内容に少し驚いてはいたが、すぐに調査を開始すると伝えた。
解任書が本物であり、それが主席の本意であったとしても、残務整理などもあるため翌日ワンは、いつも通りに勤政殿に向かった。
勤政殿に到着すると、いつもとは違う雰囲気に気が付いたワンは、そこにいた職員に何かあったのかと聞いてみると、勤政殿の執務スペースはいつもと同じだが、主席の居住スペースの入り口には、中央警護局の警護員が重武装で10名以上立っており、居住スペースには立ち入り禁止になっているという話を聞いた。
ワンは自分が中央警護局の主席警護員であり、言うならば警護員は自分の部下であるため、居住スペースの入り口に向かった。
「これはどういうことだ?」
警護員のリーダーだけが警護姿勢を解除してワンに敬礼した。
「ご苦労様です。ワン同士は昨日で主席警護官の任を解かれ、本日からのお立場は人民解放軍の情報部所属となっておられるため、ご説明することはできません。ご了承ください」
リーダーは再度敬礼をすると、自動小銃を胸に抱き、警護姿勢に戻った。
ワンはうなずくと、自分の部屋であった主席警護官室に向かった。
すると入口ドアには警護員が二名立っており、一名がワンに敬礼をした。
「ワン同士。主席警護官ではないあなたがこの部屋に立ち入ることはできません。この部屋にあったすべてのものは、中央警護局がある紫光閣、第七接見室に移し終えております。残務整理等はそちらで行うよう、命令が下っております」
ワンは無意識のうちに、鼻から大きく息を吸うと、その場に緊張が走った。
「わかった」
一言だけを残して、ワンは紫光閣に向かった。




