【第7章 つなぐ 第58話 誰かが書いた青い燕の行方について】
次の日、金曜日のチェンはいつもの時間に起きて、いつものように職場である人民軍情報部第三部第十局に向かうための電車に乗った。いつもの駅で降りたが、公衆トイレに入った。チェンは個室の中で、カバンからアルミホイルを出して、スマホの電源を切ってから、きれいに隙間なくアルミホイルで包んだ。そしてそのまま職場には向かわずにまた電車に戻った。
国立図書館がある駅の二つ先で降りたチェンは、駅ビルにある共用電話で職場に電話をして、少し熱っぽいので休むことを上司であるソンに伝えた。そこからタクシーに乗って国立図書館まで戻ってきた。
「念のため行動には気を付けてみたけれど、それでも尾行が巻けなければそれは仕方ないわよね。今のところ、仮病で仕事を休んで図書館に来た以外、悪いことはしていないし」
小さい声でつぶやいたチェンは、国立図書館に入っていった。
メモに記述されていた番号については、おそらく本の管理番号だろうと予測をしていた。受付の図書館司書にその番号の本の場所を尋ねると、すんなり教えてくれた。
立ったままでその本を手に取り中身をめくっていくと、二つ折りされた便箋が挟まっていた。
――
青き燕は先代赤き燕より春への路を託されし、もがき苦しみ恐れられるもの。
青き燕は西の天に既に沈んだ残り陽に、吸い込まれるかの如く消えていった。
青き燕の意思を表すはずの足跡は、青き燕が愛すべき色とは違う足跡の色となった。
愛すべき色は青き燕が愛すべき者たち以外に紡ぎ出せない。
青き燕を真似るように同じ声で鳴く燕の動きは、目を凝らせばそれは燕ですらない。
鳥でもなければ生き物でもない、現実か模倣かの境界線が曖昧となる。
森奥深く住む白き虎たちは、電撃の閃光でそれを見抜いた。
青き燕は世界を渡るが、生まれた地のありふれたものしか口にせず。
渡り先の特別なものを口にすれば、生まれた地の風と相容れなくなることを恐れ禁忌とした。
禁忌を破りし今となれば、それはもはや青き燕かと疑うばかり。
青き燕の子らは青き燕を探す旅路を覚悟してはみたものの、深い森から飛び出せずにいる。
青き燕の子らは、静かに早く空を舞い飛ぶ必要がある。
強き雨風吹き荒れる中、危険を承知で誰にその旅を委ねようぞ。
青き燕の子の一つは、毎朝同じ時刻に同じ路を飛んでいる。
妹という時計の針の一本が逆さに動けば、止まらずとも何度も出会いすれ違える
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すぐに本を棚に戻し、その便箋をカバンの中にしまったチェンは図書館を後にした。チェンはそのまま駅のそばにある喫茶店に入り、便箋を読みながら自分のメモ帳に文字を書きはじめた。
「フラットな思考でOSINTとして分析をしよう。私はプロなんだから。まずは登場する象徴的な存在は……青き燕、赤き燕、青き燕の子ら、白き虎。まず青き燕は何か高貴で純粋な存在を象徴している。青という色は、清らかさ、若さ、希望。役割として先代の赤き燕から春への路を託され、苦しみや恐れを背負う存在。春は再生や新しい始まりを意味する。ここはもう、青き燕はリウ主席で、赤き燕は先代主席と仮定して……」
チェンは自分だけがわかる程度のメモを書いていく。
「青き燕が『西の天に吸い込まれるがごとく消えた』って沈んだ太陽は希望?希望が無くなってリウ主席が消えた。なんにせよあまり良くない状態を表しているのは確か。もう主席は戻ってこないとか、新しい主席に替わるとか、とにかくリウ主席の時代は終わったような言い回し」
「『足跡の色が変わった』『禁忌を破った』とあり、本来の姿や純粋さを失った可能性が見て取れるけれど、リウ主席が本来の姿を失うってどういうことなのかしら?理想への裏切りや堕落を表すと仮定しようとしても、リウ主席が堕落したり人民を裏切るとは考えにくい。でもそれは私の歪んだ思考?」
チェンはメモに考えられる燕の足跡をいたずら書きする。
「白き虎はもう完全に閃電白虎。電撃の閃光でってそのままだもんね」
アイスコーヒーを一口飲んだ。
「青き燕の子の一つは、毎朝同じ時刻に同じ路を飛んでいる。妹という時計の針の一本が逆さに動けば、止まらずとも何度も出会いすれ違える。つまりこれを書いた人は周回路があるような公園とかを毎朝ジョギングかウォーキングをしている。妹を私とすれば、私が時計と反対方向にその周回路を歩けば、すれ違い接触を持てるってこと……なのかな?」
この時点でチェンの頭の中には。すでにこれを書いた人とはワン警護官か、その友人であるソン副部長以外にはイメージできずにいた。
「さて……たぶんソン副部長か、他のこの手紙を書いた人が毎朝散歩をしているという周回コースがある公園のような場所の特定からでいいかしら」
チェンは自分のメモと、図書館で受け取った便箋を細かく切って、その半分を喫茶店のごみ箱に入れた。残りの半分は駅のトイレに捨てた。
今日が金曜日であることを重視したチェンは、午後から仕事場に向かった。上司には熱が下がったので出勤したと申告をして。あえてスマホの電源はOFFのままにしておいた。
チェンは自分のデスクで通常業務として、日本国内の様々な情報を収集する傍らで、いくつかの共産主義国内の情報を集めていた。
外周がループ状の散歩やジョギングができる場所。朝6時台に開園していることが条件。北京市内で4つの場所を特定したチェンは、副部長クラスが住まう官舎の場所とそれら4つの場所をあてはめ2か所に絞った。
「まあ、運が悪くても4日目で当たりを引けるはずだから、悪い勝負ではないわね。もし私の読みが外れたら、どうにかして極秘裏にヤン編集者に接点を持たなければだけれど……規律委員会がどこまで本気で私を調べているのやら」
チェンは誰にも聞こえないような小さな声で独り言をつぶやいた。




