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縁の理(えにしのことわり)中巻~ReTake.ZERO~悪(あく)のいない世界の片隅で、なぜ銃は火を噴いたのか?  作者: 平瀬川神木
第7章 つなぐ

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【第7章 つなぐ 第57話 何が語られるかだけではなく、どこで誰がも重要なこと】

「もしもし、ヤンですが」


「ヤンさん、こんな時間までお仕事だったんですね。ごめんなさい。まだ論文を読んだわけではないのですが、一応お知らせしたかったことがあります。驚かれるかもしれませんが、会場を出たところで、中央規律検査委員会の職員にUSBメモリの中にあった、ヤンさんの論文をコピーされてしまいました。実は私の以前の上司が規律委員会の査問下に置かれていまして、私も色々と事情を聞かれています。問題は無いと思ったのですが、私が書いたわけではないヤンさんの未発表の論文を、他の人が見ることになってしまう事態になったので、ご連絡をと思いました」


「ああ、わかりました。そうでしたか。それは良かったです」


 ヤンの口調がなぜかほっとしたような口調に感じたチェン。それに『それはよかった』という言葉の真意がよくわからなかったチェンは、ヤンに返した。

「良かったとは?」


「いえ、それはこちらの話です。今の時代、財布にお金が入っているとは限らないし、携帯電話の進化系のはずのスマホですが、通話で使うことはほとんどなくなりました。USBメモリに入っているのがデジタルデーターだけとは限りませんからね」


ますます言っている意味が分からなくなってきたチェン。

「と、申しますと?」


「いえいえ、それもこちらの話です。論文のご感想、お待ちしております」

 そういうとヤンは一方的に電話を切った。


――ちょっと変わった人なのかしら?

 チェンは小さな声でつぶやくと、自分が住む官舎に向かって歩き出した。


 

 自分の家に戻ったチェンは、シャワーを浴びて夕飯の支度を簡単に済ませた。トマトと卵の炒め物と、今朝炊いて炊飯器で保温していたご飯とザーサイ。ショウガと青梗菜の簡単な汁ものを作った。


 ノートパソコンに預かったUSBメモリを差し込み、食事をしながらヤンが書いたOSINTに関する論文を読んでいた。


 論文自体はごく一般的な内容であり、特段のユニークさは感じられなかったが、ある部分に冗長的ともいえる文章が気になっていた。


「『調査とはテキストを読む事ではなく、テキスト(内容)とコンテンツ(文脈)、コンテナ(器)の三重奏を聴き分けることだ。封筒の色は手紙の一部であり、つまり器は言葉の延長である』……ちょっと詩的で論文的な言い回しではないわよね」

 チェンはお茶を一口飲み込んだ。


「『役割の変転に注意。媒体が鍵で内容が錠という事例は少なくない。つまり物理的コンテナの健全性のチェックは重要であり、重量の標準化、中心の偏り、振った時の反響音など、内容が正しくても、器が語る不一致は一次情報であると言える。角二サイズの封筒に三つ折りされた便箋が封入されているとすれば、それなりの意味を持つということである』……オッカムの剃刀って言葉もあるけどね」

 チェンは首をひねった。


「確かにOSINTは情報の中心部に焦点を奪われてしまうと全体像が見えなくなるけれど、ヤンさんの論文はこの部分をやたらと繰り返している……というより彼が言うところのコンテナ、つまり器について何度も触れてきている。自分の過去の経験?」

 眉間にしわを寄せたチェンは、電話でのヤンの言葉を思い出していた。


「お財布にお金が入っているとは限らない、スマホが通話の為だけにある時代ではない……そこまではよいとしても、USBメモリに入っているのがデジタルデータだけとは限らないって、いったい何?」

 チェンは自分のノートパソコンに刺さっている、一昔前の親指大のUSBメモリに目が留まった。おもむろに引き抜くと、観察を始めた。


「振った時の反響音って」

 呟きながらチェンはUSBメモリを振ってみると、ほんの少し『カサカサ』と音がした。


「そもそもメールで送るとか、いくらでも論文の受け渡し方法はあるのよね……」

 チェンは一気に食事を終わらせて、空になった食器を台所に運び手早く洗った。その足で引き出しから小さな工具セットを手にしてテーブルに戻った。


「後で返せとか言わないわよね」

 チェンはペンチでUSBメモリをはさむと、少しの力を入れて親指大のプラスチック部分を割った。中には小さく折りたたまれたメモ用紙が入っていた。


 そこには国立図書館の名前と番号が記されていた。

「……デジタルを避けた理由はこれだったのね。誰が何のために?って問えば、つながりはわからないけれどワン警護官としか思えないのよね。デジタル通信は全部規律委員会に覗かれている覚悟が必要ってことね」


 チェンは目をつぶり、自分のこれからの行動について考え始めていた。


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