【第6章 ひらく 第54話 中央規律検査委員会】
チェンが帰国してから1カ月後。チェンの中での小さな疑念は消えずにいた。
そんな時、チェンは直属の上司であるソウに声をかけられた。振り向き席を立つと、ソウの横には黒いスーツを着た男性が2名。不安を浮かべたチェンは上司の元まで歩いて行った。
「何でしょうか?」
ソウはやや緊張した表情で言った。
「この方たちがチェンに聞きたい事があるそうだ」
スーツを着た男性が言った。
「チェンさん。会議室をお借りしていますので、そこでお話を聞かせてください」
スーツの男にはさまれるように、チェンは会議室に入った。
3人が会議室の席に座ると、スーツの男の一人が身分証明証を提示しながら言った。
「私たちは、中央規律検査委員会から来ました。チェンさんにはワン警護官についてお話を伺いに来ました」
予想外の展開にチェンは眉間にしわを寄せた。
「え?ワン警護官ですか?」
「そうです。あなたはワン警護官と親しい関係であるという情報を得たのですが、どのようなご関係なのですか?最近だといつワン警護官と連絡を取りましたか?」
何が起こっているのか、この質問の意図がつかめないチェンは困りながら返した。
「親しいとはどういう意味ですか?」
チェンの目の前に座る男を見ながら言うと、隣に座る男が強い口調で言った。
「それを聞きに来ているんだ。いったいどんな関係なんだ?最後に連絡を取り合ったのはいつだ?嘘はお前の為にならないからな」
チェンは恐怖心よりも、この横柄な態度の男に対して腹が立った。
「あなたの名前は?」
チェンが問うと、その男はさらに声を荒げた。
「お前に質問する権利はない。お前は我々の質問に正直に答えていればいい」
顔色が赤くなりつつあるチェンを見て、チェンの前に座る男が口をはさんだ。
「まあまあ。チェンさん。我々はあなたもご存じの、官僚の汚職や政治的問題を処理する組織だ。本来情報を流す側ではないのだが、あなたは頭の良い女性だと聞いています。腹を割った方がよさそうだが……」
チェンは冷静さを取り戻すべく、落ち着いた口調で言った。
「いったい、何が起こっているのですか?」
男は二、三度うなずいてから、机の上で手を組んで話し始めた。
「現在、ワン警護官は我々中紀委と国家監察委員会の合同査問下に置かれています。主席の信任を利用して国家権力の不当掌握を試みた疑いがあり、詳細な聴取が行われています。ここだけの話にしていただきたいのですが、首席の暗殺も目論んでいたという情報をつかんでいます。あなたがこれらの計画について、何か知っていることがあればお聞きしたいだけなのです」
チェンはこれ以上ない位の驚愕の表情を浮かべ、言葉を失っていた。
「さぁ、お前が知っていることを全部話せ。嘘をつけばお前も査問下に置くぞ!」
もはやチェンの耳には相手の無礼な言動も入ってこなくなっていた。チェンは今回のこの取り調べと、日本で起こった銃撃戦、美咲たちのトラブル。これらのパズルのピースが頭の中でぐるぐると回り、何が何だか分からなくなっていた。
「チェンさん。あなたとワン警護官の関係を教えてください」
チェンは何も考えられないまま、小さな声でしゃべり始めた。
「私とワン警護官は、親密な関係と言っても、言うならば師と弟子のような関係です。私が人民解放軍の情報部に入局したころ、ワン警護官も人民解放軍の情報部におられました。その時に、調査をするときの考え方や、手順を教えてもらっただけです」
「チェンさんがワン警護官からの直接指示で、日本に赴き表向きはプロテオブロックの製造に関する調査を行ったとなっていますが、実際にはどのような調査を日本で行ったのですか?」
「いま仰られた通り、プロテオブロックの製造国が日本ではないか?という疑念を持たれたワン警護官から、その事実の確証をつかめといわれただけです」
隣に座る男が相変わらず横柄な言葉を発する。
「なぜワンは、対外認知工作処のお前を日本に行かせたんだ?普通に情報部の調査員に行かせればいいではないか?!」
「私に言われても困ります。私が日本生まれで日本語がネイティブと言える人間であることと、私が有能だからではないですか?」
チェンは強い口調で言って返した。
「まあチェンさん。我々も事が事なので、真剣に調査をしなければならない立場であることを、ご理解ください」
さらに隣に座る男が言う。
「お前とワンは、男女関係になかったのか?」
チェンは驚いた表情を見せた。
「は?ワン警護官と私が男女関係?ありえない」
「チェンさん。男女関係になかったとしても、個人的に会話をしたりする関係にはなかったのですか?」
チェンは左上の天井をしばらく見てから言った。
「……ないです。不思議なくらい、仕事場以外で会ったことも、仕事以外のことで会話をしたことも、一度もないです」
「わかりました。チェンさん。今後もお話を聞くことがあるかもしれません。何か思い出したことがあれば、必ず我々にご連絡いただけるようにお願いしますね」
二人は席を立ち、会議室を出て行った。




