【第6章 ひらく 第53話 消えない痛み、拭えない不信】
ドアが開き、そこにワンを見たチェンは立ち上がり敬礼をした。
チェンの脚のわずかな震えを見逃さなかったワンだったが、表情や態度にそれを出すことなく言った。
「まあ、座りなさい。チェン」
それ以上の言葉を発することはせず、ワンはチェンの一言目を待った。
「……ワン警護官。私が帰国する二日前から、アリシアの開発者である安田美咲さんとその夫の安田悠太さんとの連絡が取れなくなりました。ちょうどその日の昼間、日本の東京で警察と武装集団の間で銃撃戦が起こったとニュースが流れています。ご存じなことはありませんか?」
間髪入れずにワンが返す。
「銃撃戦があったことは把握しているが、それ以外は何もしらない」
一瞬間をおいてチェンが重ねる。
「私がワン警護官に、安田美咲さんがアリシアの開発者であることを告げたことが原因で、何かが起こっているということは無いですか?」
間髪入れずにワンは返す。
「チェンが私にその事実を告げたことが原因で、何かが起こっているかについて私は知らないとしか言えない。だがお前が心配していると予想する、この共産主義国の政府機関が正式な行動として、何かをしているということは無い。アリシアの開発者についての、チェンの調査結果を把握しているのは、チェンから直接聞いた私と、私がお伝えした主席。事実関係を確定させる為に調査をさせた閃電白虎だけだ。主席が私に内密で、安田美咲の関係者に武装集団を仕向けるという事実は無いと断言できるし、閃電白虎が私に内密で武装集団を動かすということもほぼ無いといえる。だがこれ以外のあらゆる可能性を、私が無いと断言できる根拠はない」
「……それ以外のあらゆる可能性とは?」
チェンは不安げに聞いた。
「私にはわかりかねることだ、チェン。もし安田美咲の身に何かが起こっているとして、それがネガティブな事実であるとする。そしてそれらは彼女がアリシアの開発者である為に起こっていると仮定しよう。なぜだ?共産主義国にとって世界一路構想を中断に追い込んだアリシアの能力を脅威と認定し、アリシア以上のAIの作成が世界一路構想再開の鍵であると考えているのは確かであるが、主席はその手段として、アリシアの開発者に手を出すということは実行されない。では、他の団体が安田美咲を狙うその理由は何だ?」
「……わかりません。だからこうして、この国がかかわっていない事実を確認しています」
「もう一度言おう。チェン。裏の末端まで把握できているわけではないが、少なくとも主席はそれを指示されていない。だが私が知りえぬ存在が、アリシアを狙っていたとする。それを手に入れる手段として、その作成者を狙うということは考えられる。チェンの調査から、我々はアリシアの製造者を知りえた訳だが、日本国内の情報としては、さほど厳重にロックがかかった情報ではなかったというのが、閃電白虎にチェンの調査結果を答え合わせさせた結論だ」
いささか不安を感じたワンは、スマホから閃電白虎に直近2週間のハッキングされた形跡を細かく確認するように指示をした。
「チェン。お前にとって大切な人が、私にとっても大切な人ではないことは確かだが、今回の安田美咲は、私にとってどうでもよい人間だ。力ずくで手に入れたいと考える人間でもなければ、排除する必要がある人間でもない。私が言えるのはそこまでだ」
チェンはそれでも納得がいかない表情を浮かべていたが、立ち上がりワンに敬礼をして部屋を出て行った。
その後のチェンは、心のどこかにワンに対する不信感が拭えずにいた。主席に対してもまた同じだった。信じたい気持ち、信じている気持ちが過半数を占めてはいるが、同時にチェンの中の少数派がワンや主席に対する不信を露わにし、それより強くチェン自身の責任を問う声に、押しつぶされそうになっていた。
チェンは翌日から本来の仕事である、海外文化戦略・対外認知工作処に戻り、日本国内のオープンソースの情報というパズルのピースを集め出した。
OSINTを開始すると、様々なメディアが報じている情報に目を奪われた。日本国内で白昼堂々の銃撃戦。子どもの民間人を乗せたパトカーが襲われ、警察官2名が死亡、1名が重症。民間人が連れ去られるという内容だった。
特別任務から離れた以上、閃電白虎の力を借りることが出来なくなった今、自分でオープンソース情報からピースを集める以外にない。チェンは自分が出来る限りの力を振り絞り、情報の収集にあたった。
事件当初の情報は、様々なメディアで報じられているが、同じ情報の繰り返しが続き、徐々にこの情報に触れなくなってきている。
チェンが帰国してから1週間後、SNSでエミから連絡があった。
「美咲さんたちと連絡が取れたよ。トラブルに巻き込まれていたってことだけど、ちょっと詳細は聞けない雰囲気」
チェンはホッとしたのと同時に、心の中に自国に対する疑念の種が残っていた。




