【第5章 あざむく 第43話 1回目の神奈川県遠藤町の交差点】
「現場からの中継です。現場の山田さん、いったい何が起こったのでしょうか?」
この日本で白昼堂々と繰り広げられた銃撃戦は、もはや情報統制の取りようもなく、地上波テレビでもネットニュースでも流れていた。
「こちら現場の山田です。事件が起こったのはここ、府中街道と呼ばれている国道409号線と、国道1号線が交わる遠藤町の交差点です。警察からの発表はまだですが、目撃者の話しによると、赤色灯を回転させて信号待ちをしていたパトカーに2台のワンボックスカーから降りた、全身黒ずくめの集団がこのパトカーに向けてマシンガンのようなもので発砲。車内には警察官3名と民間人が1名乗車していたようですが、警察官が襲われ、子どものようだったという民間人がワンボックスカーに乗せられて、急発進して国道1号線を北に向かったという事です。まだ詳しい確定的な情報は発表されておらず、警察からの発表を待っている状況です」
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「美咲ちゃんのその態度はどうかしているよ!翔子がさらわれたんだよ?!わかっているの?!」
北品川の御殿山と呼ばれる地区にある、外務省が管理管轄するセーフハウスで、珍しく怒りを露わにした悠太が、美咲に向かって強い口調を発した。
この建物は、海外組織などから狙われた外国要人や日本人が、一時的に身を隠し安全を確保する為に作られた住宅である。一般的なマンションより分厚い壁を持つ頑丈な鉄筋コンクリート造りの2階建てで、各フロア3つずつ、合計6つの3LDKの居住スペースを持つ、一桁億円では買えないような高級小規模マンションといった佇まい。
当然エントランスには外務省の警備員が24時間体制で警備しており、自由な出入りはできない。
立って室内をウロウロとしている悠太に対して、ソファーに座っている美咲。静かに冷静だが、どこかに崩れてしまいそうな自分を必死で支えるような表情の美咲が言った。
「悠太君、座って。私の隣に座って。今この瞬間、私たちに出せるカードは無いの。私たちは考え、これから起こる事に対して出せるカードを積み上げていかなければならないわ……」
悠太のいら立ちはさらに増幅する。
「座れだって?座ってなんかいられるわけないだろ!何をのんきに言っているんだ?!……それでも……それでも翔子の母親なの?!」
この言葉が終わるや否や、悠太の頬を叩いたのは先ほど着いたばかりの悠太の父親、幸太郎だった。
「悠太!……お前こそ……お前こそちゃんと父親をやりなさい!」
涙を両目からこぼしながら、幸太郎は怒りとも哀しみともわからない、大きな声で悠太に言った。
うつむいて体を震わせる悠太の背中に手を回したのは、美咲の父親、宗助だった。
「悠太君もわかっていると思うけれど、ここにいる全員が……心が張り裂けそうだ。最善手を探そう。みんなで翔子ちゃんの無事を確保できる最善手を探そう」
悠太は自分の心をかきむしるように胸に両手を当てて、大きな声で泣き出して、自分の心にほんの少しだけ残っていた言葉を絞り出すようにつぶやいた。
「……ゴメン……美咲ちゃん……ゴメン……」
冷静さを貫いているように見える美咲であったが、実際には美咲もソファーから立ち上がる事も出来ず、思考が完全に停止している状況だった。
悠太の嗚咽だけが響く時間を切り替えるように冴子が言った。
「悠太君、美咲ちゃん、本当にごめんなさい。私が警察の危機管理能力の限界を先読みできなかった。悠太君を保護したFSBは情報確認まで待機をしてくれたけれど、警察に保護後の指示を出せなかったのは私の至らなさ。心から謝罪します」
冴子は部屋の隅から翔子の家族に向かって深々と頭を下げた。
美咲は座ったままの姿勢で「フゥ―」っと息を吐き、顔だけを冴子に向けた。
「冴子さんや警察の人が悪いわけではありません。みんな私達を守るために動いてくれた。それぞれの最善を尽くしてくれた。誰が悪いかといえば、単純に翔子を襲った武装勢力が悪い……ごめんなさい」
気丈にふるまうのも限界が来て、美咲はついに涙をこらえきれなくなった。
それに気づいた悠太は、美咲の元まで駆け寄り美咲を抱きしめた。
「ごめんね、ごめんね」
二人は支えあうように抱きしめあって泣いていた。
ドアのノックの音と共に部屋に入ってきたのはFSBの百瀬。
「冴子さん、ちょっと」
それに気が付いた美咲が強い口調で言った。
「私たち家族のこと、ここで話して」
百瀬は冴子に目配せをして、冴子が頷いた。
百瀬は話し相手を冴子から美咲と悠太に変えて話し始めた。
「現在の状況です。警視庁をはじめ、各県警と連携。NSSも含めてIRカメラや監視カメラで逃走車を追跡。すでに5回以上車両を乗り換えて逃走を続けています。これを考えると計画的な犯行であったと推察できます。現在把握できているのは、東京を北の方に脱出し、埼玉県の行田市までです。住宅地などに入りながら逃走を続けているため、ライブでの追跡は困難な状況です」
一度何かを言いかけて止めた百瀬を見て美咲が言った。
「……隠し事なく最後までどうぞ」
百瀬は深くうなずいて続けた。
「いえ、そうではなく、政府として心からの謝罪と、どんな手を使ってでも無事に娘さんを取り戻します。と……本来私の立場で言うべきではない言葉を飲み込んだだけです」
美咲はしばらくじっと百瀬の目を見た。美咲らしからぬ弱弱しい声で言った。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
百瀬は頭を下げて、部屋から出て行った。
百瀬と入れ替わりで、NSSの林葉響子が段ボール箱を抱えて入ってきた。
「お二人のマンションから適当にお二人の着替えをお持ちしました」
二人が座るソファーテーブルの上に段ボール箱を置く響子を見て、悠太は驚きの表情を浮かべた。
「え?隣に住んでいた、三橋さんの奥さんじゃないですか?」
不思議そうにしている美咲に悠太は説明を始めた。
「ほら、もう結構前だけれど、MORSウイルスが始まったばっかりの頃、僕らの隣の部屋に引っ越してきて、ごあいさつで赤福をくれたんだ」
響子はちらっと冴子を見て、冴子がうなずいたので、響子は悠太と美咲に説明を始めた。
「あの時はごめんなさい。私たちはお二人の警護のために隣の部屋にいたのです。MORSウイルスを世界に先駆けて発見できたのも、その後の国境閉鎖に踏みきれたのも、結果として世界で日本だけが感染を止められたのも、全てアリシアの能力の高さが重要な要素でした。冴子係長としては、それを作った人物が狙われる可能性を危惧し警護を展開していました」
「だからプロテオブロックが世界に出回った後、感染拡大が止まったあたりで、知らぬ間に引っ越していなくなっていたんですね……」
段ボール箱の中から、着替えの洋服を取り出しながら悠太は独り言のように呟いた。
「せっかく守ってくれていたのに、今回のことはタイミングがずれ過ぎていた……」
その言葉を聞いた冴子は、悔しそうに右手を強く握った。




