【第1章 きっかけ 第4話 静かなる手応え】
各協力者への依頼を終えて、結果が分かるまでの時間に何をするか?ベッドに寝転んでチェンは考えていた。思い出したように机の上においてあったスマホを手に取った。
日本で圧倒的にシェア率が高いSNSを開いた。
応慶幼児舎からの友人である木下笑にメッセージを書いた。
「今朝久しぶりに日本に来たよ。数日は動けないけれど、もし可能であれば久しぶりに会いたいと思って。スケジュール立ったら連絡するね」
数分後にエミから返信があった。
「ジュジュ。久しぶりだね。私が時間合わせるから、会えるタイミングがわかったら連絡頂戴ね」
生まれてから小学校卒業まで日本で育ったチェンは、その頃の友人には「ジュジュ」と呼ばれることが多かった。チェン(陳)の名前は「柔(ロウ、日本語読みでじゅう)」であり、それを二回繰り返し「じゅうじゅう」という呼び方となり、短縮されて「ジュジュ」となった。それほど親密ではない人や、真面目なキャラクターの相手からは「チェンさん」とか「ロウちゃん」と呼ばれていた。
その日の夜には、ワンからメールが届いた。専用のアプリでサーバ上のメールを表示させる。厳重なセキュリティーで保護された通信だ。
「仕事早……」
メールには数時間前に頼んだ、データハッキングの結果が添付されていた。
「FW:ワン警護官からご依頼があった件について、ご報告いたします。日本国内でPTP包装材を製造している工場は18か所。ただし、時に応じて少量を制作する町工場については把握できません。その中でご指示いただいた期間に、2割以上の電力消費量の増加が発生しているのは5工場。なお、上昇している工場の電力消費量は、倍以上の跳ね上がりとなっています。また、これら5工場のうち、データ管理をクラウド化している工場は4工場。これらがこの時期に配送した先を調査しましたが、3工場は国内の製薬工場です。1工場だけ成田空港付近の倉庫に納品されているようです」
チェンは右手のひらを頬にあてて呟いた。
「最近の世界の諜報活動は、どこにいても同じね。私がわざわざ日本に来る必要もなかったんじゃないかしら……」
翌日チェンは、電力使用量が増加していたが、データ管理のクラウド化をしていないため、昨日の段階でデータ抽出と解析ができていなかったPTP包装材工場がある、千葉県市原市の内房線八幡宿駅に電車で向かった。
受付で商社の名刺を出したチェンは言った。
「アポイントメントもなしに失礼します。わたくし共産主義国の遠国進出口総公司という商社で働いております、チェンと申します。実は我々の元に、共産主義国の医薬品製造会社から、御社で製造されているという、ミシン目の入ったPTP包装材を使用したいという依頼が入りまして、お取引が可能かどうかを確認したくお邪魔いたしました」
受付にいた女性職員が、内線電話で担当者を呼び出した。
数分後には中年男性が現れた。
「初めまして、小川と申します」
男は名刺を差し出した。チェンも慣れた手つきで、名刺を名刺入れの上に重ねて差し出した。日本式のやり取りには十分慣れている。その後小川は、チェンをロビーにある、商談スペースへと案内した。
「先ほど受付から、ミシン目の入ったPTP包装材のご希望と聞きましたが、お間違いないでしょうか?」
「はい。我々の会社に、共産主義国内の製薬会社から問合せ依頼がございまして、過日WHOが世界に配布した「プロテオブロック」のPTP包装に大変興味を持っておられまして、ぜひ共産主義国内でも、高齢者に向けた薬のパッケージとして、採用してみたいというお話しでして。御社で取り扱っておられると聞いたものでして、お伺いした次第です」
小川は両手を膝の上で合わせた。
「そうでございましたか。我々の工場でもミシン目の入った、高齢者や子どもの力でも薬が簡単に取り出せる、タブ付きの包装はございます。それにプロテオブロックに近い、少ない力で薬を取り出すことができる、ミシン目付きのパッケージのご用意もできますが、プロテオブロックと同一仕様の容器になりますと、PMDA監修になりますので、窓口は厚生労働省でして……こちらからは詳細をご案内できません」
「と、いいますと?」
「はい、私共の方からは、それ以上お伝えすることができません。厚労省にお聞きくださいとしか」
「そうなんですね。わかりました。それではそれに近いパッケージと、タブ付きのパッケージと、双方のサンプル品を頂くことは可能でしょうか?」
「それはもちろんです。チェン様は車……ではないですよね?」
「はい、成田エクスプレスと内房線を乗り継いで、お邪魔させていただきました」
「それでは電車でお持ち帰りになれるくらいの量を、ご準備させていただきますので少々お待ちいただけますか?」
「はい、ありがとうございます。ついでと言っては何ですが、単価の目安があれば教えていただけると助かります」
「もちろん納品量やタイミングによって変動はございますが、それ前提でよろしければ、ザックリとした単価の考え方につきましても、資料を同梱させていただきますね」
小川は面談室を出て行った。
――なるほど。プロテオブロックの容器は厚生労働省が受付か。逆に言えば薬の製造は、日本製でほぼ決定と言えるんじゃないかしらね……。小川さんの言い方も、情報を漏らすなと役人から言われていますって口ぶりだったし。
「チェン様、お待たせいたしました。この紙袋に3種類のパッケージサンプルが入っています。錠剤のサイズは5段階の設定がございますが、ミシン目タイプやタブタイプは、円形型には対応しておらず、横長錠剤専用となっていますので、そこは先方様にお伝え願えればと存じます」
「わかりました。小川様には丁寧なご対応いただき、心から感謝いたします」
「いえいえ。こう言っては失礼かもしれませんが、チェンさん、日本語が……いや、まったく違和感がないですね」
「ああ、日本で生まれて日本で育ったので、もしかすると本国ではカタコトと思われているかもしれませんね」
「そうだったんですね。ありがとうございました」
小川は入り口の大きなガラスの自動ドアまで見送りに出て、深々と頭を下げた。




