【第5章 あざむく 第38話 堕ちる者】
ツァイは会議の後、同じ局内の自身が友人と思っている人間たちとAIの制作について話をした。だが局内の人間は、ツァイがどのような人物なのかを知っていたので、成果分配やチーム内での序列についての意見ばかりで、AI製作に程遠い場所で話が行き詰ってしまう。
ツァイは発想を変えて、大学時代に卒業論文を作ったチームの人間に連絡を取ってはみたものの、こちらもまた同じようにツァイが卒業論文作成時にやったのは、論文名を決めただけだろうと、箸にも棒にもかからないような有様だった。
それどころか学生時代の友人からは、ツァイの両親が論文制作の際に費用を援助してくれたから、命名に関する権利を譲っただけであり、ツァイ自身は基本的プログラムであるC言語すらまともに書けないではないかとバカにされる有様だった。
数少ない、ツァイを心配する友人知人からは、ツァイがAI作成の仲間を探しているという行動や言動を人伝に聞き、大きな成果を狙わずに、自分の仕事をしっかりと行うようにたしなめられる状態だった。
ツァイはそれでも、何とか今回のAI作成に協力してくれる、目立たない人間を味方につけて、自分一人が表に立って成果の独り占めを手にする方法はないかと模索していたが、どうにもこうにも本人に力が無さすぎて、力を貸してくれる人物など現れる気配すらなかった。
上に立つものは頭を下げねばと思い、あちらこちらに頭も下げてみたが、結局のところバカにされるだけの結果しか得られずに、ツァイは大衆酒場で酒に酔い、一人でブツブツと愚痴をこぼす夜だった。
ツァイがふと見上げると、一人で座っていたテーブルに腰掛ける、黒いスーツを着たオールバックに丸い眼鏡をかけた、ツァイと同年齢程度に見える男性。
「なんだ?おまえは」
酔ったツァイは、呂律も明瞭とは言えない口調で問いかけた。
「ツァイさん。あなたは学生の頃から友人、知人に恵まれませんでした。ですが私は知っています。あなたが本当は、この共産主義国を引っ張るべき能力を持つ人間であることを」
ツァイは笑顔に変わり、その男を見定めると、腕にはスイス製の高級腕時計が巻かれていた。
「お?ずいぶん高級な腕時計をしているじゃないか」
ツァイがそう言うと、その男は自分の腕時計を外してツァイに差し出した。
「価値とはそれを持つものによって定義されるものです。この腕時計も、私のような弱者にはもったいないものです。あなたのような強者が付けてこそ、この腕時計も本当の価値を発揮します。この腕時計の本来の価値を表す為にも、あなたにつけていただきたい」
そういうと、酔ったツァイのもとに跪き、ツァイの腕にその腕時計を装着させた。
「やはり強者がすると、この腕時計も価値が上がりますな。どうでしょう、ツァイさん。あなたはこの国を引っ張るのにふさわしい器をお持ちの男だ。あなたが今抱えている、人間を超えるAIの制作に、ぜひ私も協力させていただけないでしょうか?あなたのような人間が、この国を引っ張り、この地球のリーダーとして君臨するお手伝いをさせて頂きたい」
ここまでおだてられたことは初めての経験だったツァイ。いい気分のままこの男のおごりということで、高級な店に場所を変えて、その後もこの男と酒を飲み、ツァイの能力の高さを褒め称えられ続けた夜が更けていった。
目覚ましのスマホが鳴り始め、ひどい頭痛で目が覚めたツァイは、見たこともないような、高級ホテルのベッドで目が覚めた。
きょろきょろと周りを見回して、昨夜のことを少しずつ思い出す。
心配になり自分の財布の中身を見ると、現金やカードが抜きとられた形跡は見当たらなかった。そしてそこには、オールバックの男の電話番号だけが書かれたメモが入っていた。
自分の腕を見てみると、5万元(100万円)以上する、スイス製の高級腕時計が巻かれていた。
ツァイは慌てて部屋を出て、ホテルのフロントに鍵を返すと、宿泊代はすでにもらっていると言われた。念のために値段を聞くと、5000元(10万円)だと聞いて驚いた。
時間もなかったので、そのままの格好で仕事に向かったツァイ。時間と共に頭痛も和らいでくると、沸々と自分に巡ってきたチャンスをかみしめ始めていた。
昼休みの時間に、メモに書かれた電話番号に自分のスマホから電話をすると、昨夜過ごした男の声が、またしてもツァイを褒め称えた。気をよくしたツァイは、今夜は酒を飲まずに相談したいことがあると告げると、その男はとある高級ホテルの最上階の部屋番号を告げた。
仕事を終えたツァイは、指定されたホテルに向かうと、そこは共産主義国内でも1,2を争う高級ホテルであり、その最上階のスイートルームなど、親に力があるツァイでも入った事がない場所だった。
部屋のドアをノックすると、中から昨夜のオールバックの男が、昨夜と同じスタイルで出てきた。
男は夕闇が覆い始める、夜景の始まりと言える最上階の窓からの景色を見ながら言った。
「ツァイさん。あなたはこのような場所から、人々を誘導する人間です。その力をお持ちであるにもかかわらず、周囲の悪影響でその力を発揮できないのは実にもったいない。この共産主義国の、ひいてはこの地球の大きな損失です」
男が持つ、圧倒的な自信の前に、自分を少しでも大きく見せようとするツァイ。
男に促されるままに、ツァイはソファーに座った。




